元お飾り王妃は留学生と交流をする


 ――ブラッド・ルーベンス様。


 そのお方は、近隣の大国フロイデン王国からの留学生。年齢は、確か二十歳。前の時間軸で、私はこのお方と関わることはほとんどありませんでした。しかし、常々その噂は耳に入ってきていましたっけ。

 曰く、自由奔放で誰にも縛られない。曰く、縛られることをとてつもなく嫌う。曰く、魔法よりも剣術などの方が得意、等々。フロイデン王国は世にいう武力国家ですが、最近は魔法や魔術などにも力を入れていることもあり、自国の優秀な貴族たちを様々な魔法学園に留学させているそうです。つまり、ブラッド様もとても優秀なお方ということですね。


「……お前」


 ブラッド様は、私の顔をまじまじと見つめてこられます。その真っ赤な目に見つめられると、私は思わず視線を逸らしてしまいました。真っ赤な短髪と、真っ赤な吊り上がった目。自由奔放な性格で、自分勝手――まぁ、よく言えば俺様な部分もあるお方、だそうです。しかし、容姿や身分のこと、さらに言えばその優秀さから女子生徒からの人気が爆発的に高かったはず。……うん、そうだったわ。


「……お前、どっかで見たことがあるんだよなぁ」


 そんなことを考える私に対して、ブラッド様はそんなことをおっしゃいます。……えぇ、見たことがあるでしょうね。ブラッド様ほどの身分のお方になると、イーノク様とも関わっていらっしゃるはず。そのイーノク様の一応の婚約者である私のことも、見たことがあるでしょう。まぁ、関わったことはありませんけれど。なんといっても、殿方は殿方と会話をしますからね。


「……お初にお目にかかります。このヴェッセル王国の王太子、イーノク・ヴェッセル様の婚約者である、フライア・ディールスと申します」

「あぁ、王太子の婚約者ね」


 ブラッド様は私の自己紹介を聞いて、納得されたような表情を浮かべられました。どこか貴族らしくない言葉遣いのお方。しかし、その仕草は動きはとても綺麗であり、無駄が一切ありません。それだけでわかる、育ちの良さ。さらに言えば……にじみ出てくる魔力も、とても強いもの。このお方……いろいろな意味で、とても強いはず。


(打算的だけれど、ブラッド様と仲良くしておけばいざという時に、助けていただけるのでは……)


 それに、私はそんなことを思っておりました。母国を裏切るのはとても心苦しいですが、フロイデン王国に亡命するのも一つの案ですよね。……あ、でもお父様に嫌がられてしまうかしら……? お兄様にも何か言われてしまいそう。だけど、仲良くするぐらいならばいいわよね? せめて、お友達ぐらいになっておけば……。


「しかしまぁ……王太子の婚約者、ねぇ。お前、大変じゃねぇの?」


 ですが、ブラッド様はふとそんなことをおっしゃいました。……一体、何を企んでいらっしゃるのかしら? そう思い、私はブラッド様の目をじっと見つめてみる。しかし、ブラッド様の表情は何も企んでいないように見えてしまって。……なんといえばいいのでしょうか。あ、そうです。純粋にそんな疑問を抱いている。そんな表情でした。打算も欲望も何もない、まるで子供のような目。


(……こんな目に見つめられるのも、久々よね)


 私は十二歳の時からイーノク様の婚約者でした。なので、人々の汚い欲などを見てきました。だからこそ、ブラッド様のようなお方が珍しかった。王太子妃となっても、お飾りの王妃になっても。私を利用しようと近づいてくる輩はとても多くて。甘い言葉で、近づいてくる。王宮にいても、何処にいても気の休まらない状態。それが、私の心労を増やしていた。もしもあの時、私の側にブラッド様のようなお方がいてくださったら……きっと、いい友人にはなれたでしょうね。


「大変とか、そう言うことではありませんので。だって、決められたことですもの。それが、仕方のないことということ。私の使命で、運命なのです」

「……ふ~ん、フロイデンの方は、こっちみたいにがっちりとした身分制度じゃねぇからな、よくわかんねぇわ」


 確かに、フロイデン王国の方はヴェッセル王国のようにがっちりとした身分制度はないはず。優秀なものにはいい身分や待遇を与える。そんな風な身分制度だったはずなので、怠けていたらすぐに下の人間に抜かされ立場を奪われてしまうそうです。その中でも、確か歴史上ルーベンス家はずっと公爵という地位を得ている。……つまり、それだけ優秀な人材が多いということ。


「……まぁ、俺的には王太子とか、未来の王太子妃とか、どうでもいい。……たださ、お前のことちょっと気になる……かも?」

「それは、一体どういうことですか……?」

「え? まさかお前、無自覚かよ」


 ――お前の目、すっげー昏くて絶望の色って感じ、しているけれど?

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