うちのクソガキが師匠離れしてくれない
皆川 純
前編 魔術師、家族を拾う
東方の賢者と呼ばれるザイド・アル・ワルディシャートによって体系化された魔術であるが、彼は元来歴史学者であった。
各地に散らばる民話や口伝から共通項を抽出して地質学や生物学など、様々な学問成果と参照し装飾された物語から真実の一部を見出そうと努めていたが、そのうち切り捨てたお伽噺部分への興味へと至らせそこに歴史の真実ではなく思想の事実を発見することとなる。
彼はそれら「架空のもの」として歴史学からは歯牙にもかけられなかった部分が最も凝縮されているのは、南方メチルバード地方の一部族の巫術師と呼ばれる老婆たちに口承されているものと考え、部族と一体化して生活しながら口伝の細部に渡る収集と全体の正確な把握に取り組んだ。
努力が実を結んだのは20年の後だと言われているが、なにぶん彼の存在自体がもう何百年も前のこと、事実かどうかはわからない。
が、何にしてもザイドがメチルバード地方の部族に伝わる伝承から、一見非合理に見えるものを原理性非合理と可能性非合理に分離、理論的には無理でも手順によって発言できる「不可思議な力」を行使するための体系化に成功したことは確かな事実だ。
なぜならば、その部族でマゴイと呼ばれた巫術師たちの名を借りて「マギ」と通称される魔術を、特定の理論を学びさえすれば誰でも行使できるのだから。
そしてその理論を収めて魔術師となった一人が、サーラ・ハサディーヤである。
「やれやれ。今日も疲れたね」
テクラの街並みを見下ろす高台にある自宅へ向かいながら、サーラは一人呟いた。
この時間帯のジュニエ湾に沈む夕陽という絶景が購買の決め手となったが、若い頃はまだしも歳を経てからのことも考えるべきだった、と後悔しきりだ。
こんなに良い眺望なのにやけに安いな、と思ったものだが長く曲がりくねった坂道の辛さはこの歳になれば納得だ。
ハルームと呼ばれるこの地方独特の家屋は瓦に使われる釉薬の影響で黄味のかかった赤が美しく、海の青と相まって思わず目を奪われる。
人口数千人の小さな海沿いの街にも関わらず、観光客が多いのも景観が目当てであって、海流が悪いのか大して旨くもない海産物には見向きもされない。
故に街の産業は観光と水産加工業に偏っており、彼女のような魔術師の需要は加工業の方にこそ多い。
となると、港に近い倉庫街が請負仕事の中心であり、街の背後に広がる丘の中腹に構える彼女の自宅からでは、不便なことこの上ない。
それでも居を移さないのは経済的な事情もあるが、やはりこの瞬間の眺望には敵わないものがあるからだ。
「今日もきれいだねぇ……あと何度、この夕陽を拝めることやら」
後半の付け足しに我ながら苦笑する。
そんなことを言うようになったことこそが老化の第一歩であり、魔術理論にもあるように「気」が体にも影響するのだから、心の持ちようだけでもしゃっきりしなければいけないのだろう、本当は。
だが、齢50を越えて平均的な寿命に近づいた今、さほど生にしがみつく気はない。
男運にだけはついぞ恵まれなかったものの、充分に人生を楽しんだ。
むしろ、思い残すことがないという点では自分の性に合っていたとも思う。
幼い頃の夢だった魔術師にもなって、小さな街で工具や設備の保守、重量物の運搬、魔術水の提供など、王都ラムートの宮廷魔術師のような華々しい仕事ではないけれど誰かの役に立ち、自分が確実に社会の中に存在しているという実感もある。
だから、
「まあ、残り少ない余生だ、しっかり今生を堪能しようかね」
諦めでも悲嘆でもなく、老いと人生の最期を受け入れる気持ちの準備は出来ている。
それこそ魔術理論に適合した気の持ちようなのだろう、どうも歳を取ってからの方が魔術の効率がよくなっている気すらするのだ。
深奥を覗きたい訳ではないが、魔術を学んで30年かけようやく到達できたのが「気」の重要性を実感する程度、というのが情けない話ではあるが、どんな仕事でも実際はそんなものでないだろうか。
しばらく立ち止まって景色を堪能したサーラが、さて、と残り短いいつもの家路を辿ったところで、普段とは違う何かに気づく。
「何だい、あれは」
薄暗くなった坂道の端で、動くものがある。
