人狼最強プレイヤーはクラスメートの美少女の嘘を見抜けない。
hiraku
第一章【ライアーボイス】
《第一章》一話『缶バッジは裏を向く』
ある日、一つのゲームがリリースされた。
名は『ライアーボイス』。直訳すると、嘘つきの声。
「チップさん、あなたが
マイク越しの声がネットの海を介して響く。
感情のない淡々とした言葉選びは、相手の逃げ場を完全に塞ぐ。
「あーもうまたバレたよ」
「噂は本当だったのか…」
「一体何者なんだ…」
ゲームを終えたプレイヤー達が次々と声を漏らす。
ニックネーム『スパイダー』はその名の通り、嘘を吐いた人間を
リリース当初から一度も負けずに淡々と嘘を見抜く姿はまるで神のようで、ネットでは『
「GOD、か」
明かりの点いていない暗い部屋で、青年がスマートフォンを片手にベッドに横たわる。
スマートフォンの画面には『GOD』についてのネットの呟きが映っている。
内容は全てGODを称賛する声で、批判的なコメントは見当たらない。
チートや改造を疑う声一つないそれは、GODへの圧倒的な尊敬と実力への信頼が表れていた。
「大層な名前を付けられたもんだ」
ぼんやりとした光で顔を照らしながら呟く青年、
嘘を見抜き蜘蛛のようにじわじわと敵を追い詰める、そう聞くとどんなに怖い人間なのだろうかと考えてしまいそうになるが、人は
『スパイダー』本人の見た目はトップらしい威厳があるとはお世辞にも言えず、むしろ顔や声に覇気はなく髪も目にかかる程に伸び、だらしない印象を抱かせる。
顔も決して"イケメン"の類ではなく、鋭く細い目以外に特徴のない顔をしている。
身長も高すぎず低すぎず、筋肉が付いていない細身の体型はまさに"普通"としか言いようがない。
「…なんだ?」
ぼうっとスマホを眺める七斗の元に、一件の通知が届いた。
『ライアーボイス』と連携しているアプリからの通知だった。
「第一回ライアーボイス王決定戦?」
アプリの通知は、ゲーム内で最も強いプレイヤーを決めるイベントが開かれるという内容だった。
ライアーボイスは、人に化けて市民を襲う人狼陣営と人狼を追放する市民陣営に分かれて行う騙し合いのゲームだ。
人狼が市民を襲撃し、人狼の人数と市民の人数が同数になれば人狼陣営の勝利、人狼を全て追放すれば市民陣営が勝利のシンプルなゲーム。
ゲーム内で行われる会議は全て声のみで行われ、姿を映す必要はなく気軽にプレイすることが出来る。
『人狼』と検索すると出てくるルールやコツは、そのゲームの奥深さを物語っている。
「最強って言っても、どう決めるんだ」
七斗は長く続くイベント詳細の文章を読み飛ばしながら呟く。
ライアーボイスはそのゲームの性質上単純な勝者を見出すことは難しく、トーナメントのような勝者が上に進む形式は取ることが出来ない。
そのため普段のゲームではレート制を取り入れており、勝敗によってポイントが割り振られ、獲得ポイントでの順位を表示して優劣を示していた。
『スパイダー』はそこで最も多くポイントを獲得しているため、最強のプレイヤーとして名を馳せている。
「詳細は後日、か」
七斗はスマホをスリープさせて机に置き、そのまま眠りに就いた。
***
「なぁ、昨日のやつ見たか?」
翌朝、七斗が教室の扉を開けると、クラスメートの男子二人の会話が聞こえてきた。
七斗は高校二年生になったばかりで、クラス替え後に作られたグループの中に入ることもなく一人浮いていた。
今話している二人も所謂『陽キャ』のグループに所属する人間で、七斗との関わりはほぼない。
「見た見た、最強決定戦みたいなやつだろ。俺最強になっちゃおうかな〜?」
「馬鹿、なれるわけないだろ。何人プレイヤーいると思ってんだ」
ライアーボイスの話か、と教室の端にある自席に着いた七斗は目を伏せる。
ライアーボイスはゲームの手軽さや奥深さからか、リリース直後日本中にあっという間に広がり、知らない人間はいない程に人気のゲームとなった。
そのこともあり、七斗は目立つことを嫌って自身が『スパイダー』であることを周りの人間には伏せていた。
「あ、おい今日テストじゃねーか。忘れてた!」
「お前こそ馬鹿じゃねーか。とかいう俺も全然勉強してないけど」
なんてことのない会話を繰り広げる二人の言葉は、普通であれば特に何の疑問を抱くこともないだろう。
強いて言うのであれば、今日はテストなんだ、彼は勉強していないんだ、そう思う程度だ。
しかし、七斗は彼の『勉強していない』発言が嘘であることにたった一人気が付いていた。
七斗は普通の男子高校生であると同時に、ライアーボイス最強のプレイヤー『スパイダー』でもある。
それは彼が声の聞き分けに関するプロであり、声を聞くだけで相手の感情や言葉の真偽が手に取るようにわかることを示していた。
「こんな能力、いらねぇよ」
ポツリと呟く七斗の小さな声は二人の男子の会話にかき消され、空に散る。
七斗の能力は声を受け取ると同時に発信者の感情が身体に伝わってくるもので、言うなれば究極の共感能力に近いものだ。
嘘や感情を見抜く能力と聞くと一見便利そうに聞こえるが、その実本人への負担が大きい能力でもある。
七斗は自身の持つ才能が能動的…つまり自身の意思でコントロール可能なものではないことに気が付いてから、人と関わることを避けていた。
『聞こえすぎる』能力は普通の男子高校生の手に余るもので、意識せずとも勝手に聞こえてくる人の嘘や雑念が籠った声に自分から進んで関わろうとするわけもなく、七斗はクラス替えをする前から孤立し、所謂『陰キャ』の道を辿っていた。
「あの、すみません」
帰りのホームルームが終わり七斗が教室を出たとき、後ろから声をかけられた。
振り返ると、クラスメイトの女子が缶バッジを手に七斗の顔を覗いていた。
「これ音見さんの、ですよね」
差し出されていた缶バッジは確かに七斗のもので、昔プレイしていたお気に入りのゲームのグッズをバッグに付けていたものだった。
見ると留め具が壊れていて、バッグから外れて落ちたようだった。
「え、あぁ、ありがとう」
普段あまり女子と話す機会のない七斗は吃りながら受け取る。
拾い渡してくれた女子、
しかし改めて見るとサラサラとした黒髪のボブにぱっちりとした綺麗な瞳と美形な顔立ち、そして誰もの憧れであろう理想的な身長差を作り出す小柄な体型、と女性慣れしていない思春期の男子にとってはあまりに強い輝きを放っていた。
「あ、えっと、じゃあ…帰るから」
後で聞き直したら三百回程自分の顔面を殴りたくなるような声で挨拶をし、七斗は逃げるように帰路に着いた。
帰り道、缶バッジを手に七斗は七色との会話とも言い切れない会話を思い返す。
クラスの美人な女子と会話した経験を思い返すことは不自然なことでもないが、七斗は少し違った思考をしていた。
「なんか、おかしい」
七色との会話に、七斗は少しの違和感を感じていた。
彼女に話しかけられたとき、驚きや他の感情を抱くよりも早く感じた確かな違和感に七斗は頭を悩ませる。
一体彼女の何に違和感を感じたのか。原因がわからないから『違和感』という言葉に頼るしかないのだけれど。
「わからん。帰ってライアーボイスやろ」
ピン、と弾いてキャッチした缶バッジは、裏を上に向けて着地した。
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