第152話 水着を買いに行こう 1
「海行きたいなあ」
「えっ、海!?」
そんなことを突然呟いたのは水琴で、それに反応したのはメルだった。
場所は自宅のリビング。
本当はどこかに遊びに行くつもりでメルを日本に連れてきたのだけど、あまりの暑さに二人してダウン。クーラーの効いた自宅に戻ってきたのだ。
「メルさんも海行きたいよね」
「行きたい!」
アーリアに海は無い。近場に海があるというわけでもないようだ。
水琴はともかくメルに言われたら是非とも連れて行ってあげたいのだけど……。
「海は遠いんだよなあ」
悲しいかな、ここは海無しの奈良県である。海を見るだけなら大阪に出ればなんとかなるけれど、海水浴となるとなあ……。
僕はスマホで『奈良から行ける海水浴場』って検索してみる。
出てきたのは大阪のかなり南側、りんくう南浜海水浴場ってところだ。
地図を見る限り、向かいに関西国際空港がある辺り。
この辺りって奈良からだと一度大阪中心部に出てから、南に行かなきゃいけなくて遠回り感も辛い。
「いや、本当に遠いな! 一応聞いておくけど、海水浴がしたいんだよな?」
水琴に向かって聞いてみると、
「もち!」
めちゃくちゃいい笑顔で返事してきた。
「はい、却下」
「なんで?」
「電車で片道2時間だぞ」
メルと神戸に行ったときもそれくらいの時間がかかったけど、あれはイルミネーションを見に行っただけだ。人混みで疲れはしたけど、海水浴の比ではないだろう。
「あとなんで僕が連れて行く前提になってるんだよ。友達と行けよ。あ、誰か大人に付いていってもらえよ」
「ぶー」
海無し県民だからかどうかは分からないが、水琴くらいの年齢の子どもだけを海に行かせるというのはちょっと考えられない。
誰か大人が付いていれば話は別かも知れないが、僕では年齢が足りてないしなあ。
あと年齢が足りていても水琴とその友達を連れて海はちょっと行きたくない。
引率して子どもたちを連れていくということは、つまりその安全に責任を持つ、ということだ。
常にその動向に目を光らせておかなければならず、僕自身が楽しめるビジョンが見えない。しかも水着姿の水琴とその友達にずっと注意を払っていれば、不名誉な烙印を押されるに違いないのだ。
まあ、メルは水琴と同い年なのでその烙印は押されて然るべきかも知れないけど。
「プールじゃダメなの?」
そう聞いてみると、水琴はハッとした顔になった。
「ナイトプール!!」
「そんな洒落たものは奈良にはない」
多分無い。あとああいうのって年齢制限ありそう。子どもがはしゃいでたら雰囲気ぶち壊しだろうし。知らんけど。
「ファミリー公園にプールあったろ。あの辺行ってこいよ」
奈良を走る鉄道はJRと近鉄があり、僕の住む辺りだと自転車を使ってでも行ける駅は近鉄だけだ。
そしてちょうど僕らの使う沿線にはファミリー公園前駅という、そのものズバリな名称の駅があって、なんかプールのためだけに駅が作られたとかそんな四方山話を聞いた記憶がある。
駅ができた当初はプールの開業時期、開業時間しか列車が止まらなかったとかなんとか。
「お子様プールじゃん!!」
「家から電車で行けるプールってあそこくらいじゃない?」
「ぐぬぬ」
「ねぇ、ひーくん」
メルが僕の服の袖をちょいちょいと引っ張る。
日本で分からないことがあるときは、周りに聞こえないように確認してもらうことにしてある。メルがあまりにも常識の無い発言をして、なんだあの外人と、変に怪しまれるのを避けるためだ。
「プールってなに?」
異世界言語理解も万能ではない。
あくまで理解であって、その概念が自分の思考に無い場合、適切な変換が行われず、そのまま聞こえてくる。
まあ、そうでないと町の名前とか逆に聞き取れなくなる恐れがあるもんね。
「水遊びをするための専用の施設のことだよ」
「あ、水がPOOLってことだね」
「???」
「えっとPOOLって、こう貯めておくとか、留まらせておくって意味だよね」
「あー、確かに」
そして僕はあちらの世界の言語なら、メルは地球の世界の言語なら、どんな言語でも理解できるけど、逆に自分の元々いる世界のほうでの言語については効果が及ばないので、こういうすれ違いが起こったりする。
「日本語ではプールとだけ言うと大抵は水遊び場のことなんだ」
資金をプールする、なんて言い方をする場合もあるけど、日本語でプールと言えば一般的には水遊び場のことだろう。だけど異世界言語理解はプールを英語としてメルに理解させたから、水をプールという表現が出てきちゃったんだと思う。
逆に僕なんかは何も考えずに水遊び場のことをプールって言ってたけど、そうか、英語のプールって貯めるって感じの意味だよなあ。
「お兄ちゃんたち、なにコソコソ話してんの? 自分たちだけ遊びにいくつもり?」
「プール行きたいねって話だよ。水琴ちゃんも行く?」
「行きたい!!!」
さらっと僕らがプールに行くことは確定したようだ。
まあ、メルと一緒にプールに行くのはやぶさかでは、いや、すごく行きたいです。
「どっちにしても今日は無理だぞ。それにメルは水着持ってないらしい」
「あー、そうだよねえ。私も今年用の水着はまだ買ってないや」
メルが持ってないというのは1着も持ってないという意味なのだが、水琴は自分なりに今年の水着は、と解釈したようだ。
特に訂正することにメリットも感じないので流しておく。
「メルさん、一緒に水着買いに行こうよ!」
「ああ、それはいいかも」
メルは水着を買うと言っても勝手が分からないだろうし、僕も女性用の水着についてアドバイスできることはない。なんなら女性用水着売り場に入ることすらできないぞ、僕は。
その点、水琴ならその辺をフォローできるだろう。
「でも水着ってどこで買うんだ?」
「うーん、品揃えを考えるとイオンモールかなあ」
さすがイオンモール。なんでもあるぞ。いや、なんでもってことはないか。
「まあ、今からなら夕方までには帰ってこれるか」
両親がいないのでイオンモールまでは電車で大和八木駅まで出て、バスに乗らなければならない。家のドアからで片道1時間くらいかかる。バスのタイミング次第でもあるけど。
「じゃあ準備するから!」
メルは僕と外出する予定だったので、いつでも出られるけど、家でだらだらしていただけの水琴はそうではない。シャキッと立ち上がると自室に向けてかっ飛んでいった。
「あいつ、僕に水着代たかるつもりじゃないだろうな」
「ひーくん、水着ってなに?」
「水遊び用の服かな。濡れてもいいように、専用の服を持って行くんだ」
「へぇ。楽しみ!」
服を買うと分かってメルは顔を綻ばせた。
春夏と服を買うたびにいつもメルはすごく喜んでくれるので僕も嬉しい。
僕らはあまりの暑さに外出を断念したことも忘れて、今後の予定について話し合った。
水琴が出かける準備を終えるのに1時間もかかったけど、僕らは全然気にならなかった。
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