第49話:姉妹奴隷

 ノエルが中に入ると四人の男が既に座っていた。

 その対面にノエルが座ると先ほど出て行った店員が入ってきてノエルの前に水の入ったグラスを置いた。


「お冷です、ご注文がお決まりになりましたら端末からどうぞ。では失礼します」


 そう言って去っていく店員を他所にノエルはフェンリルにダージリンティーと適当な茶菓子を注文するように伝える。

 直ぐに目線を対面に座る四人に目線を移すと表情を消して話を始めた。


「もう知っているかもしれませんが自己紹介から始めましょう。便利屋として三大企業や都市から仕事を受けていますノエルと申します」


 ノエルがそう自己紹介をすると対面の4人、特に2人の表情が強張った。


「スラムのシルドファミリーと言う組織の長をやっているシルドだ…」


 向かって右から二人目の比較的大柄の男がそう自己紹介をする。つられたようにその左隣に居た男も口を開く、こちらはシルドと名乗った男と比べると細身だが一部を義体にしているようで首筋などに機械的な蛍光線が見える。


「同じくスラムのグルドファミリーの長をしているグルドだ」


 大雑把ながら自己紹介も終わったタイミングで扉が開きノエルの注文した紅茶と茶菓子が運ばれてきた。


「こちらダージリンファーストフラッシュとマカロン5種盛りです…ごゆっくりどうぞ」


 ノエルは届いた紅茶を一口飲み喉を潤わせると意識を切り替えた。


「…では、講和会議と行きましょう」




〇●○



 シルドは聞いていた情報と齟齬の大きすぎる目の前の少女に対応するため必死で思考を続けていた。

 目の前の異様な少女は端末を欠片も操作する事無く注文を通していた。最前線地域ともなれば確かに指一本、視線一つ操作せずに電子端末を操作する者は存在するしある程度は当たり前となる。だが目の前の少女はそれ程とは思っていなかった。

 何より事前に部下に調べさせた情報では精々シーカーランクは30行かないくらいの雑魚だったはずだ。碌にシーカーとしての活動もしない奴と聞いていた。それがどうだ、そもそも名乗った職業が違う上に仕事相手が三大企業と都市と来た。


(ふざけるなよ!?通りで粛清者の使い走りの監視者が和解しろと言いに来るわけだ!)


「こちらとしては私の自宅を吹っ飛ばしてくれた方の首一つでも満足ですが。別に自宅と破壊された装備の補填を頂けるならそれで構いません」


「それじゃあこちらとしてもメンツが立たない!」


 シルドがノエルのその要求に対して声を荒げる。集団の長としてはたかが小娘一人に良いようにやられたも同然なのだ。


「メンツ?こちらとしては知ったことではありません。私としては少々消耗こそしましたがスラム街を更に外の荒野と同程度の荒廃した土地に出来るだけの余力はあります。最悪都市機構や三大企業から見放されたとしても生きて行けますので防壁付近で籠城されたとしても問答無用で攻撃する覚悟もあります。

 あなた方に私から提示できる選択肢はこの場で死ぬか私への損害と慰謝料を支払うだけです。

 この際どっちが私の家を吹っ飛ばしたかは分かりませんしお二人のグループで半々でも構いません。金銭が無理と言うならそれ相応の物品でも構いませんよ?」


 この時点で都市に泣きつくという選択は消えた。都市や三大企業の繋がりが有ると言うのにそれすら捨てる覚悟と生存手段が有ると言う。


 彼らにはこの場で結論を出すしかない、彼らはこのエルフィスタワーを一歩でも出た時点でノエルからの攻撃が待っている。下手をすればこの場でシルドもグルドも殺されかねないのだ。


 ノエルは身体能力は生身でも強化服を着た人間と戦えるだけの身体能力を持つ。高額な身体能力強化ナノマシーンはその高額さに見合うだけの性能をノエルに与えている。

 実際ノエルはこのまま問答をしても決着がつかないなら血を出さないようにこの場の全員を殺して死体を持って店を出るつもりだ。


「わかった、こちらはその条件を飲ませる…」




〇●○



「では、御機嫌よう」


 出ていく四人を座ったまま見送った後ノエルはすっかり冷めきった紅茶を一口飲む。


「…不味い」


 マカロンで口直しをすると目の前の二人の少女を見る。


 彼らとの話し合いの結果私には新しい家の費用と喪失分の装備を始めとした代金を分割で支払われる。そして慰謝料の代わりにノエルに譲渡されたのが目の前の少女二人だった。分かりやすい言葉で言えば奴隷だろうか、彼女たちには特殊なナノマシーンが投与されており特定のナノマシーンや特定デバイス使用者の命令を強制的に実行する事になる。


