第6話 本気出してもいいですか?
その後も、アトラスとエドワードは破竹の勢いでダンジョンを進んでいく。
最初はなるべくアトラスの力を見るために後方で大人しくしていたエドワードだったが、後半はチームプレーを確認するために自らも戦闘に加わっていた。
(アトラス君は能力が高いだけではないようだ)
エドワードはアトラスのチームプレーの素晴らしさにも舌を巻く。
アトラスは後衛に対しても的確なフォローをしてくれるのだ。
(自ら戦ってよし、他人と一緒に戦ってよし。全く隙がない……これはとんでもない逸材を見つけてしまったな)
エドワードが心の中でそう呟いた。
――そして、あっという間に二人はボス部屋へとたどり着く。
「さて、ボス戦だ。準備はいいか?」
「はい」
アトラスはボス部屋の重厚な扉を開け放つ。
ダンジョンのボスは、ミノタウロスだった。圧倒的な攻撃力と防御力を持つ強敵だった。並みの攻撃では歯が立たず、逆にその斧の攻撃をまともに受ければひとたまりもない。
特にその防御力は見た目以上に厄介だ。それゆえエドワードはその防御力を突破するために、詠唱に時間がかかる≪大魔法≫を準備する。
≪大魔法≫は発動まで時間がかかるスキルの俗称だ。発動するまで使い手は無防備になるので、仲間が守ってやる必要がある。だが、発動できればボス戦にけりをつけられるというのが特徴だ。
「アトラス君、悪いが3分頼む!」
そしてエドワードは、準備が終わるまで3分だけ時間を稼いでくれと言う意図で、アトラスにそう言った。
すると、アトラスは「あ、あのポーションを使ってもいいですか?」とエドワードに聞く。エドワードは何を当たり前のことを不思議に思ったが、とにかくすぐに了承する。
「もちろんだ」
エドワードがそう返事をすると、アトラスは「……ッ!! ありがとうございます!」と勢いよく返事をして、そして駆け出した。
「はぁ――ッ!!」
例によってアトラスは、ミノタウロスに先制攻撃を仕掛ける。しかし、やはり素のアトラスの攻撃力では大したダメージは与えられない。
だが、エドワードとしてはそれでも十分だった。アトラスが時間を稼いでくれれば、3分後には特大の魔法攻撃でミノタウロスを倒すことができる――そう思っていたのだが。
「ガァァア!!」
ミノタウロスが咆哮と共にその強烈な一撃をアトラスに叩き込む。
それをアトラス正面から受ける。
「くッ!」
平凡な冒険者なら一撃で殺してしまうほど強力なミノタウロスの攻撃。まして平均以下の防御力しかないアトラスにはなおさら強烈だ。アトラスのHPは一気に削り取られる。
――だが、アトラスのHPはSランク。そのゲージはまだまだ残っていた。
そして、一気に削られたHPの倍のダメージがミノタウロスに跳ね返る。
「ギァァァア!!!」
ミノタウロスの悲鳴が響く。次の瞬間、悲鳴から生まれた力みをごまかすように次の一撃を飛ばしてくるミノタウロスだったが、その攻撃をまたしても真っ向から受け止めるアトラス。
当然のようにそれも二倍になって跳ね返る。Aランクの攻撃力を持つミノタウロスの攻撃が、再び二倍になって跳ね返り――次の瞬間、ミノタウロスの体は地面に崩れ落ちた。
「ま、まさか……!!」
エドワードは絶句する。3分間時間を稼いでくれればいいと思っていたら、アトラスはなんとたった30秒で敵を倒してしまったのだ。
そこまでの攻略でアトラスの強さに十分驚いていたが、Aランクのボスを一分以内に、しかも単独で倒してしまうとは、エドワードの想像を絶していた。
一方、アトラスは久しぶりに本気を出せたことに満足感を覚えていた。
――戦い始める前にアトラスが「ポーションを使ってもいいですか?」と聞いたのには訳があった。≪ブラック・バインド≫では、なるべくポーションを使ってはいけないと言われていたのだ。「お前みたいな無能に使うポーションはない」と。それゆえに、アトラスはなるべくダメージを受けないように立ち回らざるを得なかった。
しかし、ポーションを使って回復して良いのであれば今のようにわざとダメージを受けて、それを倍返しにすることでボスをも圧倒できる。アトラスは「なるべく体力を削られてはいけない」と言う縛りから解放され、本気で戦うことができたのだ。
「なんてことだ……」
アトラスの戦いぶりを目の当たりにしたエドワードは、ただただ驚いて開いた口が塞がらないのであった。
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