メリアンの提案
案として、ここまで話し合った事柄を全て書き出し書類にまとめる事にした。
尋問室での話し合いは魔石に保存し、殿下の書類確認と魔石の有効性を認めたサインを含めた上、街角で集めた書類と合わせてジャックの持つ亜空間収納へと仕舞う。これはジャックとメリアンが時間の巻き戻りをする事を前提としており、ひょっとしたら時間に影響されない空間でなら保存されるかも知れないからだ。
魔導士たちが書記官と協力して書類を書き起こしている間に、段取りを打ち合わせる。
何をさておき、メリアンがティアレアに会って話し合うことが先決だ。
前回のように話し合いにならなければ、その場で速攻で殺されるだろうが、それも考案された。だが、もしも話し合いができるのであれば、どこまで彼女が覚えているのか、何のためにこの世界に来たのかわかるかも知れない。最初の世界で最後まで彼女が残されたのならば、メリアンたちの知らない事実が浮かび上がるかも知れない。
面接にジャックもいくと言われたが、丁寧に断りを入れる。
「だって、もしそこで魅了を使われたらそれこそ一大事だわ。ティアレアも過去を覚えているのだとしたら今度はわたくしを殺さず、別の手を考えてうまくやるかも知れないでしょう?そこでまた殿下やジャックが使われてしまったら、この国どころか世界が終わるかも知れないわ」
ジャックの能力を持ってすら太刀打ちできない以上、ここでジャックとティアレアを引き合わせるわけにはいかないのだ。
ティアレアは今、女性魔道士達が見張る中、黒部屋にいるらしい。だからと言って安心できるわけではないが、今のところ問題は起こしていないようで、泣きながらお茶を飲んでいるらしい。盗聴器で聞く限り、「こんなはずじゃなかった、帰りたい」と繰り返しているらしい。
ともかく、メリアンがもう一度時間軸を戻す必要があるため、死は覚悟した。まあ、痛みも覚えていないし、死は記憶として積み重ねるだけだが。いい記憶ではないのは確かだし、進んで死にたいとも思わない。
「死に戻ったらすぐ、魔石で魔法陣を転写します。その間にジャックは亜空間収納に仕舞い込んだ書類等があるかどうかの確認。もし書類が実在するのであれば、そのまま転移で魔道宮まで飛び、すぐ魔法陣の解析をお願いします。解析が出来次第、書き換えをし、連れてきたティアレアを中心に置き、返送する。どれほどの魔力が必要になるかわかりませんが、必要とあればわたくしも魔力を注ぎます。ここまではよろしいですか?」
ジャックをはじめ、皆が頷く。
「あらかじめ、ティアレアが現れる時間帯を見計らって、自動映像を放送できるようにしておこう。うまく動くかはわからないが、今朝俺が伝えた事を王宮内に流れるようにし、パニックを防ぐ。願わくばそれで全体の動きがスムーズになる事を祈って。しかしだな、」
ジャックが付け足すように自動映像なるものを用意するらしい。
「何ですか、それは。ちょっと見てみたい気がするんですけど?」
メリアンがぐりんっと振り返ってキラキラした視線をジャックに飛ばす。メリアンの食いつき具合に若干驚きながらも苦笑する。
「成功したら、いつでも見せるから」
「約束ですよ?」
「ああ、もちろん。そういえば魔道ランプも起動システムを見てみたいと言っていたよな。あれも今度はちゃんとカラクリを教えよう」
メリアンはわかりやすく頬を上気させ、頷いた。
「あー…問題は返送がうまくいかなかった場合なんだが」
「その場合も考えてあります。うまくいくかどうかはわかりませんが、その場合、わたくしがもう一度死に戻りティアレアが現れてすぐ様、魔法陣を書き換えるのです。時間との戦いになりますが、彼女が現れた際はっきり空に浮かんでいますし、その陣が浮かんでいる間は召喚主の魔力が残っているはずですから、ゴリ押しでなんとかなるのではないかと」
