第92話 魔石を稼ごう
翌日はダンジョンに潜った。訓練は必要だが、日本円も必要だ。つまり魔石を稼がなければならない。入り口から第4層のポータルに直接転移した僕たちはいつも通りに狩りを始める。
単独でいる魔物を狙って、2対1で確実に処理していく。ペースは悪くない。訓練の成果が出ている。僕ではなく、メルに。
これまで魔物の攻撃を躱して、剣で攻撃、というスタイルだったメルは、そこに体術を織り込み始めた。今もグラスウルフの鼻っ面に蹴りを叩き込んでいる。別に剣で攻撃しなければならないと決まっているわけではない。メルはそのことを学んだのだ。
僕は相変わらずメルが注意を引きつけている魔物を背後から攻撃する役目だ。だが以前に比べれば狙ったところを攻撃できているような気がする。前までは背中とか、お尻とか、広い目標しか狙えなかった。
でも今は1回攻撃して傷を与えた部分を狙ってもう一度攻撃する、というようなことを狙うようになっている。まあ、実際に負傷部分に攻撃を重ねられるかどうかは別だ。そこはまだ訓練不足、ということで。
「そう言えばさ」
狩りの合間にメルが話を切り出した。
「ヴィーシャちゃんってなんで冒険者にならないんだろうね」
「お金が無い、ってことはないか」
ベクルトさんの剣術道場は月払いで金貨1枚を必要とする。日割りでも銀貨3枚だ。これを継続的に支払えるというのであれば、少しの間節制するだけで金貨2枚の登録料くらいは貯められるだろう。
「メルとはアプローチが違うのかもね」
「アプローチ?」
「つまり冒険者になるに当たって、メルはお金を稼ぎながらレベルを上げて冒険者としてやっていけるくらいの強さになろうと思ってたわけでしょ。ヴィーシャさんは冒険者としてやっていけるくらいの強さになってからレベルを上げようと思っていたんじゃないかな。そういう意味ではすごく安全策なのかもね」
「余裕を持っておくことは大事だと思うけど、程があるなあ」
「それは僕もそう思う」
ヴィーシャさんの強さは鍛えた上でレベルも上げている僕らを上回る。2人がかりで手も足も出なかったのだ。戦い方がまるで違っていた。素人と専門家の違いと言えばそうなるのかもしれないけど。
「何か別の理由があるのかもね」
例えば親に冒険者になるのを反対されているとか。家の親も似たようなものなので、簡単に想像できる。現代日本でも子どもが探索者としてダンジョンに入ることを嫌がる親は少なくない。例えそれが学力向上に繋がるのだとしても、探索者には危険がつきまとうからだ。
ステータスが簡単に底上げできるのに、探索者をしている高校生が過半数、という程度に留まるのもそれが理由だ。でなければ大多数という表現になっていただろう。
高校生が週末探索者をして上げられるレベルでは、レベル上げに使う時間で努力をすれば追いつけるくらいの成長しかできないから、という側面もある。例えば大学受験をゴールとして考えるのであれば、探索者などにうつつを抜かさず、真面目に勉強だけしているほうが偏差値が上がるという統計も出ている。
ただしレベルを上げ続けた場合、大学くらいで分水嶺を超える。レベルを上げていった人の方が学習効率が良くなるのだ。だから就職をゴールとして考えた場合、探索者をするほうが正解とも言える。
もっとも就職で探索者歴が有利に働くかどうかは微妙なところだ。世界がゲーム化してまだ10年。世間はレベルが上がるという現象を扱いあぐねている側面がある。
「一応本人にも聞いてみたんだけどさ」
「聞いたんだ」
「半ギレで返されたよ。関係ないでしょって」
「うーん、ヴィーシャさんにとっては触れられたくない部分だったのかもね」
人には人の事情がある。何処まで踏み込むかはその人との関係性に依るだろう。例えば僕はまだメルに何故冒険者の道を選んだのかを聞いていない。まだ聞くことはできない。何故なら僕はまだ彼女に守られる存在だからだ。せめて対等に立てるくらいにならないと、彼女の深い部分には踏み込めない。
そんなところが陰キャ足る所以なのかもしれないけどさ。
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