エピローグ
「天使が降りてきたというのは誠か!?」
王宮に着いて、開口一番王太子殿下が乗り込んできた。
「殿下。あなたは一度、その好奇心による危険性というものを考えていただきたい」
ジャックが苦虫を踏み潰したような顔でいう。ルイにとって前回のことは無かったことになっているし、まとめてあった魔石も書類も経験もこの手には残らなかったため、なんとも言い難い不燃焼具合が胃に残る。
「メリアン・ドリュモア・ガーラントと申します。どうぞお見知り置きを、王太子殿下」
「うん?ガーラントというと侯爵家の?」
「はい」
「そうか…君がガーラント家の秘宝…隠された真珠姫とかいう者か」
「誤解でございます」
「誤解?」
「はい。秘宝だの、真珠姫だのはただの噂にございますゆえ」
メリアンが、いかにも初めてお会いしましたという感じに表面を取り繕っているのを見てジャックは内心舌を巻く。さすがは高位貴族令嬢だ。
そんな彼女とつい先程、両思いになったのだ。長年の初恋が実ったジャックにとって、この好奇心の塊のような王太子は邪魔以外何者でもない。一眼たりともメリアンの瞳に映して欲しくない存在でもある。が、仮にも自身が仕える国の王子だ。寄るな、触るなとは言えない。
「しかし、ジャックが連れてきたということは、君が空から舞い降りた天使というのは確かなのだろう?」
「いえ、舞い降りたわけではございません……が、お騒がせしたことは確かです。申し訳ございません。あれは
「なるほど?」
「結果はまだ実用化させるには不十分で、今後の研究が望まれます」
「へえ。だが、君は魔導士でもないのになぜそのような実験に手を貸したのだ?貴族令嬢としてあまり誉められたことではないだろう?」
「確かにわたくしは魔導科でも学んでいない貴族の端くれでございますが、ジャックの素晴らしい研究は貴族令嬢であるからこそ必要であると感じましたの。
翼を使うにあたり男性のように筋肉の重い実験体よりも女性の方が好ましいと思い、被検体として手を上げただけの事。たとえば、暴力を振るわれそうになった場合の非常時の手段として、誘拐などの際の逃亡の手段として。貴族女性こそが学び、習得できれば良いと愚考しました」
「ほう…。して、ガーラント侯爵令嬢。そなたは魔法に興味があるとみなしても良いのかな?私の知る限り、そなたには聖騎士の婚約者がおり神殿と懇意にしていると思っていたのだが」
抜け目ない瞳を細め、ルイは笑顔を崩さずにいう。次期魔導士団長に忍び寄る悪女とでも思っているのだろうか。過去の記憶を呼び戻してやりたいとメリアンは拳を握りしめる。
王族と神殿は水と油の関係だ。
どうやっても相入れない関係だが、面と向かって反発するわけでもない。信仰の自由を説いている国と一神信仰の神殿は権力の奪い合いをしているものの、采配は国民にかかっている。王家としては神殿の息のかかった者を魔導士宮には入れたくないというのが本音。だが、神殿の内部を知っている者を引き抜きたいと思う気持ちも無きにしも非ずだ。
「それに関しては、殿下。この書類を緊急ご確認ください」
ジャックがメリアンの前に出て、ずいと先程手に入れた書類を差し出した。
「これは?」
「現教皇の悪行を綴ったものです。ちなみにその書類を持っていた男は既に捕らえて牢にぶち込んであります。それに併せ、今朝方このメリアン嬢の
「なんと、マジか?ジャック」
「お言葉が乱れておりますよ、殿下」
「ええい、構わん。よくやった!よし、許可するぞ!」
「それにつきましてはわたくしからも一点」
ルイとジャックが、口を挟んできたメリアンに視線を移した。
「わたくし、神殿内をよく見知っております。7歳から5年に渡り、監禁拷問を受けておりました。麻薬に関しては存じませんが、教皇の隠し部屋を知っています。聖なる泉領域の台座で、魔石をこの体に埋め込まれたのも覚えていますの。残念ながら魔石は跡形もなく消え去りましたが、そのおかげで魔力も元に戻りこうして協力したく参りました」
