見送り①

「もっと、バイクで色々出かければよかったな」

「うん」

「でも、あれだろ?たまには帰ってくるんだろ?」

「うん」

「じゃ、そん時は絶対、色々出かけような」

「うん」


空港まで車で送ってくれるという真菜さんの申し出を、悠木は断ったらしい。

事務所の寮まで悠木を迎えに行った俺に、真菜さんがコッソリ教えてくれた。


「瑠偉はきっと、少しでも長く夏希くんと一緒に居たいのね。ちょっと寂しいけど・・・・お見送り、頼んだわよ」


ポンっ、と強めに俺の肩を叩いた真菜さんの目は、少し潤んでいるように見えた。


とは言え。

悠木と2人、空港に向かう電車に乗って並んで座っていても、なんだか会話が続かない。

今日の悠木は、俺の好きないつものモサダサ悠木で。

それはそれで可愛いと思ってしまう俺は、どうにも落ち着かない気持ちと、もうすぐここから悠木が居なくなってしまうという現実から逃げ出したい気持ちで一杯だし。

悠木は、多分。

両親が待っているとはいえ、全く環境の異なる場所へ行く事の不安が大きいんだと思う。


「眠くないか?」

「・・・・少し、眠い」

「じゃ、寝てていいぞ。着いたら起こすから」

「いい。飛行機で寝られるから」

「我慢しなくても」

「いい。寝ない」


どういう訳か、どう見たって眠たそうな目の悠木は、頑として眠ろうとせず。

確実に近づいている目的地に、今すぐ悠木を連れて反対側の電車に飛び乗りたい衝動が沸き起こる。

その衝動をどうにか抑え、俺は悠木に告げた。


「次の、次だぞ」

「・・・・うん」


出会ったばかりの頃のように、悠木は無表情のまま。

いや。

少し、強張っているようにも見える。


俺達、今、周りからどんな風に見えているんだろうな。


ふと、そんな事を思った。




「ここからなら、お前の乗った飛行機、バッチリ見送れるな」


時間より少し早めに着いた俺達は、チェックインを済ませると、空港内をブラブラと歩いた。

そこで見つけたのが、展望デッキ。

この場所からは、飛行機の離発着が良く見える。


「いい眺めだなぁ」

「しじょー」

「ん?」


隣に立っていた悠木が手に持っていたのは、俺の家の合鍵。


「今まで、ありがと」


悠木が言っているのは、きっとこの合鍵の事だ。

そうに、違いない。


でも、いくらそう自分に言い聞かせても。

どうしてもその言葉は、俺には別れの言葉にしか聞こえなかった。


「やっぱり、行くのか?」

「えっ」


悠木が手にした鍵を受け取れないまま、俺は言った。


「ここに、残れないのか?」

「それは、無理だ」

「・・・・そっか。そうだよ、な」


答えなんて、分かってた。

分かってても、言わずにはいられなかった。

だって。


俺はいつのまにか、お前が隣にいるのが当たり前になっていたんだ。

そのお前が、いなくなるなんて。遠くへ、行ってしまうなんて。


「俺、ここで見送るわ」

「え?」

「そろそろ、時間だろ。もう、行った方がいい」

「しじょー、これ・・・・」

「持ってろ」

「でも」

「持っててくれ」


俺は真っ直ぐに、滑走路を眺めていた。

とてもじゃないけど、悠木の姿を見る事なんて、できやしない。


「じゃ、行く」

「ああ」


視界の端で、悠木の姿が動き。

そのまま、離れて行った。

悠木は俺の隣から、いなくなった。

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