この辺りにはいないはずだが、野犬くらいの大きさだろうか。
警戒してルゥムの魔術を使おうとして、向こうがまだこちらに気づいていない可能性を考慮して、ギラルの魔術に切り替える。
気配、匂い、肌の感触などから宵闇でも関係なく周囲を察知できるようになり、したところで変わらないのだが鼻を引くつかせて暗がりに潜む物体の把握に務める。
「……ガキかい」
面倒だ、初めに思ったのはそれだ。
観光と水産で潤っているテクラでは、街全体の納税割合が大きいため国の福祉政策も手厚い。
シャッハール家が統治するこの王国では、全土に共通する政策などはなく土地や地方、街などの単位で国に貢献するほど優遇される。
40年近く住んでいて、だから保護院に預けられた孤児を見たことはあっても、浮浪する子供は見かけたことがないのだ。
眉を潜めて深く察知すると、やはり子供のようだ。
それも弱っているらしい。
ならば襲われることもないだろう、と警戒を緩めて足を進めると、果たしてボロを纏った金髪の少年がうずくまっている。
服なのか布なのかすら判別しづらい何かから覗く手足は細く、小さな擦り傷などは多いがそれでも大きな怪我などはしていないようだ。
何日も水浴びをしていないのだろう饐えた匂いに顔をしかめる。
保護院に連絡するにしても今から街に戻るのも大変だし、かと言って明日までこのまま放置する訳にもいかないだろう。
穏やかに何事もなく余生を過ごしたいと思った矢先にこれだ。
面倒なことこの上ない、と心の底から大きくため息をつくと、サーラは少年にガイ・ラナの魔術をかけて軽くすると、
「生きてるんだろう、返事はできるかい」
声に反応してぴくり、と指が動くも衰弱しきっているようで他の動きはない。
当たって欲しくはなかったがまあ予想通りだ、持って帰るしかないだろう。
もう一度大きくため息をつくと、サーラは少年の腕を取って持ち上げ、月明かりだけの坂道をゆっくりと登っていった。
「まったく、面倒だねぇ」
少年を拾った三日後、サーラはやれやれとばかりに頭を振ると目の前で行儀よくスープを飲む姿を見やった。
出かけている間に死なれても寝覚めが悪い、というよりも自宅に死体を置いておくなどとんでもない、そう思ったサーラは拾った翌日は少年の看護をし、今朝早くに目を覚ました少年から事情を聞き、すぐに保護院へ連絡をしようとして気がついたのだ。
左手の甲にある奴隷印、そして右手の甲に魔術で巧妙に隠されていた紋章に。
違和感が大きすぎた。
奴隷印はわかる、八歳だと言う少年は幼いながらも顔立ちだけ見れば確実に美少年に育つことは間違いなく、それ用としての用途で売られたのだろう。
だが、それにしては稚すぎる。
別段、奴隷売買に年齢制限が課されている訳ではないのだが、鑑賞用としても愛玩用としてもまだ早いだろう。
そういう性癖があることは理解しているが、需要は少ないのではないだろうか。
そして右手にある紋章だ。
紋章学は収めなかったが、魔術理論的に意味を成す構成物があれば推測は可能だ。
そして見たことのある魔術構成に似た部位があった。
こりゃあ、ディアギスの血に連なってるんじゃないかね。
根幹を成すザイド魔術には様々な派生理論があるが、そのうちの一つである西方魔術、戦闘に特化した魔術を進化させ続けている派閥の中心にいるのがディアギス家だ。
世界を構成しているのは、三つの層である。
人の生きるイシュ、魂の住処であるアゴラ、神や魔などが存在する別次元のキリクである。
この三層は全く同一に重なって存在し、それがゆえに魂の剥離である死は唐突に訪れたように見えても、実際は隣家に足を運ぶがごとく魂がアゴラにその存在の場を移すだけのことに過ぎず、聖職者や呪者、魔術師と言った人間はそれらの行き来を感じ取ることができると言われる。
肉体を離れた魂はアゴラへ移動する際にマゴスと呼ばれる不可視体となって、しばらくの間はイシュに留まっている。
この魂の移動によって生じるエネルギーを借りるのが魔術であり、本流であるサーラたちは重なり合う別の層から力を借りている、つまり自分たちのいる層であるイシュを別の層から眺めている力を用いることで解析や物体同士の作用に手を加えることを容易にしているのだ。
