第1058話◆ヒーローはこっそりやってくる

 冒険者をしているとハッキリとした理由はないが、とにかく嫌な予感がすることは非常によくある。

 それはそれまでの経験だったり、知識だったり、いつもと違うことに対する違和感だったり、そして本能的なものだったり――それらからくる無意識の感覚。

 理由はない、絶対ではない、だがこうした方がいいという確信に近い謎の直感。

 全てがそうであるわけではないが、そういう直感に従い命拾いをしたことは少なくない。

 

 一刻も早くドリー達の所にいかねば――きっと、これも。

 ドリーは俺よりもずっと強い。そこにプロヒーラーのリヴィダスと、魔法だけではなく知識面でも手数の多いシルエットも一緒にいる。

 みんな俺より強い熟練の冒険者で、俺が合流したところでいつものようにあまりやることはないかもしれないけれど、それでも遠回りしている時間が惜しいと嫌な感じで鼓動が加速する。


 だが同時に四つん這いで進まなければならない場所、そこには先ほどまでリュウノナリソコナイが詰まっており、気配は感じられずとも絶対に他の個体がいないという確信はない。

 そしてそこを抜けた先ではドリー達が戦闘をしている、つまり敵性の何かがいることに加え、戦いの衝撃で水路が崩れるかもしれず、その水路に入ること自体に危険が伴われる。

 そんな場所にパーティー全員で入るのは何かあれば全滅という最悪の結末もあるため、俺はメンバーの装備や身軽さを考慮して俺一人でそのルートを進むことを選んだ。


 むしろ俺だけの方が身軽で無茶もできる。

 チュペとナナシもいるし、収納の中の物量攻撃でもあるし、最終手段とし分解と収納もある。

 単独行動の身軽さで狭い水路の中を駆け抜けてドリー達の所にヒーローとして華麗に登場!!


 ……と思っていたのに、臭っ! 思ったより臭っ! 想像以上に臭っ!

 ぎえええええええ! 臭いだけじゃなくて、ヴァンパイア・ファングもめっちゃいる!!

 無限に提供される餌の住み処に棲み付いて、丸々と太ったヴァンパイア・ファングがウジャウジャと!

 ぎょええええええええ! 気持ち悪いいいいいいいい!!


 わかる、わかるぞ!

 こいつらはヴァンパイア・ファングの中でも、餌場を占領していられるほどの上位層個体。

 そして餌場に居座り続け血を吸い続けた奴らは通常のよりも一回りも二回りも大きく、口からチラッと見える牙も太くて長い。

 そしてそれほどまでに成長するほどリュウノナリソコナイの血を吸っているのなら――。


 ジュッ!


 狭い水路の中を進みながら目に付いたヴァンパイア・ファングに、聖属性の魔力を吹き込んだ水をお手製の水鉄砲でブシュブシュとかけると水のかかった箇所がジュッと音させて溶け、強烈な悪臭を伴った白い煙が上がった。

 普通のヴァンパイア・ファングならそれで溶けて終わりなのだが、聖なる水をかけられて一度は溶けかかった体がグジュグジュと沸騰するように泡立ち少しずつ回復を始めた。


 ほんの僅かな量で人をリュウノナリソコナイに変えてしまった血の影響は、リュウノナリソコナイの血を大量に吸ったヴァンパイア・ファングにも出ているようだ。

 だがリュウノナリソコナイの生命の暴走というほどでなく、緩やかな回復速度でナナシを使うまでもなく駆除はできそうだ。

 それはリュウノナリソコナイによって薄められた竜の血だったからか、それともヴァンパイア・ファングという生物自体が生物として小型で下等すぎる故に血の力が発揮されていないだけか。


「ケ?」


「ん? このくらいならチュペの力を借りなくても俺でも何とかできるよ。最近はチュペに頼ることも多いからな、いくらありがたくてもそれが当たり前にならないように、俺ができることは俺がやるよ。チュペやナナシは俺の切り札でもあるからな、俺がどうしようもできない時にチュペの力を貸してくれ。今はこうして進む先を照らしてくれてるだけでも十分助かっている。こいつらは聖属性のトレント、エルダーエンシェントトレントの丸太を削って作った鈍器でぶん殴って潰してしまおう。それよりこの先で炎の気配がするから、そこはチュペの出番になるかもしれない」


