復讐の神
女の趾が、平田の喉に伸びてきた。首を掴まれた平田の体が、そのまま個室の外に引っ張り出される。
「やめてくれ……俺は生きて罪を償いぼげっ!」
平田のみぞおちに、拳が叩きこまれた。胃の中のものが逆流して、濁流のように流れ出た吐瀉物が床にまき散らされる。さらに、女は強烈な膝蹴りを顎に打ち込み、平田をトイレの外まで吹っ飛ばした。
炎に身を焼かれているのに、女はちっとも苦しむ様子を見せない。ライターを盗んで使ったのは、全くの無駄だったのだ。トイレの外で桜の木にもたれかかる平田は、右腕のみならず顎の激痛にも苦しんでいた。恐らく今の一撃で、骨が砕かれてしまったのだろう。もはやその場から逃げ出す力は残っていなかった。
女は平田の目の前に迫ると、爪で平田の頬を引っ搔いた。整った顔をした平田の頬には三本の赤い筋が引かれ、ぱっと赤いしぶきが散って女の体を濡らした。
さらに女は左手で平田の首を掴み、桜の幹にその体を押しつけた。腕にまとった炎が、平田の首の皮膚を焼き焦がしていく。そして空いている右手の爪を、その胸に突き込んだ。ずぶりと爪が沈み込むと、そのつま先が肋骨に当たって軋んだ。今まで経験したことのない強烈な痛みで、平田は吠えるような悲鳴をあげた。
女は平田の胸の中で何かを掴むと、それをずるり、と取り出した。女が掴んでいた赤いものは、ばくっばくっと生々しく脈打っていた。女が引きずり出したものは、心臓であった。
女は右手に少しずつ力を込め、ぎりぎりと心臓を圧迫していく。意識がある分、平田はこの世のものとは思えない激痛に苦しみ続けた。死はすぐそこまで降りてきているのに、この愚かな少年を連れて行ってはくれなかった。
そしてとうとう、ぐちゃり、と心臓が握りつぶされた。血液が女の趾から溢れ出して、両者の体を血染めに濡らした。
少し経って、警官が公園に駆けつけた。若い警官たちが見たものは、胸から臓器を取り出されて殺された少年の亡骸と、燃え尽きて炭化した人型の木像であった。
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