だが、およそ百年前に分派した西方魔術のディアギス一族は、イシュとアゴスと間の魂の移動に伴うエネルギーではなく、キリクから直接力を引き出す方法はないかと考えた。
彼女が学んだ本流のように、物体を構成する物質を解析したり世界に満ちる相互干渉の力を観察するものではなく、キリクという超常の世界から力を引き出す、それはこの世のものではない以上、危険なものではあるが効率も威力も桁違いのものであることは自明だ。
本流や諸派閥はバカバカしいと一蹴し、中でも聖教会に近い神学派と呼ばれる魔術師たちは教会と結託して西方魔術の根絶を使命としている。
大陸全土に根を張る教会だが、異教徒であるイスペリアに近い西方やこのテクラがある東方辺境では中央と同じように権力を奮うこともできず、小競り合いは果てしなく続いている。
教会が認められないのも当然だろう。
神の御力を借りる、ならまだ許容する余地もあるだろうが、神の力を用いる、挙げ句の果てには同じキリクに存在する魔の力まで利用するというのは教会にとって認められるようなものではない。
魔術には魔という意味ももちろん含まれているが、これはイシュでは理解できないもの人知を超えたものとしての意味だ。
そして彼女たち魔術師が用いる魔はイシュを超え、アゴスへ向かう魂という意味で人知を超えているということであって、これはザイド魔術では可能性非合理もしくは可能性非理知と呼ばれる範囲である。
西方魔術が用いるキリクの魔とは、原理性非合理の魔であって同じ魔とは言ってもその在り方は大きく異なりまったくの別物だ。
教会はそもそも異教徒であったメチルバード諸部族から発生した魔術を認めていなかったが、イシュ、アゴラ、キリクという聖教の認識とすり合わせることで辛うじてそれを自分たちの文化に許容したに過ぎない。
もしやザイドは、この世界で魔術が受け入れられるように人々の生活や文化にとって有益なものに限って理論化し、教会が受容できる理屈をつけたのではないか、西方魔術とのことを考えるとそう思わないでもない。
ただ、それはサーラがそう考えることができるのは、西方と同じように聖教の影響力の弱い、多宗教を認め国家宗教を定めない東方シャッハール王国に住んでいるからであって、大陸中央のカリスタ同盟諸国ではそう思うことすら不敬不遜であると詰られよう。
ともあれ、ディアギスの一族は西方魔術の中心であり、大陸に広く布教活動を行う聖教とは犬猿の仲であるということが問題だ。
他民族・多宗教に寛容なシャッハール家の治める東方ゆえ、ディアギス魔術の紋章を見られても行政官吏がどうこうすることはないだろう。
魔術というよりも衛生面の問題から、解析魔術をかけられることは確かだから紋章も確実に発見されるだろうが、保護院に預けるだけなら問題はない。
問題は王国が宗教に寛容なことだ。
今回はそれがデメリットに働く可能性が高い。
寛容だからこそ、保護院に入る前に解析を行う担当魔術師が神学派である可能性が高い。
と言うよりも、テクラで孤児や寡婦を含めた福祉政策を担当している官吏が、熱心な聖教徒であることはサーラが知っている。
いかに王国が宗教寛容を持っていようと、いちいち地方官吏の信教やそれによる差別に介入することはない。
だから、この少年を保護院担当の窓口に連れて行けば確実に問題になる。
サーラはただ拾って王国民としての善良な義務を果たしただけだから咎が及ぶことはないだろうが、いかにも後味が悪い。
そんな訳で平和な老後を過ごそうと思っていたサーラは、絶賛困惑中なのである。
「あの……ごちそうさまでした」
難しい顔をしているサーラに遠慮したのだろうか、スープを飲み終わった少年が小さく声をかける。
「ああ、気にしなくて良いよ。それであんた」
「アミルカルです。えっと、その……アミルカル・ディアギスです」
室内の独特の道具類や書籍などからサーラが魔術師であることがわかったのだろう、彼はおずおずとフルネームを申告する。
聞いた瞬間、サーラが天井を仰いだのは言うまでもない。
「名前の時点で西方だと明らかじゃないかい。まいったねぇ、これは……」
偽ればどうということもないだろうが、右手の紋章だけはどうしようもない。
