3.殴る、殴る、殴る
引き金に指がかかる。関節に力がこもる。
そして男は吹き飛んだ。
「え……?」
現象に脳が追いつかない。クラゲの内側で、オーレリアはただ呆けた声を漏らす。
「あ、が、ぐぁ……」
白目を剥いたバンダナ男が、壁から崩れ落ちる。どうやら叩き付けられたらしい。
そしてそれまで彼が立っていた場所には、キーラが立っていた。
「……いけないな」
薄闇の内でうつむいたまま、キーラは低い声を漏らす。その白い手には、バンダナ男が持っていたはずのアサルトライフルが握られていた。
あの一瞬で男に近づき、銃を奪い、さらに一撃を食らわせた――。
「う、うそ……」
「完全に油断してた。これじゃ、ヴェーラに叱られる」
思わず口元を覆うオーレリアをよそに、キーラは首を振りつつ足元に銃を置いた。
「う、ぐ……なんっ……だよ! クソ、クソが……!」
吐き捨てるような悪態にオーレリアは震え上がった。
バンダナ男が壁に手をつき、よろめきながらも立ち上がる。震えるその手がスカジャンを探り、一丁の拳銃を取り出した。
「ま、まだ動けるの……!」
「クソが……アバズレが! 何した! え? クソ女が! 言ってみろよ、オイ!」
銃口をキーラへと向け、バンダナ男は血の混じった泡を飛ばす。
キーラは、ゆらりと振り返った。赤髪が顔にかかり、ろくに表情が見えない。ただ、そこからわずかに覗く群青の瞳を見た瞬間、オーレリアは震え上がった。
「わからなかったのか?」
口調と声音こそ、平時と同じだった。なのに、まなざしが人間のそれではない。
「なら、もう一度やってあげるよ」
青すぎる瞳はどこまでも冷たく、飲み込むように深い。
底知れぬ深淵の如きキーラの瞳を見た途端、オーレリアは思いだした。
――シャチは、遊ぶ。
獲物を何度も何度も打ち上げ、海面へと叩き付ける。
この行為は幼体に狩りを教えるためと言われているが、詳しいことはわかっていない。
けれどもそれが、獲物に相当の苦痛を与えることは確かだ。
「ひっ……あ、ああああああ……!」
バンダナ男が気圧されたのか、絶叫とともにめちゃくちゃに引き金を引いた。
オーレリアは泣き声を漏らし、クラゲのうちで頭を抱え込む。一方のキーラはごくわずかな動きで、乱射される銃弾を全て回避した。
やがて、弾丸は尽きた。カチッ、カチッと引き金を引く音だけが空虚に響く。
「クソ、クソが、来るな、来るなよぉ……!」
「一度とは言わない。何度でも同じことをやってあげるよ。何度でも、何度でも……」
虚しく引き金を引き続けるバンダナ男に顔を近づけ、キーラは囁いた。
恐らく先ほどのキーラは、わざと手加減したのだ。
「…………私の気が済むまで」
心ゆくまで、バンダナ男を痛めつけるために――オーレリアは、耳を塞いだ。
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