第4話
いや、どうするとか迷ってる場合じゃない!
僕は肩で体当たりをするように、篠崎の背中をどんと押した。篠崎は驚いてつま先で踏ん張ったが、さらにもう一回、僕は篠崎に体当たりした。僕は無我夢中だった。失敗するわけにはいかない。篠崎の足が地獄へ一歩、また一歩入ったところで、僕は急いでドアを閉める。中から篠崎に抵抗されるかと思い、僕はドアをありったけの力で押さえた。だがその必要はなかった。閉めたドアは何の反応も示さず、こちらの世界とあちらの世界をしっかりと隔てていた。数秒後、何もしていないのに鍵をかけるような音が小さく、しかしはっきりした音で耳に響き、僕はドアから体を離した。
やった。
うまくいった。
気付けば僕は凄い汗を全身にかいていた。髪の毛が額にへばりつき、シャツや下着が濡れて気持ち悪い。仕方がない、家に帰って、着替えてから塾に行こう。
今ちょっとぐらい時間をロスしたっていいだろう。なんたって、もう僕を邪魔するものはいなくなったのだから。安心してこれからは受験勉強に打ち込める。N高が旗を振りながら(?)僕にエールを送っているのが見えるようだ。やった、やったぞ! やつを地獄に落としてやったぞ! 僕は満ち足りた気持ちと、これからの明るい未来への期待で胸をいっぱいにして、昇降口へ向かった。
その日塾では模擬テストが五科目行われた。
特進コースだけあって、なかなかやりがいのある問題だ。だけど、平日五時間、休日十二時間(塾の時間含まず)勉強している僕にとっては、楽勝だ。全ての問いを埋め、たっぷり時間をかけて答案を見直した。平均九十点以上は固いだろう。
スキップしたい気持ちを抑えて(さすがに恥ずかしいからね)かわりに、口笛を吹きながら帰宅した。
邪魔者がいないってのはいいもんだ。今頃、篠崎やつは、地獄で鬼とよろしくやっているだろうが、もう僕にはどうでもいいことだ。さて、夕食の後は、今日の塾の復習と、明日の授業の予習をもうひと頑張りだ。ふふふ。
僕はその日のノルマを終えると、ふかふかの布団にくるまれて、心まで暖かくして眠った。
次の日篠崎は欠席だった。あたりまえである。僕が地獄に落としたのだから。
奴がいないので、HRはスムーズに進み、一時間目の英語の時間となった。若い女教師が、ハローエブリバディ! とあやうい発音で教室に入ってくる。
はっきり言って僕の方がうまい。僕は今こそ受験の方に専念しているが、幼稚園のころからずっと、英会話学校にも通っている。いまどき、英語くらいは話せないといけない。
そんなことを思っていると次のセンテンスを読むよう指名された。いつもは全員で先生のあとに続いて復唱するだけなのに、今回に限って、珍しいことだ。だけど、まあ、お望みとあらば、お安いご用さ。僕は静かに立ち上がり、姿勢を正し、完璧な発音で読みあげて見せた。
先生より上手くちゃ、ちょっと可哀想かな、いや、この教科書が簡単すぎるのさ。まるで絵本のようだ。僕の完璧なReadingに、クラスのみながあっけにとられている。そうだろう、完全なNativeの発音なんだからな。
僕がすべて読み終えて着席しようとすると、先生は言った。
「あなた、一体なにわけわからないこと言ってるの? 真面目に読みなさい」
続いて、クラス中がどっと笑いに包まれた。
な、なんだ? 何を言っているんだこの女教師は? 自分より僕の方が読むのが上手いからって、ケチをつける気か? それにしても、このクラスの反応は……。
「何だあ、今の、宇宙語か? 」
「マジ笑えるわ」
「火星人のものまねかよ~」
「静かに! こんな簡単なセンテンスも読めないなんて、串刺しの刑です! 」
女教師が僕の方に、狩りのときに使うような、自分の背丈以上ある長い槍のようなものを向け、そのまま突進してきた。
僕は突然の展開に体が動かなかった。僕の体にずぶりと槍が突き刺さり、僕は串刺しになった。
たとえようのない激しい痛みに僕は悲鳴を上げた。口から血がどんどん溢れてくる。息が出来ない。苦しい。
先生が、握った槍の柄を上下させる。僕の体を貫通している槍が同じように上下する。やめてくれ。僕はめちゃくちゃに喚いた。
「こんな簡単な英語が分からないなんて、このままじゃ、どこの高校も受からないわよ」
女教師は串刺し状態で泣き叫ぶ僕のことなどお構いなしに、今度は槍を刺したまま円を描くようにぐるぐる回しながらそう言い放った。「高校に受からない」その部分だけが、激痛の中明瞭に僕の耳に響いた。
なんだって……? うそだ、この僕が、うからない、なん、て。
意識が飛んだ。
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