「まあ、まずは状況を確認しておこうか。それで、ディアギスの家に連なるあんたがなんで奴隷紋なんてつけてるんだい」
本流らしく、まずは正確な状況把握を行う。
彼をどうするかは置いておき、何はともあれそこからだ。
「あの、えと、あなたはご存知だと」
「サーラだよ。サーラ・ハサディーヤだ。覚えておく必要はないだろうけど話しづらいからね」
「ありがとうございます、それでその、サーラさんもご存知だと思いますがディアギスに連なる分家の者です。ただ、僕は当主様が手をつけた下働きの母から生まれたので、正式にはディアギスの家系名簿に載ってはいません」
「ふぅん、西方では魔術師の管理を国とは別に家毎に行なっていると聞いていたけど、本当なんだね」
「はい。それで、直系でないけど魔術の素養はあるということで、勉強と生活はさせていただいていました」
アミルカルの微妙な表現に、サーラは僅かに眉を動かす。
あまりの匂いに体を拭いてやったが、その時に見えた身体中の傷跡はどう見ても新しいものだけではなかった。
生活は、と言うもののまともなものではなかったろう。それこそ、食べられる程度にはというレベルだったに違いない。
「ただ、直系の方々には邪魔だったようで……売られてしまいまして」
「あんたが悪いことした訳ではないってことだね」
「はい」
「なら、非合法の奴隷商か。新しい傷はその時のもんだね」
「いえ、奴隷船では船倉に詰め込まれていたものの暴力はありませんでした。これはその……その中に神学派の魔術師がいて」
ああ、とサーラは頷く。
神学などとご大層な名前をつけているが、その実やっていることはそこらのならず者と大して変わりはない。
神の名を冠することでより悪辣になっているくらいだから、西方魔術のガキを見れば憂さ晴らしとばかりに好き放題やるだろう。
「この先のサイードに運ばれる途中だったそうですが、たぶん海賊に船が襲われ海に投げ出された後、必死に泳いで岬に辿り着いたんです。でも、奴隷紋があるので街中に行くのはまずいと思って夢中で歩いて」
「うちの近くで力尽きたってことだね」
顔を伏せるようにしてアミルカルは頷く。
ここに至るまでの状況を客観的に説明した以上、あとはサーラの判断次第でしかない。
生まれた時には既に母親はおらず、きっと殺されたか売り下げられたかしたのだろう。
西方魔術の最大派閥としてそれなりの財力を持っていたディアギスの分家だが、分家ゆえの血統意識も強くアミルカルは使用人どころか奴隷と同じ扱いを受けていた。
だが、当主の血もあって魔術浸透は分家の子息や弟子たちに比べても高効率だったので、何かの役に立つことはあるだろうと当主によって勉強だけはさせられていた。
屋敷で行われる魔術講義や実践に当主が立ち会うことはないから、当たり前のように周囲から迫害されたが、幼いアミルカルにはどうしようもなかった。
分家の血を引きながらも先祖返りとでも言うほどに本家の色が濃い容姿と魔術浸透、それが分家の魔術師たちの勘に触るは至極当然の流れで、ある朝いつものように仕事をしようと奴隷小屋を出たところで殴り倒され、気がついたら糞尿まみれとなった奴隷たちの間に転がっていたのだ。
ディアギスにいた頃から夢も希望も持っていなかったが、さすがにここまでの仕打ちを受ければ完全に心も折れる。
護衛として乗り合わせていた神学派魔術師によって、魔術の訓練台として様々な虐待を受けても呻くだけで涙のひとつも流さない彼に、逆上した魔術師は更なる虐待を続けた。
おそらく嗜虐性も強かったのだろう、恐怖や絶望への転落といった人としての感情を露わにすれば魔術師の気も晴れたかも知れないが、すでに絶望しきっていたアミルカルが彼の気を紛らわす反応を示すこともなく、そんな船旅とも言えない船旅を続けている間に海賊の襲撃を受ける。
砲撃の後の剣戟、きっとその時点でこの船が奴隷船であって商船ではないことに気づいたのだろう、海賊が引いたと思われる一瞬の静けさの後、激しい砲撃が何度も響き渡り一発が船腹を直撃して浸水、息苦しさにようやく生への渇望を思い出して必死に水を掻き海上に出た彼の目に映ったのは、渦を巻いて海中に没していく船だった。
