第100話◆蛇を喰らう者

 爆弾ポーションをニーズヘッグの顔面に投げつけると、奴の注意がこちらに向き、咆哮を上げ続けながら俺の方へと攻撃をして来る。

 それをヒラヒラと躱しながら、次の爆弾ポーションをニーズヘッグの顔面へと投げつける。


 ニーズヘッグの頭を貫いたあの弓の攻撃は、俺の持つ攻撃手段の中で、最も威力の高い攻撃の一つだ。頭を貫いたのでダメージはあったと思われる。だが効いてない。

 ダメージに対して鈍感な魔物は珍しくないし、頭を吹き飛ばしても生きている魔物も少なくない。こいつも、そう言った類の魔物か。


 攻撃は効いてないようだが、矢が頭を貫いたという事は、ランドタートルよりかは柔らかいということだ。

 よく見れば、爆弾ポーションをぶつけた箇所は、鱗が剥がれている。攻撃自体は通っている言う事だよなぁ。


「ちょっと激しく動くから、落ちないようにしっかり掴まっとけよ」

 突進してくるニーズヘッグの頭をギリギリで躱しながら、その片目に、左手に装着しているクロスボウで矢を連続で撃ち込んだ。小さい矢なので、ダメージは殆どなさそうだが、視界を狭める事はできる。

 そのまま後ろに回り込み首の上に飛び乗り、頭の後ろから口の中へと、爆弾ポーションを五本投げ込んで、すぐにニーズヘッグから離れた。

 鉱物の塊である重いランドタートルすらひっくり返す爆弾ポーションだ。ランドタートルより柔らかいニーズヘッグにならダメージを与えられるはずだ。

 ニーズヘッグの素材はとても気になるし欲しいけど、そんな事言ってる余裕はない。


 ドカンッ! と音がして、爆風と共に血と肉片が飛んできた。


 ニーズヘッグの方を見れば、下顎から喉にかけて抉れるように消し飛んでいるが、普通に動いていてる。

 えぇー……、なんつー生命力。

 そして下顎と一緒に喉も吹き飛んだせいで、煩い咆哮はゴーゴーという音に変わった。

 喉が吹き飛んでも、効果が残るホホエミノダケおそるべし。おかげでブレスが飛んで来ないから、相手をするのが楽なんだけど。


 やっぱりアベルに、泉ごと蒸発させてもらった方が、よかったのじゃないかと思えて来た。でもあの泉の正体がニーズヘッグだったのなら、蒸発できたかもわからないな。

 まぁ、考えても仕方ないな。アベルの魔法が飛んでくるまで頑張ろう。


 ゴツン!


 何かが後頭部に当たった。

 フードの中では何やら毛玉ちゃんが、妙にゴソゴソしているけど、何をやっているのだろう。

「毛玉ちゃん何やってるんだ?」

 フードの中だからよく見えないけど、何やらすごくゴソゴソしている。というか、フードの中が何だかちょっと重い気がする。


 何か黒い物がチラッと見えたけど、それ何? 鱗が見えるけど、もしかしてニーズヘッグの肉片? なんかゴックンって聞こえた気がするけど、ゴソゴソしているのは、もしかしてその肉片食べてる?

「ビャアァ?」

 一言だけ返事らしきものが帰って来て、再び何やらゴソゴソし始めた。

「そんな物食べたらお腹壊すよ! あとで美味しい物あげるから!! って、うわっ!」

 毛玉ちゃんに気を取られていたら、ニーズヘッグがこちらに向けて尻尾を振るうのが見えたので、慌てて避けた。

 その間もフードの中で毛玉ちゃんがごそごそとしていた。 

 背後から聞こえてくる何かを飲み込むような音は気になるが、今はニーズヘッグに集中しなければいけない。

 って、さっき爆破した部分が再生し始めてる!?

 しぶとい上に再生能力もあるとか、どうすりゃいいんだ。


 いや、逆に考えると再生するって事は、素材が延々と取れるということじゃないか?

 ニーズヘッグの素材なんて、めちゃくちゃレアじゃない!? それが、何と今なら、取り放題!!

 あー、なんかすごくやる気出て来た。


 ニーズヘッグの攻撃をヒョイヒョイと躱しながら近づいて、剣で斬りつけて鱗を剥がして収納に放り込んでいく。

 片目には矢が刺さっているし、元々視界はそこまで広くないようなので、後ろに回り込めば鱗を剥がす余裕がある。

 しぶとくて倒すのには苦労しそうだが、ひたすら鱗を剥がせると思えばすごく美味いな!?



 ニーズヘッグの攻撃を躱しながら、ひたすら鱗を剥ぐ作業が楽しくなってきた頃、足元が光り直後ふわりと浮く感覚がしたと思ったら、いきなり視界が切り替わって、すぐ隣にアベルがいた。

「何かすごく楽しそうだったけど、準備出来たからそろそろとどめ刺すよ」

「お、おう、任せた」

 残念なんて思ってないよ!! あんな強そうな魔物引っ張りまわしてると、そのうち事故りそうだしな!!

