第1話 雨のツーリングは辛い

 行くか、行かざるか。それが問題だ。



 東北ツーリング出発当日。6時に目覚ましを止め、意気揚々と布団から這い出す。時計を見ると7時半。おかしい。どこかで時空が乱れたのだろうか(ただ寝坊しただけだ)。とりあえず朝食を用意し、天気を確認する。ニュースを見ると全国各地で大雨警報が発令されている。幸先が悪い。どうしようか、と一瞬考えるが、結論は決まっている。行こう。

 昨日、愛車と協議したところ(独り言では断じてない)、どんな天気でも行くべきだと結論が出た。むしろ悪天候ならばこそ行くべきである。東北といえば、あの詩人である。かの詩人曰く、「雨にも負けず、風にも負けず」。ならば行くしかないだろう、昨日このように決まった(本当は、日程的に恐山に行けなくなりそうなのが嫌だっただけである)。

 前日に荷物は準備できている。バイクに積み込み最終確認。荷物、ヨシ。バイクの点検、ヨシ。雨具、ヨシ。飲み物、ヨシ。初日のプラン、ヨシ。外装慣らし、ヨシ……。

 そう、外装慣らしである。駐車場からバイクを出す際、倒してしまったのである(これを俗に外装慣らしと言う)。出発前から幸先が悪い。何しろ初めての外装慣らし(立ちごけ)である。呆然とした。倒れた姿の写真を撮り忘れるほどである。急いで愛車を立て直し、傷を確認する。ところどころに擦り傷はあるが、幸い壊れた個所がないことにホッとする。聞いた話によると、特にウィンカーやミラーは折れやすいようだが、今回は問題なかった。最悪の場合は修理屋へ頼んで、今回のツーリングは中止である。出発できるなら問題ない、確かに運は悪かったが大きな問題は起きていない、などと持ち前のポジティブシンキングで気持ちを持ち直す。さあ、出発だ。


 いざ出発してみれば、雨も弱まっており、そんなに辛くない。これなら楽勝だ、すぐに東北に着くさ、などと皮算用をして、ひたすら千葉県を脱出する。しかしながら、現実はそう易々とはいかない。北上するにつれ雨脚が強くなってくる。ヘルメットが曇り始め、表面に付いた水滴が視界の邪魔をする。とうとうグローブも濡れてきて指先が冷たい。

 そんなことを思い、ふと右手を見ると何か違和感がある。何かがおかしい感じがするのだ。ブレーキレバーがなんだか変だ。慌てて左手のクラッチレバーを見ると違和感の正体が判明した。ブレーキレバーが曲がっている。朝、立ちごけしたときに曲がったに違いない。本来真っすぐであるはずのレバーが前方向に反り返っている。まあ、いいか。走行に問題はない。多少見た目が変わっただけだ。とりあえずコンビニで一服入れよう。のんきに考え、コンビニに駐車する。ふう、と一息つきヘルメットとグローブを脱ぐと、指先が黒い。それも人差し指と親指だけ。なんだこれは。このグローブは二本の指でスマホを操作できるように指先の素材が別になっている。どうやらこの素材が悪さをしたらしい。なるほど、夏用グローブなのに初夏に安売りされていたのはこれのせいか。

 まだまだ不運は続く。雨がどんどん強くなり、なんだか下着が濡れている気がする。さらに寒くなってきた。山用の雨合羽では無力なのだろうか。うーむ、辛い。辛いので、なるべく早くホテルへ急ぐ。今日の宿泊は米沢。なぜこんなに遠くの宿を予約してしまったのだろう、と自分を責めるが現実は変わらない。極力休憩を取らず、米沢へ急ぐ。昼飯さえもカットだ。タバコとコーヒーで十分である。


 国道4号を北上していると、白河市で分かれ道があった。一つはこのまま北上し、福島市から米沢を目指すルート。もう一つは、ここから猪苗代湖を通り、裏磐梯から山道を抜けるルート。前者は楽な道のりだ。国道も整備されており、少し遠回りだが安全だ。後者のルートなら高原、山を通ることになる。当然今よりも寒いだろう(現在気温は18℃)。しかし、磐梯山の絶景が待っているかもしれない(雨なので過度の期待はできない)。どちらを選ぶか迷う。コンビニで一服しながら考える。安全か未知か。未知に決めた。そもそも私は未知が知りたくてバイクに乗っているのだ。所詮悪天候ごとき、好奇心には打ち勝てない。

 格好をつけたはいいが、いざ山道を走り始めると後悔しかない。寒い。高度が上がり気温がさらに下がってくる。前の車が遅い。カーブが怖い。濡れた路面(初体験)とバイクの積載(これも初体験)が、カーブの旅に緊張を強いる。雨脚も変わらず、全身がびちょ濡れだ。そんな状態で30分ほど走ると遠くに湖が見えてきた。猪苗代湖に違いない。思わず歓声を上げる。「キター!!」。そのまま猪苗代湖の東側を走る。湖がすぐ近くにあり、とても気持ちいい道だ。遠くには磐梯山を大きく現れる。最高のツーリングスポットだ。こういう道を走るために、数々のトラブルがあるのだろう。だからバイクはやめられない。ただ、これで晴れてたらなあ、と思う。


 猪苗代湖を眺めながら、順調に走り、道の駅「猪苗代」で休憩することに決めた。時間は15時。ここから先はさらに峠道が続く。そろそろ昼飯を食べよう。駐車場にはバイクが1台もない。こんな日にツーリングする人間は少ないのだろうか(私だけが変とかそういうことは断じて認めない)。フードコートには旨そうな喜多方ラーメンの店があった。よし、これに決めた。早速食券機へ行く。醤油チャーシュー麺、1000円。しかし、買えない。食券機が私の千円札を受け入れてくれないのだ。どうやら濡れたお札はうまく読み込めないようだ。仕方がないので、小銭で払おうとポケットを探ると1枚もない。どうやら自宅に小銭を忘れてしまったようだ。苦肉の策として、お土産コーナーで何か買い、そのおつりで醤油ラーメン(600円)を食べようと画策する。ちょうどいい値段のアンパンを見つけ、レジへ行く。会計はセルフレジだった。またしても1000円札が入らない。目の前の店員は苦笑いしている。すかさず私はこう言った。「あの……、カードでお願いします」

 戦利品:バターアンパン。171円。涙が出そうになりながら食べる。全身雨に濡れ、ラーメンも買えず、一人ベンチでアンパンを食べる。こんなにも悲しい食事は初めてだ(幸いおいしいアンパンだった)。


 悲しい気持ちのまま峠道をひた走る。米沢まで50km。1時間ワインディングが続く。晴れていたら最高だっただろう(本日2回目)。ようやく今日の宿「ホテルセレクトイン」に到着する。今日は疲れた。米沢牛を食べに行く気力も残っていない。カップヌードルを食べて寝よう。明日は八幡平だ。

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