第5話 赤い髪の少女に救われて
突然、胸に強い衝撃が走った。
肺が圧迫されて咳き込むと、口からゴボッと何かが吐き出された。途端に呼吸が楽になり、僕は空気を求めて喘ぐ。涙で視界はぼんやりとしていて、ただ思っていたよりも明るいなとは思った。
「大丈夫!? しっかりして!」
誰かが僕の肩を揺さぶっている。だが返事をするより今は酸素が欲しい。喉の奥には粘り気のある何かが残っていて、僕は嘔吐きながら、必死に呼吸ができることのありがたさを感じていた。
「生きてる。良かったぁ。間に合った」
緑と、薄い青と、揺れる赤い何かが見えた。
なんとか呼吸が楽になってきて、僕は両手で涙を拭った。
そこは空の見える草原だった。どうやら僕は横たわっているらしかった。
揺れる赤い何かは、明るい赤色の髪の毛だった。それを追いかけるように視線を上げると、女の子と目が合った。
「君は……」
「もう、町の外なのに1人で寝たりなんかしたらメッだよ。スモールスライムに殺されかかってる人なんて初めて見たよ」
「町の外……?」
僕は首を動かして辺りを見回してみた。一面の草原に、青い空。どう見ても橿原ダンジョンの中ではない。それどころかまったく見覚えの無い景色だった。
「ここは?」
「寝ぼけてるの? それとも死にかかったから混乱してる? アーリアの東だよ。道から少し逸れたところ。私の目が良くなかったら今頃窒息死だったよ」
「アーリア?」
「うんうん。混乱してるんだね。とりあえず今は安全だから落ち着こう」
女の子は1人で納得してしまったようで、僕のすぐ傍にストンと腰を落ち着けた。一方で僕はまだ混乱の極地にいた。ミミックに食われる恐怖はまだ和らいではいない。檜山たちに見捨てられたこともしっかりと覚えている。
だが同時に分かることもあった。僕は生きている、ということだ。状況はさっぱり分からないが、胸に痛みこそあるものの呼吸ができている。
「生きてる……」
「うんうん。アンデッドには見えないね」
「死んだかと思った」
「あはは、そりゃそうだよ。呼吸止まってたもん。スモールスライムが集まってるのが見えたから、なんだろうと思ったら人が集られてるんだもん。びっくりしたよ」
「ごめん」
「ん? なんで謝るのさ。人に助けられたなら言うべきことは違うでしょ」
「えっ?」
本気で何を言えばいいのか分からずに、僕は女の子の顔を見た。
初めて直視する彼女は、僕と同い年くらいか、もしかすると年下に見える。
最初に目に飛び込んでくるのは鮮やかな赤い髪色。大きな瞳は深い緑色で、どちらも日本人らしくない。
そもそも顔の作りが日本人離れしている。日本語を流暢に話しているように思えるけど欧米人だろうか。だとすると見た目以上に若い、ということもあり得る。
美しい少女だった。クラスにいればあっという間に人気者になるだろう。学校全体でも群を抜いているかも知れない。
「え? もしかして本気で分かんないの? 人生で誰かに感謝したことがないとか? え? もしかして偉い人だったりする?」
僕は慌てて首を横に振った。
「とんでもない。僕はただのクソザコ……、だよ」
「そうだよねー。偉い人は子どもの頃からパワーレベリングするし、スモールスライムくらいに殺されかかったりはしないよね。って自分のことをクソザコなんて言っちゃ駄目だよ!」
「でも……」
「でももだってもないよ。そういうことはたとえ自分で思っていても口に出しちゃ駄目。言葉にすると本当になっていっちゃうんだから」
「そう、かもね……」
女の子の言うことはもっともだ。だと言うのなら僕はとっくに手遅れだろう。何度自分のことをクソザコナメクジだと口にしたか覚えてすらいない。
「それより感謝の言葉を私まだ聞いてないんですけどぉ?」
半目で睨まれて、僕はようやく言うべき言葉を見つけた。
「えっと、その、ありがとう?」
「もっとハッキリ!」
「ありがとう」
「うんうん。よろしい。感謝されてしんぜよう。なんてね。私はメルシア。君は?」
「柊和也だよ」
「ヒイラギカズヤ、呼びにくい名前だなぁ。ひーくんでいい?」
「距離の詰め方えげつな」
思わず本音が口を突いて出た。
「いいじゃん。ひーくん。呼びやすーい。私のこともメルでいいからさ」
「じゃ、じゃあ、メル……」
「照れながら言うなよぉ。私まで照れるじゃん」
メルシアと名乗った女の子はそう言って僕の肩をバンバンと叩いた。予想以上に力強くて、正直痛い。HPが減ってるんじゃなかろうとかと思って僕は自分のステータスに思いを馳せた。
柊 和也
レベル 2
体力 11/98
魔力 60/65
筋力 14(15)
耐久 8(10)
知力 18(23)
抵抗 7(8)
器用 13(14)
敏捷 8(11)
技能 キャラクターデータコンバート 異界言語理解
称号 異界到達
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