昨日の敵は今日の友?

 後悔先に立たず。口は災いの元であった。


(最初の時はこれで王太子を激昂させ、挙句に神聖攻撃魔法を撃ち放つ原因になってしまったんだったわ。打ち放したのはティアレアだったけれど)


「……ええと、ですね」


 言い淀んだメリアンだったが、上手い言い訳は見つからない。「女神から不死の命をいただきまして」などと口が裂けても言えない。神託、と言っても大丈夫だろうか。


 いや、そのまま自分が聖女認定などさせられても困る。唇を噛み締めるメリアンだったが、ジャックは疑惑の目をメリアンに向け、下手をすれば投獄させられそうな雰囲気でもある。魔導士団の尋問は厳しいときく。どんな極悪人も罪を認めペラペラと白状するらしい。


 嘘などつこうものなら、強力な自白魔法とか使いそうな気もする。


「う、うぅ。……信じてもらえないかも知れませんが、全てお話ししますわ。その、でも、まずは天から降臨してくるあの人物は本当に危険なんです。だから」


 今はひとまず、王太子とティアリアを会わせてはいけない。それと、聖女認定をさせてはいけない。そこから全てが狂っていくのだから。


「……いいだろう。だが、侯爵令嬢とは言え不審点がありすぎる。侯爵家に確認するまで、悪いけど君の身柄は拘束させてもらうよ」


 ジャックも空を見上げ、ティアリアが落ちてくる前に王宮に急ぎたいのだろう。ちっと舌を鳴らした。


「構いません。が、わたくし命を狙われているんですの。間違った道を選べば、すぐ様死んでしまいますので、ええと、途中でわたくしが死んでしまったら、またこの会話をしなければならないのですわ」

「命を狙われている?どういうことだ?」

「ですから。先ほども言いましたように、わたくし今、無限ループ地獄にハマっているんですの。あなたもその一環なんです」

「無限ループ地獄」


 メリアンははぁと溜息をつき、観念したように話し始めた。


「ええ。神々の雷グーデルシンの死から蘇って、一度目は暴走馬車に轢かれてあっけなく死に、二度目は、あなたが助けてくださったのですけれど、あなたとこの場で別れてから学園に向かう途中、婚約者の浮気現場に出会でくわし、逆上した婚約者に撲殺され、三度目と四度目はギーを盗まれた妊婦を助けたところ、なんの因果かアクシデントが巡りに巡ってまた馬に蹴られて死にましたわ。そして今、五度目のやり直しでここですの」

「……へぇ」


 ジャックは目を細めて、どうにかメリアンの言葉を理解しようと努めた。ほとんどの死因が馬に蹴られてだが婚約者に撲殺されるとか、犯罪ではないのだろうかと考える。の部分に付箋を付ける。もし本当にことが起こっていたのなら、の話ではなるが。


「この後、わたくしがなんらかの理由で死んだら、またあの暴走馬車の場面に戻り、あなたからタックルを受け、延々同じ会話をすることになるんですわ。女神から不死の命を頂いたのに全然不死じゃなくて、ループ地獄にいるんですの…。正しい道を選べばきっと前に進めるんだと思いますけど」


 ジャックの中では、メリアンはひょっとして頭を打っておかしくなってしまったのかも知れないと考えるが、言ってる事は支離滅裂でありながら、妙に筋が通っている。しかもしれっと女神から不死の命をもらったとか抜かしたが、どこをどう信じていいものか、と眉間に皺を寄せた。


「どこをどう信じればいいのかわからないけれど。とりあえず、俺と一緒に王宮に行けば先に進める……とメリアン嬢は思うんだ?」


 ジャックから名呼びされるとは思わなかったメリアンはどきりとして眉を釣り上げた。が、自分も相手から名乗られてもいないのに、ジャック、ジャックと気安く呼び捨てにしていたことに思い至り、口を噤んだ。


「ええ、確信はありませんが。『選択肢の法則』でも説明があったように、ある一つの行動から分かれる支線は段階を得て導かれ、それぞれの選択肢は常に二つ存在する、と魔導書にはありますわね?

 わたくしが未来の時間軸から、この時間軸に戻って来たということは、たった今、ティアリアが降臨して来た地点での、わたくしの過去の選択がことごとく間違っていたということになると思いますの。

 最初に戻って来た次の瞬間わたくしは、以前と同じような行動をして、暴走した馬車に轢かれて死にました。

 次に目が覚めるとあなたに助けられ、それ以降何度死んでも、あなたに助けられたこの場面に戻るわけです。つまりあなたに助けられた選択は正しいということになります」

「……なるほど。ところで君、今現在いくつだい?」

「はい?……ええと、16歳ですわね。最初の人生は17歳で、あと一年で学園を卒業というところでしたから。でも王太子の生誕祭で恐らく王都民、下手すれば全国民を巻き込んで死にました。もし万が一あそこで死ななかったとしても、わたくし不敬罪で国外追放を言い渡されましたし、その他大勢の令嬢も、そうそう、王太子殿下の婚約者の公爵令嬢も婚約破棄され国外追放を言い渡されたんですの。そして全員、お家は取り潰しという事になっていたかと思いますわ。それはそれで、この国は終わっていたと思いますが」


 メリアンは呆れたように鼻で笑ってしまった。それだけ貴族を無くして、王国をどうやって動かしていくつもりなのか見てみたかったわと呟く。どうせ女神を怒らせて全滅するくらいなら、国を捨てても良かったかもしれないけれど。


 ジャックは目を丸くして、ハッと笑った。


 16歳の、高等部に上がったばかりの令嬢が、魔法科の最終学年で学ぶ時間軸の進行速度と選択肢の法則についてつらつらと語っているのもおかしな話だと思ったし、王太子が婚約破棄をしたというあたりがまるで巷で流行っている大衆文学書のようだったからだ。しかも王国崩壊の危機とか全く現実味がない。


「ハハッ。まさか。殿下はウェントワース公爵令嬢を溺愛しているのに」


 王太子殿下の側近として、学園時代からその様子を知っているジャックは鼻で笑い飛ばした。王太子殿下の公爵令嬢に対する執着振りに側近たちは現在進行形でずいぶん苦労を強いられているのだ。


「だとしたら尚更ですわ。あの元凶はきっと魅了魔法か何かを持っているんじゃないかしら。そもそも一人の女性に大勢の貴族子息が同時に侍っていながら、本人達がおかしいと思わないのが変でしょう?わたくしの婚約者もその中にいて、ギラギラとわたくしを殺す機会をうかがっていましたし。まあ、あの人は普段からその機会を探していたようですけれど。その腑抜けた殿方達の中にはあなたもいらっしゃいったのよ??」

「は?俺も!?」

「ええ。それはもう殺気を飛ばして目から火魔法でも噴き出してくるんじゃないかと思ったほどでしたわ。ですが、ティアレアの放った神々の雷グーデルシンの神聖魔法を眼にして我に返ったのか、あなたは慌てて暗黒結界メリケ・バリアッラを展開して相殺しようとし……」

「ちょっと待て!なぜそれを君が知って……!」

「むぐ」


 メリアンの口を慌てて塞いでジャックは青ざめ、キョロキョロとあたりを見渡した。そして誰も聞いていないことを悟ったのか、ゆっくりと視線をメリアンに戻し、瞬きをするメリアンと顔を見合わせた。


「……つまり、そういうことか」


 どうやらジャックはメリアンの話に確証を持ったらしく、塞いでいた手をゆるりと離した。

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