―53― 激闘

「エレレート……ッ!」


 思わず感極まって泣き叫ぶ。

 そうだ、僕はずっとエレレートがこうしてしゃべってくれるのを待ち続けていたんだ。


「泣くのは後にしてお兄ちゃん。今は目の前のあれをなんとかするのが先」


 妹に諭される。

 目線の先には、いつ襲いかかってきてもおかしくない不格好な巨人トルペ・ギカンテがいる。

 確かにエレレートの言う通りなので、僕はなんとか涙をこらえる。

 そして、短剣を握っている手に力を込める。

 けど、それを妹がそっと手を上から重ねて制した。


「まず、私がなんとかする。だから、お兄ちゃんはじっとしていて」


 なにを言っているんだろう。妹はずっと寝たきりで、だから戦うなんてできないはずだ。

 だから、どうやって? と訪ねようとして、その前に妹が先に動いていた。


「〈人体変化じんたいへんげ〉」


 エレレートの左腕が膨張し、触手のように伸びる。


「おかげさまで、私にもあいつの力が使えるの!」


 あいつ、とは名称未定のことなんだろう。

 エレレートはそう言いながら、触手の先端を刃物のような形状に変化させる。

 そして、スパンッ! と不格好な巨人トルペ・ギカンテを縦に一刀両断する。


「すごい」


 無意識のうちにそう言葉を発していた。

 これだけの巨大なモンスターを一撃で倒してしまうなんて。


「うそでしょ」


 けれど、エレレートは信じられないとばかり動揺していた。

 見ると、縦に別れた不格好な巨人トルペ・ギカンテはそれぞれの断面を修復し始め、2体の独立したモンスターへと増殖を始める。



「とりあえず、何度も斬ってみるしかないか」


 エレレートはもう一方の腕も触手のように膨張させ、先端を刃物に変える。

 そして、二本の触手を振りかざし何度も不格好な巨人トルペ・ギカンテを斬り刻む。

 けれど、不格好な巨人トルペ・ギカンテは斬っても斬っても、それぞれの断片が再生し、増殖していくばかりだ。


「あはは……たくさん増えちゃったね」


 エレレートは苦笑していた。

 確かに、不格好な巨人トルペ・ギカンテは無数に増えていた。だけど、一体、一体の大きさが等身大程度まで小さくなっていた。

 そうか、斬っても断片が再生し増殖するとはいえ、大きさまで元に戻るわけではないみたいだ。

 ならば、斬り続ければいつかは極小のサイズになるはず。そうなってしまえば、もはや脅威ではない。

 それに、今のサイズ相手なら僕でも戦えそうだ。


「お兄ちゃん、背中は任せてもいい?」


 短剣を構えた僕を見て、エレレートがそう口にする。


「うん、任せて」


 僕とエレレートは背中合わせに立つ。

 そして、全方角から小型となった無数の不格好な巨人トルペ・ギカンテが襲いかかってきた。


「いくよ!」

「うん」


 合図と同時に、僕とエレレートはそれぞれの得物を手に戦いを始めた。

 不格好な巨人トルペ・ギカンテは斬っても斬っても断片を修復しては、再び襲いかかってくる。

 だから、勝ち目のない戦いをしているような気もする。

 なのに、なぜだろう?

 負ける気が一切しない。

 根拠なんてなかった。ただ、強いて言うならば、今の僕は一人じゃない。エレレートと共に戦っているんだ。

 だからなのか、さっきから全身から無限に力が溢れて出てくる。

 それから、何度も何度も不格好な巨人トルペ・ギカンテを斬り続ける。

 そして、目の前に手のひらサイズまで小さくなった不格好な巨人トルペ・ギカンテがいた。それを斬った途端、再生することなく倒れる。


「エレレート! 小さくなるまで、斬ってしまえば再生しないことがわかった!」

「それは朗報ね、お兄ちゃん」


 まだ周囲は増殖した無数の不格好な巨人トルペ・ギカンテがいるため、安心はできない。

 けれど、ある程度斬ってしまえば増殖しないことがわかっただけでも、収穫として大きい!


「それじゃあ、一気にケリをつけようか!」


 そうエレレートが気合いをいれる。

 楽しい……!

 戦っているのに、僕はそんなことを思っていた。

 今までたくさん戦ってきたが、こんな高揚する思いは始めてだ。

 横を見れば、元気な姿をしたエレレートが戦っている。

 そうか、僕はずっとこんな日々を待ち望んでいたんだ。

 エレレートはずっと体が弱く、家の外に出るのも難しかった。父親がいなくなってからは、ずっとベッドの上で眠っていた。

 それが、今はモンスターを倒せるまで元気になっている。まぁ、両腕が触手のような人間離れした姿になってしまったが、そんな元気であれば大した問題でもないだろう。

 エレレートと僕は今一緒に戦っているんだ。

 その事実がただひたすら嬉しい。

 だから、僕はこの時間が永遠に続けばいいと思っていた。

 いつまでもエレレートと共に戦っていたい。

 それが僕の唯一の望みだ。


「えへへっ、やったね、お兄ちゃん」


 気がつけば戦いは終わっていた。

 エレレートが嬉しそうに僕に笑いかけてくれる。


「ありがとう。エレレートがいなかったら、今頃僕は死んでいた」

「お礼なんて、やめてよお兄ちゃん。私たち兄妹なんだから、助け合うのは当然でしょう」


 そっか、そうだよな。

 これからも、二人で助け合って生きていけば――


 ドサッ、と糸の切れた操り人形のようにエレレートがその場から倒れた。


「えっ?」


 僕は困惑しながらも慌てて駆け寄る。


「そっか、時間切れか」


 そう言って、エレレートは一人で納得していた。

 僕にはなんのことだかわからない。


「あいつにも優しくしてあげてね……」


 という言葉を残して少女は気を失った。


 ◇◇◇◇◇◇


 レベルがあがりました。

 レベルがあがりました。

 レベルがあがりました。


 ◇◇◇◇◇◇


 と、レベルのあがった通知が表示される。

 そうか、不格好な巨人トルペ・ギカンテもモンスターだから倒すことでレベルが上がるんだ。


 だけど、そんなことより気を失ったエレレートのことが気がかりだった。


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