「ケッ」


 狭い水路の中を四つん這いで進む俺の前を、尻尾の先端に灯る炎の赤い光で照らしながらピョコピョコと歩いていたチュペが、聖なる水だけでは死ななかったヴァンパイア・ファングを見て俺の方を振り返った。

 普通のヴァンパイア・ファングに微弱な再生能力が付いた程度のようだが、これは確実な変異種なので放置をして増殖してしまえば周囲にどんな影響が出るかわからない。

 ドリー達の所に向かいながら、目に付いたのものはできるだけ駆除をしていかなければならない。

 命令すればいつでも燃やすぞとばかりに、ドヤ顔で炎の灯る尻尾をチョロチョロと振った。


 でもそれは俺がやるよ。

 模擬体でもチュペは偉大な存在だからな。自分でできることも頼ってばっかりだと恥ずかしいから、俺の力が足りない時に思う存分頼らせてくれて。

 そう言うとちょっぴり決まり悪そうに進行方向に視線を戻すチュペと、腰でモゾモゾと揺れるナナシ。

 チュペもナナシ俺には過ぎた力であることはわかっているから、決して頼りすぎてはいけない。それが当たり前だと思ってはいけない。

 だからチュペもナナシは俺の切り札なんだ。


 それにドリー達の気配がする方向からは熱気を帯びた空気が流れてきて、耳を澄ませばパチパチという何かが燃えている音が聞こえる。

 この先で火災が発生しているとなると、そこでチュペの力を借りることになる。

 そして聞こえてきたドリーの言葉の中に”リュウノナリソコナイ”という単語もあったため、もう一度ナナシを使うことにもなりそうだ。

 

 というわけで収納からエルダーエンシェントトレントの丸太で作った棍棒を取り出して、グシャアッ!

 ノロノロと水路の床や壁を這っているヴァンパイア・ファング君を、グシャアッ!

 潰すと更に臭くなるヴァンパイア・ファング君を、グシャアッ!

 さすがにグシャアッ! ってすると死ぬみたいなので、グシャアッ!

 グシャアッ! ってした後は臭いので聖なる水を撒いておこう、グシャアッ&ザバァッ!

 通りすがりに軟体生物を潰すくらいなら手間も時間もかからないから、グシャアッ!



 グシャアッとしながら進みながら、探索スキルで周囲の地形を確認も忘れない。

 ドリー達のいる場所おそらく地下室のような場所のようで、そこが燃えているならば炎だけではなく酸欠の危険もある。

 それに備え、多少の炎の中でも活動できるよう風属性の呼吸補助用魔導具を付けておこう。

 炎そのものに関しては、あの荒野の大火災ですら吸い込んでしまった偉大な耳飾りソウル・オブ・クリムゾンがあるから大丈夫だな。


 んあ、なんか妙な生き物――リュウノナリソコナイを思い出す気配もするな。

 だが、これはナナシがいるから大丈夫。

 ジュストに回復魔法をかけてもらったし、ドリー達と合流すればリヴィダスの回復魔法もあるから大丈夫。


 炎もリュウノナリソコナイも俺に任せろ!!

 待ってろ、ドリー!!

 今すぐ俺が援護にいくぞ!!

 そうだ、せっかくだから気配を消して近付いて突然登場して驚かせよう。

 ヒーローはピンチの時に突然現れるのだ。


 この狭い通路の出口はもう少し。

 少し先で明るくなり、そこにチュペの炎とは違う炎の気配と赤い光が見える。


 間もなくヒーローが登場するぞ!!



 ズリッ!!



 ん?



 出口らしき所から差し込む赤い光が遮られ、そこから既視感のある人間サイズの軟体生物が俺のいる水路に滑り込んできた。


 あれは……。



 それに気付いて四つん這いのままナナシを起動しようとした直後、ドリー達の会話が聞こえてきて――。



「チッ! 一匹水路に逃げたか! くそ、これは諦めて俺達は脱出が優先だ!」


「あら、じゃあ逃げ込んだ水路の中にこの究極のアンリミテッドインフェルノポーションでも投げ込んでおくわ。どうせもう火事になってるし、水路の中が燃える程度なら問題ないでしょ。でも燃えるだけで爆発はしないから安心していいわよ」


「そうね、水路が燃えるだけなら大丈夫よね」




 カラン……。




 軟体生物の後ろから、すごぉぉぉぉく嫌ああああああああああああああな予感がする赤い液体の入った瓶が落ちてきて、水路の壁にぶつかりパリンと割れて中身の液体が飛び散るのが見えた。


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