第145話 誤解を解こう
「柊さん、お時間少しばかりよろしいでしょうか?」
いつものルーチンワークである魔石の売却をするために僕は橿原ダンジョンの入場口に併設された魔石の買取所を訪れていた。
僕にそう確認を取ってきたのは買取所の受付さんだ。
いくつかのパターンがぱっと頭に浮かぶ。良い話をしてもらえるパターンは思い浮かばない。
これまで特に問題になっていなかったので、事前に何かを考えてはいなかった。
いま思いついていないパターンが来るかもしれないし、ちょっと時間が欲しい。
「ちょっと予定が入っていて、今すぐでなくてはいけませんか?」
「その場合、後日担当職員がご自宅に伺うことになるかと思います」
それはよろしくない。
家族に僕が魔石を売却していることを知られるのはまずい。
「時間を決めてまたこちらに来るというのは?」
「そうですね」
そう言いながら受付の女性はカウンターの影からスマホを出した。その画面を僕に向けている。
そこには『誰かに監視されていますか?』と書かれていた。
あ、それか。なるほど。
僕はある程度警戒を解いて、首を横に振った。
「分かりました。いまお話を聞きます。恐らく誤解があると思うので」
僕は係員の人に案内されて、職員専用の扉を通る。そして応接室というよりは取調室のような部屋に通された。
「こちらで少しお待ちください」
係員はそう言い残して退出する。
さて出口側と奥と、テーブルを挟んだ椅子のどちらに座ればいいのかな?
分からなくて立ち尽くす。
しかし今日はメルが一緒で無くて良かった。先に帰すこともできないし、一緒に入ってもらっても彼女が誰かを追求されたら問題になりそうなんだよね。
スマホを出すのも躊躇われる。巧妙に偽装してあるが、天井の灯りには監視カメラが仕込まれているようだ。
迷宮で斥候の訓練をしているからか、こういうのには物凄く敏感になった。
町の中心地付近だとそこら中に監視カメラがあって、それら全てをつなぎ合わせれば物凄い監視網になるだろう。
かと言って何もせずに立ち尽くしているのも不自然だろうか? スマホを出さないのが逆に不自然だと捉えられる可能性もある。
多分、それほど緊急性のある要件ではなさそうだが、監視カメラはリアルタイムで僕を見ている感じがする。向こう側の誰かの視線を感じる。
僕の想像の通りなら、僕がスマホを出して特定の誰かに連絡を取るのを待っているのかもしれない。
誤解なんだけどなあ。
どうしようか迷っていると、ペットボトルのお茶を2本持ったスーツ姿の男性がノックをして入室してきた。
「お待たせしました。私、こういう者です」
彼はテーブルにペットボトルを置くと、スーツの内ポケットから名刺を取り出す。
受け取って目線を向けるとダンジョン管理局の経理課の課長さんで山田英二さんらしい。
「すみません。僕は名刺は持ってなくて」
「いえ、それよりもどうぞ、座ってください」
自然と奥の席に誘導される。僕がパイプ椅子に座ると、山田さんも向かいの席に腰を下ろした。
「さて、柊さんをこちらに案内したのは経理上の問題と言うよりは、警備上、安全面からの配慮でして」
「売り子ではないかと思われているんですね」
「端的に申し上げるとそういうことになります」
売り子というのは、別の誰かのダンジョン取得物を買取所に売りに来る人のことだ。いくつかのケースが考えられるが、僕の場合はダンジョン控除枠の拡大利用を疑われているのだと思う。
すごくざっくりというと、ダンジョンで手に入れたものを売った時の利益は100万円までは課税されないのだが、逆に言えば100万円を超えれば課税されてしまう。誤魔化そうにダンジョン関連手続きはマイナンバーカードを使うので、誤魔化しが利かない。
ならば普段はダンジョンに入らない枠の余っている人に手間賃を払ってでも売ってもらって、課税から逃れよう。という人が後を絶たないのだ。
別にそんな悪いことでもない気がするが、国からしてみれば課税を回避されるのは困るのだろう。今のところこのための法律が制定されたわけではないが、現行法でも贈与と見なして課税しようという流れがある。
魔石を渡して贈与。換金して現金を戻すのも贈与、というわけで、売り子、つまり魔石を受け取る側は基本的に年間で100万円分以上渡されることはないので課税できないが、依頼している側は多くの人に同じことを持ちかけている推定されることから、基礎控除の110万円を超えているだろうから課税できるというわけだ。
一応自分でも知っていたが、山田さんから上記の件について説明を受ける。
「そういうわけで柊さんが魔石を贈与されて換金されること自体は問題ではありません。ただ柊さんがその現金を誰かに贈与するのであれば、その相手について教えていただきたいと思いまして」
うーん、どうしたものだろう。僕はあれ以降日本国内のダンジョンへの入退場記録がないはずだ。かといって出国の履歴もないから、僕が自ら魔石を手に入れることは不可能ということになる。
山田さんは気付いていないだろうが、この魔石がどこからやってきたのかが一番の問題で僕はそれを知られるわけにはいかないのだ。
「拒否すると監視でも付くんですかね?」
「ハハ、流石に我々もそこまで暇ではないです。ないですが、内偵対象に選ばれやすくはなるでしょうね」
目が笑ってないんだよなあ。
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せっかく再開したばかりなのに遅くなってすみません。
父が急逝ってほどでもないですが、入院先で転けて意識不明になってそのまま逝ったので、バタバタしておりました。
なんとか週一では出していきたい所存です。
よろしくお願い致します。
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