『どうするのですか?この二人』


『どうする…ねぇ。使用人…メイドっていったけ?それにしましょうか』


 ため息を一つ吐き目の前のみすぼらしい姿の少女二人のために幾つか適当に料理や飲み物を注文する。ついでに彼女たちのナノマシーンの機能を停止する為機能停止をフェンリルに依頼する。時間はかかるが機能の停止は可能との事でお願いする事にした。

 この人間奴隷化ナノマシーンはエクゼウと呼ばれており、人間であれば誰彼構わず奴隷化できるため都市から危険視されている。そんな物を近くに置く人間に使われていると色々と面倒だったのだ。


「貴方達名前は?」


 そうノエルに問われた二人はオロオロとノエルに怯えながらも自分の名前を口に出した。


「シュテルン…です」


「ヴェルトと言います」


 髪の色以外殆ど体格・顔立ち・声質も同じの二人組。恐らく姉妹なのだろうという事は想像に難くなかった。


「一応確認なのだけど貴方たちは姉妹?」


「「はい!」」


「私はノエル。貴方たちの主人です。とは言っても貴方たちが想像してるほど非人道的な事をさせるつもりは無いわ。でも貴方たちを今すぐ解放させるほど私は聖人君主じゃないの。わかる?」


「「はい…」」


「貴方たちは単純に運が悪かった。貴方たちがこんな状態になった経緯は聞かないし聞く気も無い。使用人として貴方たちを買った以上借金分は働いてもらうわ。詳しい話は後にしましょうか、食事も来たみたいだし」


 注文していた料理が届きテーブルの上に並べられていく。時間も夕食には丁度いい時間となっていた。


「好きに食べていいわ。私もお腹空いたから食べるし」


 ノエルが食事の許可を出すと二人はお互いに目を合わせ恐る恐る食事をとり始めた。


 シュテルンとヴェルトは久しぶりのまとも食事に涙を流しながら食事をとった。

 スラム街ではまともな食事をとれることは少ない。道を歩けばスリに遭い、ただ立って居るだけで恐喝・強盗に襲われ、下手をすれば企業のO.D.Oの実験等で人体消失事件が起きる。そんな場所でまともな食事を取るなどと言う事は何の力も無い少女二人には難しかったのだ。


 なんの気まぐれか目の前のそう歳の変わらなそうな少女はスラム街のファミリーを収めるボス二人を相手にほぼ一方的に条件を押し通し、自分たちに温かくまともな食事を与えてくれた。それだけでも彼女達は目の前の少女が女神のように思えた。




 一先ず食事を終えたノエルと奴隷の姉妹は現在ノエルが宿泊している宿まで帰ってきた。

 ノエルは先に入浴などを済ませると次に姉妹を入浴させた。この宿はバスタブもある宿で、シャワーも無いただ寝るだけの宿とは違い、スラムともある程度離れており治安も十分安全な宿だ。


 姉妹が入浴を済ませて戻ってきたところでノエルが姉妹を対面に座らせる。入浴を済ませある程度落ち着いたであろう二人に今後の話をする為だ。


「さて、改めて貴方たち二人の仕事内容を説明しましょう。貴方たちは文字の読み書きは出来る?」


「「出来ます」」


「よろしい。基本的には家政婦と同じで掃除、洗濯を始めとした身の回りの世話をしてもらおうかと思っています。その合間に戦闘訓練を始め私の仕事の手伝いもしてもらいましょうか」


「あ、あの…洗濯とか全然したことないんですけど…」


 姉妹の姉の方シュテルンが申し訳なさそうにそう言った。


「洗濯カゴの中の物を洗濯機に入れて後はスイッチを押すだけよ。心配しなくとも実際にやるときに実演するわよ。他に何か質問は?」


「私達はいくら位で売られたんですか?」


 今度は妹の方ヴェルトが聞いてきた。


「二人合わせて3000万ルクルムね。一人1500万のはした金で売られたって事」


 ノエルのはした金発言に姉妹は驚いた。

 彼女たちにとってこんな生活になる前ですらそんな大金をはした金なんて思った事は無かった。自分の今の価値が1500万ルクルムと言われたも同然で目の前の自分たちの主人になる同年代に見える少女にはした金と言われたのだ。


「顔を上げなさい。別に貴方たちが安いとは言っていないわ。貴方たちの|今≪・≫の価値が1500万って言うだけよ。自分の価値なんて物は幾らでも変化する、私だって最初から1500万をはした金なんて言えるほど金銭的余裕があった訳じゃないしね。

 貴方たちには私が力と知識を与え相応の能力を身に着けてもらいます。その分借金上乗せしておくけど」

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