辛うじて岸に上がり遠目に街の灯りは見えたけれど、左右の手に刻まれた紋章はどちらも彼の立場を良くするものと思えず、できるだけ人里を離れようと丘を越える途中で力尽きた。
気がついたらきれいにされてベッドに寝かされていたのだ。
その後の食事まで用意され、これ以上の好意は申し訳なく思い、お礼を言って去ろうと腰を上げかけた彼をサーラの言葉が止めた。
「あんた、魔術は使えるのかい」
右手の紋章を見ればわかることを、わざわざ聞いたサーラの真意はいかに年不相応に賢いアミルカルにも理解できかった。
怪訝そうな顔をしていると、
「西方魔術じゃない、ザイド本流の解析魔術や作用魔術は習っているのかって聞いてるんだよ」
ぶっきらぼうに言うサーラだったが、言い方ほど悪い人ではないということはわかる。
でなければ、奴隷紋に西方魔術紋などと言う明らかに面倒なアミルカルをここまで介抱はしてくれないだろう。放っておくのが普通だ。
「あ、はい。本流の勉強もしてきました」
「魔術水は」
「小舟一艘分くらいなら」
「……西方の魔術師は皆そんなに出せるもんなのかい」
「いえ、たぶん難しいかと思います。西方魔術は攻撃に特化していますし、アゴラの視点からイシュへ影響を及ぼせる解析や作用への理解は薄いですので」
ふむ、とサーラは考え込んだ。
くらいなら、とアミルカルは言ったがとんでもないことだ。
サーラですら盥一杯分くらいが関の山であり、それでもこの街の魔術師としては重宝してもらえるくらいの力量である。
魔術水はイシュに漂う水の大元となる存在をアゴラの視点から見つけ、組み合わせて水と化すものだが、川や井戸の水と異なり純粋に「水」であることから彫金師や薬剤師などの要望は多い。
それを小舟一艘分とは、よほど目も理解力も良いらしい。
力の使い方が違うだけで元の考え方は同じはずだから、この分だと西方魔術の特徴である攻性魔術なども相当なものなのではないだろうか。
「西方魔術では落ちこぼれだったってことはないね?」
「同門の方々からはけなされるだけでしたが……」
「正確に言いな」
「分家の中だけでしたら、たぶん一番威力があったと思います」
するとやはり、ザイド魔術から派生しただけであって基本は変わらないのだろうか、と本流以外には疎いサーラは一瞬魔術全体の研究に気を取られたが、老い先短い自分にはもはや必要のない理解だろうと割り切った。
「アミール」
「はい?」
「今日からあんたはアミールだよ」
アミルカルではいくらなんでも西方丸出しだ。
だが、テクラを歩いていれば一日に三人くらい出会うだろうアミールという名なら問題ないだろう。
人種の多いこの街では、金髪碧眼だって掃いて捨てるほどいる。
「響きも似ているからすぐに慣れるだろうよ。保護院だと衛生解析が必須だけど、ただの移住なら問題ない。右手の紋章も解析をかけられない限り気づかれることもないからね」
未だ話についていけず、きょとんとしているアミルカルにサーラは呆れたように言い放つ。
「物分かりの悪い子だね。ディアギスは捨てな。今日からあんたは私の弟子、アミールだって言ってんだよ」
ただし、と。
「甘えんじゃないよ、奴隷紋は消してやるけど馬車馬のように働いてもらうからね。無駄飯食いを養う余裕なんてないんだから」
サーラの言葉が、じわじわとアミルカル、いやアミールの胸に染み込んでくる。
アミール。
誰につけられたかわからないアミルカルの名、良い思い出などひとつもないディアギスの家名。
それに比べていかにも雑につけられたかのような態度で言われたアミールの名前が、彼にとってはこの上もなく大切なもののように思えた。
アミール。ただのアミール。
丘の家に住む老魔術師サーラの弟子。
それが今日からの自分だ、そうわかると視界が歪んだ。
初めて見せる笑顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているのを見ながら、サーラは頬杖をついて悪態をつく。
それは呆れたからか、照れ隠しなのか。
「まったく、面倒なクソガキだね」
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