第22話 リリース(4)解決策
二人が固まっていると、あ、とパソコンを見ていた桜木が声を上げた。
「詳細情報のメール来ました」
「見せて! ……電文の変更はなし。インターフェース名だけ」
「それならコードの変更は不要ですね」
三人はほっと息をついた。
「すみません、余計な事言っちゃって」
「いや、大事な観点だったよ。他にも気づいたことあったら、じゃんじゃん言って」
早苗は桜木の肩に手を置いた。システムにどっぷりと浸かっている早苗や奥田と違って、外から見ている桜木にだけ気づくものもある。
そうしている間に区切った十五分がたち、メンバーが集まってきた。
システム構成図を大型ディスプレイに映し、早苗がマウスカーソルでデータの流れを
早苗と奥田で挙げた所のほとんどは担当者によって不要だと判断され、逆に漏れていた部分を追加して、最終的には数カ所になった。
「思ったよりも少ないですね」
「それでも結構ありますよ」
変更点が少なければできると言えるし、変更点が多すぎれば絶対無理だと言える。そのどちらでもない、中途半端な数になってしまった。判断に迷う。
時間はあと二時間少し。
最終的に私が全部確認すれば……でもまだ残ってる作業もある……。
駄目だ。できない。
早苗がそう決めた時――。
「あの」
桜木が手を挙げた。
「また、余計な言葉かもしれないんですけど……」
「いいよ。何?」
「これ、出口にあるファイアウォールで変換できないでしょうか?
はっ、と数名が息を飲んだ。早苗もその一人だ。
システムの外に出て行くときにさえ新しい接続情報になっていれば、システムの内部で古い情報になっていようが関係はない。
「変換機能ってある!?」
早苗はファイアウォール担当の方へを見た。
「あります。設定一つでできるはずです」
「テストできますか?」
「テスト環境の使用許可が下りればすぐに」
「何か懸念点ある方はいますか?」
みな首を振る。
「お客様に許可取ります! みなさん、テスト準備初めて下さい! 桜木くんっ、ファインプレー!!」
「いえ」
バシバシと二の腕を叩くと、桜木は後頭部に手を当てて照れた。
早苗が川口に電話で許可を取っている間に、メンバーはそれぞれテスト環境に繋がるパソコンの席に座り、テストをするための準備を終えていた。
「いつでも始められます」
「お願いします」
早苗がうなずくと、担当者がファイアウォールの設定を変更した。ブラウザで値を入れて反映ボタンを押すだけの簡単なお仕事だ。
「終わりました」
「じゃあ、順番に始めて下さい」
号令をかけると、メンバーが順番にテストデータを流し始める。
設定の確認をするだけなので最低限のテストに絞っているのだが、それでも大きなシステムのため、それなりに量があった。
いける。たぶん。お願い上手くいって! あと早く終わって!
接続ログを見ながら、早苗は祈った。
「全部通りました!」
「こっちも正常です!」
「エラー出てません!」
順々に結果報告されていく。ファイアウォールのログ上も何のエラーも出ない。URLが変換されたというインフォメーションログが出るだけだ。
「よし!」
早苗はぐっとガッツポーズをした。
「今の手順、手順書に起こして。
「わかりました」
「桜木くんはお客様への説明資料、簡単でいいから作って。お客様に承認もらってからやるから」
「手描きでもいいですか?」
「わかればよし! 奥田さんは、今のやり方で本当に問題ないかの確認」
「わかりました」
「他のメンバーは、異常系のデータも流して、できるかぎりテストして」
それぞれに指示を出し、早苗は課長の席へと向かう。
解決の
「桜木くん、資料できた!?」
「マジで手描きですけどできました!」
システム構成図にボールペンで追記しただけの資料を受け取ると、早苗はそこに少し情報を描き足した。
「スキャンしてお客様に送って」
「はい」
早苗は川口に電話をかけた。
先ほどテスト環境の使用許可を取るときにも簡単に説明したが、今度はやること一つ一つを丁寧に説明していく。
「――これで問題は解決します。ですが、変換機能はこのシステムでは初めて使うので、別の問題が浮上するリスクはあります。これを
すると、電話から川口の物ではない声がした。
「質問がある」
ひっ。
早苗は思わず悲鳴を上げそうになった。
橋本執行役員の声だったからだ。
相手はスピーカーフォンにして、複数人で聞いていたようだ。
「正常系の試験は通ったと言うが、その他の試験はどうなっている?」
ごくり、と
大丈夫。対面してる訳じゃない。電話だ。大丈夫。大丈夫。
「異常系の、試験は、現在並行して実施しております。今のところ想定外の事象は起こっておりません。で、ですが、障害試験まではできておりません。セキュリティ試験も実施しておりません」
「最も影響があるのは性能だと思うが」
「正常系の
「ログファイルの出力量は?」
「あっ」
それは考慮していなかった。
確かに、変換処理がされたことのログが出力されていた。それが大量にファイルに書き込まれたら、ログファイルが肥大化して、データ領域が不足してしまう。
カッと頭に血が上った。
初歩的なミスを……と早苗は悔やむ。顧客に指摘されてしまうなんて。
心臓がバクバクと激しくなっている。呼吸が苦しい。
「ログファイルの出力量は確認したのかと聞いている」
責めるような口調が早苗を追い詰めていた。
答えるべきことは決まっているのに、声が出ない。
奥田に助けを求めようと、早苗は顔を上げて奥田のいる方を見た。
すると、バチッと斜め向かいの席の桜木と目が合った。
桜木が心配そうにこちらを見ている。
以前プレゼンの時に握ってもらった手の感触を思い出し、早苗は心を落ち着かせた。
大丈夫。あの時だってできたんだから。大丈夫。
「ろっ」
声が裏返った。
乾いた唇を舌でなめて
「ログ量までは、考慮できておりませんでした。大変申し訳ありません。今からシステム対処するのは難しいので、しばらく手動での対応とさせて頂けないでしょうか」
「いいだろう」
橋本は、手動でログファイルを削除することに同意してくれた。
「変更作業を、許可して頂けますか」
「許可する」
「ありがとうございます!」
「ただし、切り戻し時間までに間に合わないようであれば、即刻中止するように」
「承知いたしました!」
遠くにいる奥田に身振りと手振りでオッケーが出たことを伝えると、意味をくみ取った奥田が高セキュリティルームに入って行った。
早苗はその後、顧客と簡単な確認をした後、電話を切った。
できた。ちゃんと自分で説明できた。
高鳴る鼓動を抑えるために、ふぅぅ、と大きく息を吐く。
よし。あとは時間との戦いだ。
急いで高セキュリティルームへと向かう。虹彩認証のわずかな時間が惜しかった。
中にいたのは、ファイアウォール担当と奥田だけだった。他のメンバーはまだテスト環境で試験を行っている。
「準備できています。これ手順書です。確認をお願いします」
早苗は画面上の手順書を見た。確認と言っても、先ほどテスト環境でやった作業だ。変換する値さえ間違っていなければ問題ない。
「始めて下さい」
早苗はゴーの指示を出した。
変更作業は、あっという間に終わった。
「接続通りました! エラーありません! 成功です!」
「やった!」
「やりましたね!」
三人はそろって声を上げた。
「奥田さん、みんなを呼んで下さい。テストはそこまでにして、本番作業を再開します」
「はい!」
奥田に連れられて、メンバーが戻ってくる。
早苗は全員の顔を見回した。
「時間はあまりありませんが、焦らずに確実に実施してください。ここでミスをしたら何にもなりません」
時間はない。けど、まだ間に合う。
「では始めて下さい」
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