第8話 貴族の少女

『…おはよう』


『おう。そんな落胆されるとは思わなかったんだけど』


『なんなんだよ……スキルのクールタイムをお前のみ知ることができるって……』


『お前に正確にアナウンスできるんだぞ?』


『てか今までクールタイムがどれくらいなのかわかってなかったのが驚きなんだけど』


『そりゃそうだろ。聞かれたことなかったからな』


『スキル使い始めて割と初期のころに気になりそうなもんなンだけどな…』


『お前の適応力のせいだろうな。そういうもんなんだって思っちまうんだろう』


『適応力っていいことばっかりじゃないな…』


『そうか?お前が研究職になりたいってんならわかるが、モンスターと戦って、生活環境を変えようとしている奴には大切な項目だと思うぜ』


『ま、そういうことにしておくか』


『さっさと腹ごしらえしちまえ。今日は警備で忙しいんだからな』


『…今日はゆっくり休めそうだな』


『そうだな。最近はずっと壁の外で戦ってたしな』



 そういいながらも、中層の壁が見える方向からは大きな銃声がなっていた。



『あれ、相当デカいよな』


『多分夜中からずっとあの調子なんだろうな』


『そんなに続くもんなのか?』


『別にあれ全部が相手に向かって撃ってるわけじゃないさ。相手の戦意喪失を狙ったりもしているだろうし。音はデカいがそんな威力の高いもんで殺しあってるわけじゃないだろう。建物がダメになったら嫌だろうしな』


『あー、そうなのか。確かに家が壊れたらだれも直せないだろうしな』



 少年は今日も上から流れてくる残飯をかき集める。たまにある、ほぼ手を付けられていない弁当を見つけ、「今日はずいぶん幸先がいいなぁ」などと思いつつ、満足のいく食事をとる。


 少年はさっさと元いた場所に戻る。すると、もうすでにほかの人間が流れ込んできてしまっていた。


 そこにいたのは一人の少女。下層に住んでいるにしては明らかに綺麗な身なりをしている。



『おいおいおいおい、俺の寝床すでに誰かに入られてるんですけど!?』


『話しかけてみるしかねぇだろ』


『えー、でもな~』


『いいから話しかけろって。これ行っとくけど非常事態だからな?いつもならこんなに早く流れ込んでくることはねぇのにこいつがいる。しかも女の子。いったん話しかけろ。なるべく事情を聞け』



 脳内の少女が警告している。確かに、これは普段ならありえなかったことである。さらに、下層での女性は大抵強い男に守ってもらって生活している。単独でいること自体がまず珍しいのだ。