「いや、待て待て。そんなことができるのか?」
それまで黙って聞いていたライオットが慌てて口を挟んできた。
「魔法陣への干渉は、一文字でも消した瞬間崩れてしまう。あの化け物が地に降り立つ前に書き換えようとすれば真っ逆さまに落ちてきてしまうんじゃないか?」
「それで死んでくれれば御の字だがな」
「「「「殿下!!」」」」
冗談のように笑って言うルイに皆が非難の声を上げた。
「ええ〜、だって世界滅亡よりいいじゃないか……」
「素っ裸の少女が空から降ってきて真っ逆さまに落ちたところを想像してくださいよ。あたり一面に肉片が飛び散って、阿鼻叫喚になるじゃないですか。その後でこれは化け物だって言ったって、誰も信用しませんし、下手すれば教皇が飛び出して来て、悪魔が聖女を殺したとか言われちゃいますよ」
――それはものすごく嫌だ。あの教皇のことだから、絶対わたくしのせいにするだろうし、今度こそ処刑一直線だ。
「ダメか〜…」
「ダメですね。人非道な所業です」
「空から落ちて死ぬとも限らないしなぁ。それで怒らせて国が滅びるのもまずい」
「と、兎に角。先ほど申し上げたように、ティアレアだって来たくて来たのではないかも知れません。できれば穏便にもと居た所に戻してあげたいのです。同じような力を持った人々がわんさか復讐に来たらどうするのです?大事な娘を殺されたとか言って」
「……考えもしなかったな。そうか。異世界人はあれが普通なのかも知れないしな。うん。穏便に帰ってもらおうか」
「……最低ですわ、殿下。もっと思慮深い方だと思っていましたのに…」
「えっ!?ちょ、まって。アデル?じょ、冗談だよ?もちろん平和的に解決したいと思ってるよ!?貶めるのは教皇だけで十分だよね!?」
スタスタと部屋を出て行こうとするアデルに、ルイは慌てて縋りついた。尻に敷かれてる感が凄い。さすがは公爵令嬢。このシーンを見ていると、初めにティアレアに侍っていた王太子殿下が嘘のようだ。やはり魅了されて狂っていたのだろうな、とメリアンは内心頷いた。
「あっ、そこ!冷めた目でこっちみるのやめてくれる!?ほんっと、傷つくから!もう何も言いません!」
喚くルイを残して、メリアンはティアレアのいる部屋を目指して応接室を出た。
「メリー」
「ジャック?」
「……君にばかりこんな事をやらせるのは不本意だけど。女神の思し召しで選ばれたのが君だから仕方がない。俺は……俺も、神なんて信じていなかったけど、今回ばかりは認めざるを得ないし、それに、おかげで君が見つかった。あんな腐った教皇や聖騎士なんかに翻弄される君をこれ以上見たくないし、これが終わったら君が自由に飛べるよう俺も尽力する。済まないが、俺もできる限り補助するから…、その、頑張ってくれ」
メリアンはパチクリと瞬きをして、ジワジワと顔を赤らめた。
「え、ええと…はい。頑張って死んできます?というか。あの、ジャックがいてくれて、わたくし心強いのよ?記憶が戻らなくても、わたくしの中で、きっとあなたは私の自慢のお、お友達だったのだと、思うのよ。だから、もしよろしかったらこれからも、その…」
「……ああ。
「あ、ありがとう…その、わたくし、あまり外に出れなかったし、学園もよく休んで体が弱いと思われていたから、仲の良いお友達がいなくて、その…っ。嬉しいわ」
周りに友人と呼べる人がいなかったのは、高嶺の花であり完璧令嬢と呼ばれていたからなのだが、メリアンは当然気づいていない。そして密かに心を決めたジャックの失言にも気がついていないようだ。
二人揃って真っ赤になってモジモジしている姿を、背後からついて来た人たちは気配を消してニヤニヤと眺めていた。
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