 調子に乗って反撃喰らって、痛い目見る前に終わらせよう。鱗もうちょっと剥ぎ取りたかったけど。


 

 ブワリと魔力が動くのを感じた直後に、空気が冷たくなったのがわかった。

 すぐ近くをチョロチョロしていた俺が突然消えた為、アベルにターゲットを変えたニーズヘッグが、翼を広げて飛び上がり、こちらへ向かって来るのが見えた。

「これで終わりだよ」

 アベルがニーズヘッグの方を指差すと、地面からトラバサミのような形をした氷の塊が出現して、空中にいるニーズヘッグを左右から挟んだ。

 氷のトラバサミは左右からニーズヘッグをガッチリと挟み、そのままニーズヘッグの体を空中で凍らせた。

 空中で凍ったニーズヘッグはそのまま落下し、地面に激突して粉々に砕け散った。

 さすがAランク魔導士。というか、子供とは言えニーズヘッグを仕留めるなんて、もうSランクでいいんじゃないか!?


「泉がニーズヘッグだったって事は、蛇はこれで打ち止めかな?」

「最初の蛇は泉が生み出してる感じだったしな。とりあえず砕け散ってるニーズヘッグの素材回収しようか」

「そうだね。Sランク級の魔物の魔石なら、あれくらいじゃ砕けないと思うし、魔石探して回収しよう」


 凍ったまま地面に叩きつけられ、砕け散ったニーズヘッグの肉片を一つ一つ回収して回る。砕けていてもあのサイズだ、大きな破片も結構あるので、素材として使う事はできそうだ。

「ビャッビャッ!!」

 フードから毛玉ちゃんが飛び出して来た。

「え? もしかしてこれ食べたいの?」

「ビャーッ!」

 散らばってるニーズヘッグの肉片を指差すと、毛玉ちゃんがバサバサと羽を広げて返事をした。

 まぁ、細かいのは素材にしにくいし別にいいか。

「でっかいのは素材にしたいから、細かいのだけなら食べてもいいよ」

「ピョッ!」

 毛玉ちゃんは嬉しそうにニーズヘッグの肉片を拾って食べ始めた。あんなもの食べて、お腹壊さないといいけど。

 というかニーズヘッグの肉って食べれるのかなぁ。気になって鑑定してみたら、一応食べれるようだ。ただ凍って砕け散ったせいで、あまり綺麗な残り方をしていないので、調理しにくそうだなぁ。どこの部位かわかりづらいし。


「魔石あったよ」

 アベルが子供の頭ほどの大きさの黒い魔石を持って戻って来た。さすが巨大でかつSランク級の魔物だ、魔石の大きさもでかい。

 鑑定しようと、アベルの持っている魔石に手を当てたら、何故か鑑定が弾かれた。

「あれ? 鑑定できない。スキル足りないのかな? ニーズヘッグだからSランク越えてるだろうしなぁ」

 さっきスキルの花鑑定した時はレア度SSだったが、これはそれ以上なのか?

「俺の鑑定だとニーズヘッグの魔石って見えるよ」

 俺の鑑定スキルはそんなに高くない。鑑定自体はよく使うが、高ランクの物より低ランクの物を鑑定する事の方が多い為、あまり鑑定スキルが上がってないのだ。鑑定のスキルが足りないと、こうして弾かれる事もある。

 Sくらいまでは鑑定できるんだけどなぁ。という事はそれ以上の魔物だったってことかなぁ。


 鑑定出来ないなら仕方ないなと思っていると、芝生が擦れるような音がした。

 毛玉ちゃんかと思ったが毛玉ちゃんはちょっと離れた場所で、ニーズヘッグの肉片をご機嫌でつついている。

 何の音だ?

 不意に視線を感じて魔石を見ると、アベルの持っている魔石の中で小さな赤い光が二つ光って、細長い黒い影が見えた。

 俺が鑑定出来ない物はスキルが足りない物以外にもある。

 そして、アベルが鑑定できて、俺が鑑定できない物。


「アベル! その魔石ちょっと貸せ!」

 アベルから魔石を奪い取って、身体強化を発動して遠くに放り投げた。

「グラン何すんの!?」

「あの魔石生きてる! いや、ニーズヘッグが生きてる!」

 そう言った直後、芝生の上を何かが這うような音が、周囲からいくつも聞こえて来た。

 その音の主は飛び散ったニーズヘッグの肉片だった。

「ニーズヘッグの破片が動いてる!?」

「アベル、あれ見ろ」

「うっわ……マジ?」


 俺が投げたニーズヘッグの魔石は空中に浮いており、その周囲を竜巻のように魔力が渦巻いていた。そしてその竜巻に吸い込まれるように、ニーズヘッグの肉片が魔石の方に向かって集まって行った。

「毛玉ちゃん!」

 のんびり、ニーズヘッグの肉を食べていた毛玉ちゃんも、その竜巻に一緒に巻き上げられて空中でクルクルと回っていた。

「ちょっとグラン! あれに今近づくのは危ないよ!」

「毛玉ちゃんを回収したらすぐ戻る」

 アベルを振り切って、空中に巻き上げられている毛玉ちゃんを、身体強化スキルで飛び上がってなんとか回収した時には、すぐ目の前に完全復活したニーズヘッグがいた。


 まずぅー。

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