「あー、そこ一応僕の縄張りなんだよね~。どいてくれない?」


「え、あ、ごめん」



 下層の少女は驚いた様子でどこかへすぐに捌けていこうとする。少女腕をつかみ、静止させる。



「おっと、待ってくれ。いったん話が聞きたい。なんでこの時期にここまで逃げてきたんだ?普段ならあの銃声が鳴りやんでから流れ込んでくるもんだろう?」



 少年が指さしながら聞くと、少女は言った。



「私は下層の人間じゃないわよ」


「へ?」


『や、ヤバイ!』


「わからなかったの?私は貴族なの」



 すると、彼女の髪型がかつらを外したかのように変わり、金髪ロングの、輝かしい姿を現す。



「あ、しまった」



 そういって、少女はすぐに髪色を戻す。そしてすぐに少年の肩をつかんで揺さぶった。



「今あったことは絶対に誰にも言わないこと!忘れなさい!」


「う、うん」


『な、なんなんだ?この子?』


『わかんねぇよ。てかなんで上層の人間がこんなところにいるんだよ』


『それ、お前が言うのかよ』


『俺はこういう能力だから仕方ねぇだろうが。こいつもそういう能力なのか?』



 少年が脳内に住まう貴族と会話していると、目の前にいる貴族に話しかけられる。



「下層でしばらく寝泊りしてたいんだけど、どこかいいところってないの?」


「え…思い浮かびませんね……」


「…何?突然敬語使い始めて」


「だってさっき貴族だって」


「忘れなさいって言ったでしょ?ほかの人にバラすような行動は慎みなさい。気弱な女で行くって決めてるんだから」


「でもなんでバレたくないんですか?」


「いいからタメ口で!」


「バレたくないの?」


「…私遠征から逃げてきたのよね~」


「遠征?何ですか?それ」


「モンスターを狩りに遠出するの。明日出発だったんだけどね?みんな平民居住区のホテルで泊まるみたいなんだけど、みんなが寝ぼけてる間に逃げてきたのよ」


「そうなんですか」



 貴族の事情をよく知らない少年は、困った顔をしながらとりあえず相槌をうつ。



「また敬語出てるし。ほんとにやめなさいよね。下層の人間は敬語なんて知らないのが普通でしょ?…あれ、なんであんたは喋れるのかしら」


「勉強したからだ」


「へー、意外と勉強できる環境があるのね。あ、そういえば下層に泊まれるところないってどういうこと?」


「いや、下層での寝泊まりできるところってこういう物陰だけだから」


「え?でもあの建物誰も使ってないじゃない」


「あれはヤクザの持ってる建物です」


「ヤクザ?なにそれ」


「人殺しをかなり抵抗なく行うやつらのこと。それ以外で建物持ってる人は本当に少ないな」


「ふーん、で、そのヤクザとやらはどこに行ったのよ」


「あっちの銃声のほう。今縄張り争いしてるよ」


「ふーん………じゃあこの家、私たちがもらっちゃいましょ」


「へ?」


「だってあの建物、別に権利を買って手に入れたわけでもないんでしょう?どうせ奪ったとか、そこらでしょ」


「ま、まぁそうだけど…」



 少年たちが奪い合っている状況を鑑みればわかる話だが、この下層と呼ばれる場所は公式には人間の居住区ではない。[上層]、[中層]というのは正式名称では[貴族居住区]、[平民居住区]である。下層は中層で大きな犯罪を犯し、逃げ込んだ者たちが住み着いた果てである。


 そのため、下層の住居には所有権というものがない。権利を主張することができない。なぜなら、法とは国の中でしか働かないからである。


 よって、貴族の少女がいうように奪うことは問題ない。しかし、少年はヤクザと戦って勝てるほど強くなっていなかった。



「じゃ、私たちが今のうちに住み着いてあとは防衛すればいいのよ!」


「でも、ずっと下層ですごすつもりなの?」


「いいえ?しばらく見て回ってみて、それでもいいかなって思えたらそうするかもしれないわね」


「じゃあ、もしやっぱりやめようとなったらあの建物はどうするつもり?」


「そりゃあんたにあげるわ」


「えぇ…」



 少年自身、確かに住居が欲しいとは思っていたが、この少女が加わってくると話が変わってくる。きっと反乱があるだろう、それも少女がいなくなった途端に。結局家を出ていかなければいけなくなるだろう。


 そう考え、「僕は辞退させていただきます」と言おうとしたとき、脳内から声が飛んできた。



『ここは仲良くしておこう』


『え?この人にしばらく従っとこうってことか?』


『従うってほどのことをする必要はないさ。だが、一緒にいるようにはしてくれ。きっといいことがある』


『いいことってどういうことだよ?』


『まぁそうだなぁ。とにかくあの家が手に入るとなれば、俺たちが財産をため込む場所ができるってことになる。そうなれば十分な装備を買うお金が集めやすくなるだろう?』


『金をため込んだら寝込みを襲われるようになるってのはわかるんだが、それだけのためにわざわざ貴族に接触するってのは怖いんだが…』


『まぁ正直この子に気に入られておいてほしいっていうのがデカい。この子に守られながらもっと強いモンスターを借りに行くってのが理想だな。それに、俺が肉体に戻るタイミングで友達を作りやすくなるってのもポイントだな』


『そんなのに付き合ってもらえんのか?』


『いやいや、言ったろ?貴族ってのはとんでもねぇ化物しかいないんだよ。こいつらにとっちゃ荒野なんてただの静かな平原なんだ』


『んー、わかった。メリットが大きいことは分かったよ。でもこの家をとった直後が怖いんだけど』


『俺の考えだが、要はこの子が貴族という威光を見せさせなければ問題は起こらない。つまり、お前があの建物を単独で奪えばいい。』


『で、できるのか?』


『無理だったらこの子に助けてもらう。保険がある間にやるわけだから、この子が勝手な動きを見せうるというリスクを抱えちまったが、命の保証が生まれた』


『なるほど』



 少年は顎に手をやって考えてしばらく、



「わかった。でも、防衛戦は僕がやる」


「え?どうしてよ」


「貴族ってことがバレないようにするなら、僕がやるべきだと思わない?」


「そうね。でもあんたそんな強いの?」


「強くはないよ。でも一応拳銃持ってるしなんとかなるかなって」


「まぁいいわ。じゃ、お願いね。やばそうだったら手を貸すわ。あんた、名前は?」


「僕はリュウヤ」


「そう。私はイリーナ。苗字は名乗らないでおくわ。面倒になりそうだし」


「よろしく」



 貴族の少女と仮想の少年は、手を交わさずにうなずきあった。

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