「監禁に拷問!?」
「邪魔にはなりませんわ。それでわたくしへの疑いが払拭できるのなら、どうぞ連れて行ってくださいませ」
メリアンの監禁事件の内情を知り、ルイは自分だけでは荷が重いと感じ陛下にも進言し、事態は大きくなっていった。まずは侯爵夫妻を王宮に呼び出し事情を追求したものの、夫妻からも僅かな麻薬反応が出てきた事から貴人牢へ直行。魔導士による治療が始まった。これに関してはメリアンも驚きの事実であった。
魔導士隊と王国騎士団はメリアンと共に神殿へ突撃、幼児虐待と国法で禁じられている奴隷売買、密輸入による関税法違反などで教皇アルフレッド・ジ・ハール・ミズレール14世を逮捕。
天使が舞い降りたと聞いて浮き足立って王宮に向かおうとしていた為、捕縛は速やかに行われた。その天使がメリアンだと知って激昂したが、血圧が上がりすぎて泡を吹いて倒れ、現在囚人医療室で拘束されている。
メリアンが虐待を受けたという地下では、二重三重の聖結界が張られていたもののメリアンの魔力であっさり解除。聖なる泉の周りで栽培されていた麻薬を発見し、栽培をしていた聖女五名と、既に中毒になっていた貧民街から拐った魔法士十数名を保護。聖女印のついた聖水の瓶から、微量の麻薬が検出され被害範囲は広いと懸念し、全国的に捜査をすることになった。
聖女達はすぐさま治療室に入れられ、回復次第監修付きの修道院に送られることになった。聖騎士や聖女の中には貴族の子息、令嬢もいたため、社交界でも噂はあっという間に広がり、神殿の信頼は地に落ちた。
教皇の執務室から続く隠し部屋も発覚、これまでの密輸売買の書類から奴隷の受け渡し、前教皇の犯罪や性癖に関わる膨大な量の書類といくつかの木箱を回収した。木箱の中には純粋な
聖騎士隊員には魔石を体内に埋め込まれてあり、聖魔力を増強していたことが後にわかった。この秘密を話せば神の罰として自然発火する、等と言われていたため聖騎士たちは黙秘を続けていたが、信頼していたはずの教皇の麻薬入り聖水の配布や幼児虐待、奴隷の売買などの犯罪履歴を聞いた一人の聖騎士が勇気を振るって告白。その聖騎士に何事もなかったため、何人もの聖騎士たちが名乗り出たことにより、神殿の悪行が公開された。
教皇は十日間の公開処刑として檻に入れられ、汚物をぶち撒く者、唾を吐く者、石を投げる者など、民たちの前で罵られるがままにされた。聖女印の聖水を1日一本渡されたものの、麻薬の入ったそれに手をつけることは当然なく。ブヨブヨと太っていた体はあっという間に肉が落ち、皮が垂れ下がり、無様な姿へと変わっていった。それで死亡していればよかったものの、彼はしぶとく生き残り。罰は下されたとし、止むを得ず終身刑へと移行した。
しかしながら天井のない独房に入れられ、朝晩の簡素な食事を除き何一つ与えられない孤独の中、一月を得ずその一生を終えた。汚物や石を投げられた傷が化膿し、監視官が朝食を届けた朝、腐乱死体で発見された。その腐食加減は一晩で起こったとは考えられず、神罰が降ったのだと処理された。
今後のため、ジャック達魔導士は聖魔法攻撃にも対抗するため禁忌とされていた闇魔法を導入、その研究監修に次期王太子妃であるウェントワース公爵令嬢が抜擢された。
聖騎士隊は解散され、魔石除去の後、王国騎士隊により彼らの再教育が定められた。幸か不幸か、麻薬中毒になっていた聖騎士はジョセフただ一人だった。
メリアンとの関わりのせいなのか、どうやら死に戻りを中途半端に覚えていたせいで半狂乱になったジョセフは、メリアンを殴り殺したこと、切り殺したこと、教皇にその凶刃を向けた事などを供述し、生涯をサナトリウムで監禁療養することになった。だが、その治療も虚しく麻薬と魔石により魔導路が著しく阻害されていたため、麻薬が切れたときには廃人になり、数年後その人生の幕を閉じた。
