第7話

校舎内にある休憩室。

其処でテンションの高い水流迫が声を荒げた。


「はははっ!見たか、あの黄金ヶ丘の顔ォ、悔しそうな顔をして、ザマぁないね!」


本気で黄金ヶ丘を嫌っているらしい。

彼女の悔しがる顔を想像するだけで水流迫は絶頂していた。

そんな下衆顔を浮かべる水流迫に永犬丸詩游は目を細めて言う。


「性格が悪いな水流迫、まあそういう所がお前らしいけどさぁ」


そう軽口を叩き合う二人に対して、長峡仁衛は首を傾げて見ていた。

自分だけが取り残されていて、話に入れない様子だった。


「えっと……友だち?」


長峡仁衛は水流迫の顔を見てそう言う。

すると水流迫は思い出したかの様に長峡仁衛の方を向いて。


「あぁ、そうか。長峡は記憶喪失だったか。まったく。優等生エリートの僕を忘れるなんて酷い奴だな、キミは」


興奮が治まって来たのか、冷静になる水流迫。

酷い奴と言われて、その通りだと長峡仁衛は思った。

友だちの顔を忘れるなんて最低も良い所だと深く反省する。


「あ、ごめん」


だからそう謝った。

すると水流迫は溜息を吐いて自己紹介を始める事にしたらしい。


「僕の名前、水流迫つるざこ洸世みつよ。かの五家の一角、水を司る祓ヰ師の家系さ」


そう高らかに、自らの家系を誇りに思うかの様に。

しかし、そんな説明を受けても長峡仁衛にはさっぱり分からない。

永犬丸詩游や水流迫洸が一体何者なのかすら分からないのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。


「………あのさ。さっきから、ハライシ、とか、なんなんだ?それ」


だから友に聞く事にした。

彼らが口にするその祓ヰ師とは一体何なのかを。


「あー……そっか、そうだなぁ。そこから話さないとダメか」


永犬丸詩游は彼が祓ヰ師と言う存在を知っている体で話していたが、よく考えればそれも知らない事に納得して、ならばどこから話せばよいのか考える。

その間に、水流迫洸がならば、と代わりに話そうとしだした。


「―――ではまず五家の話から」


五家。

そこから話そうとして永犬丸詩游のデコピンが水流迫洸世の額にさく裂した。


「アゥッ!」


額を抑えながら転がる水流迫洸世。

永犬丸詩游は悪びれも無く、むしろ水流迫が悪いと言いたげに。


「馬鹿か水流迫、そこから話しても分からないだろ。物事には順序があるんだからさ」


そう言って、永犬丸詩游は長峡仁衛の方に振り向いて、彼の座るベンチの隣に座ると、先ほど自販機で購入した飲料水を長峡仁衛に渡す。


「ほら、烏龍茶果肉入り」


黒い容器の中身はお茶だった。

ラベルには烏龍茶、果肉入りと書かれている。


「なんの果肉?」


祓ヰ師が何なのかと言う話よりも烏龍茶の中身の方が気になる長峡仁衛。

それを無視して永犬丸詩游は早速祓ヰ師とは何なのか説明をしだす。


「まず、厭穢と言う存在の説明だな」


永犬丸詩游も手に持っていたコーラを開けて、それを一口。

唇を潤す程度に飲んで、其処から話を始める。


「人が生み出す負の感情はさ……世界が吸収して膿になるんだ。世界はその膿に生命を与えて疑似生命体を生んだ」


世界。いきなり壮大な話だ。

そして人の感情を吸収して、生命を生むと。

いきなり突拍子な話で長峡仁衛は頭を抱えそうになる。


「人間の負の感情で作られたソレは人類を憎悪し悔恨を抱く魔物。人が人を恨み、呪い、妬み、怒り、蔑み、殺意を抱く……負の感情から生まれたそれは人類を殺戮する為に動く、その名を厭穢けがれと呼んだんだ」


遥か昔。

世界はこれから先の未来。

人類が世界を滅ぼす者だろうと認識した。

そして世界は人類を滅ぼす為に活動して、厭穢と言う概念はその時に作られた。


「で、その厭穢は通常の兵器とかじゃ殺す事は出来ない。だから昔の陰陽師は、その厭穢を祓う専門家を作った。それが祓ヰ師はらいし。厭穢を祓う事が出来る人たちだ」


そして、その厭穢を祓う事が出来る者を。

祓ヰ師と呼び、彼らに禊祓の術を叩き込んだとされる。

大体を理解した長峡仁衛は頷いて、ペットボトルの蓋を開ける。

が、内容が内容だから、それをうまく飲み込む事は出来なかった。


「……それで、永犬丸たちは、それを祓う仕事をしてる、祓ヰ師、と言う存在なのか?」


「まあ、そうだね。ボクたち……と言うか、じんちゃんも。ボクたちと同じ祓ヰ師なんだよ」


「……俺も?」


永犬丸詩游も水流迫洸世も、祓ヰ師であると言うのならば。

その友人関係にあたる長峡仁衛もまた祓ヰ師である事は明白だった。


「うん、かなり希少な祓ヰ師で、その術式は■■」


永犬丸詩游は長峡仁衛が祓ヰ師であり、祓ヰ師が扱う術式を口にしたが。

長峡仁衛はその言葉がうまく聞き取る事が出来なかった。

まるでかすんでしまったかの様に。


「え?」


「ん?いや、術式は■■だって言ったけど……」


永犬丸詩游が再び長峡仁衛の術式を口にするが。

それでも、長峡仁衛の耳には届かない。


「……え、何か言った?」


「……なんかの冗談?」


永犬丸詩游はそういうの面白くない、と不満そうな顔をするが。

長峡仁衛は何一つ冗談な真似などしていない、真剣に話を聞いていた。


「いや、そう言うワケじゃ……」


その時。長峡仁衛の脳裏に痛みが走る。

頭を抑えて、手に持つ烏龍茶を零す。


(俺の術式、は、なんだ。何も聞こえなかったぞ……)


ずきずきと頭の痛みに悶えながら。

長峡仁衛は自身の術式が聞き取れない事を疑問に感じていた。


「大丈夫かじんちゃん、少し休むか?」


永犬丸詩游は心配そうにした。

彼の優しさに甘える様に、長峡仁衛は頷くと。


「あ、あぁ……ちょっとだけ……休む」


そう言って、ベンチに横になるのだった。


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