一年後。
ようやく事態が落ち着き、メリアンの両親も解放された。まさか麻薬入りの聖水で洗脳されていたとはつゆも思わず、両親はメリアンに泣いて懺悔をした。それに伴い、ジョセフとの婚約は当然白紙に戻され、学園卒業後は魔導士になりたいというメリアンのわがままも聞き入れられた。
「まあ、神聖魔法使いはメリー以外この国にいないから、当然だな」
「ジャック」
その後、メリアンの魔力検査が行われ、ジャックを凌ぐ魔力保持者だと分かった。しかも女神の愛し子というスキルが生え、神聖魔法の使い手だと分かったのだ。その神聖魔法をこの一年駆使したおかげで麻薬中毒者たちはなんとか回復し、それぞれの生活へと戻っていった。国王陛下からは真の聖女として神殿を預けようかとも伺いを立てられたが、それは辞退した。
神殿は解体され、神殿のあった場所は公園として開放。聖なる泉と女神像だけが残された。そこには平民だろうと貴族だろうと自由に行くことができる。各地には教会が建てられ、そこにも女神像が設置される。修道院で修行したのち各地に配属された聖女たちはシスターと名乗り、子供たちに魔法を教えながら生涯を女神に捧げた。
「今日はこれを君に」
「何かしら?」
ジャックが取り出したのは
「これは
「まあ」
「あの
「なんてひどい事を…」
「それで、この魔力玉なんだけど」
ひときわ白く、聖魔法が詰まっているのかと思い調べてみると、その魔力がメリアンのものと酷似しているのだという。
「これは君のものじゃないかと思うんだ」
「わたくしの……」
「もしかすると、ここに君の7歳より前の記憶が閉じ込められているのかもしれない」
「え……」
「検証の結果から、
「わたくしの過去の記憶……」
「これは君にあげるから。使っても使わなくても構わない……もしかしたらひどく辛い忘れたい記憶が入っているかもしれないし」
7歳より前の、忘れてしまった記憶。
思い出したら、何かが変わるだろうか。
「俺は、」
悩ましげに
「ずっとメリーだけを思っていたし、これからもメリーしかいない。だから、記憶があってもなくても変わらない。でも、君はもしかしたら、その……好きな人がいたかもしれないし、大事な事を思い出して俺なんかどうでもよくなるかもしれない」
少し視線をずらしながらモジモジとするジャックに、メリアンはぷっと吹き出した。
「おかしな人ね、ジャック。あなたってば、魔法に関しては天下一品で、とんでもない天才で自信家で魔力量も誰よりも多いのに、わたくしの過去に怯えているなんて」
「……そうはいうけど」
「いったでしょう?わたくし、あなたに夢中なのよ?過去は過去。思い出は思い出。わたくしが幼少の頃の何を思い出したところで、今のわたくしとあなたの関係が変わるわけないじゃないの。たとえ記憶に残っていなかったとしても、体験したことはきっと体と心が覚えているもの。いずれ、忘れた記憶を取り戻して貴方との出会いを懐かしむのも良いかもしれないけどね」
「……そうか」
「そうよ」
「そうか」
心配そうな顔から納得したような、安心したような顔に変わり、ジャックはメリアンを抱きしめた。
「これまでもこれからも、俺はずっとメリーに夢中だ。俺と結婚、してくれないか?」
「まあ、ジャック」
返事をする前にメリアンはジャックにキスを落とし。驚いたのも束の間、ジャックもキスで応戦した。
そんな二人の結婚を目の前に、またしても女神がやらかして、二人揃って世界を駆け回るのはほんの少し後の話。
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