第24話 テレパシー

 アスターが十四の頃だった。ミゲルは四人の子供達を連れて、狩りへ行く事にした。と言っても、二人の少女は狩りは見学するだけである。何時も畑仕事やら家事やらで余り船から離れたことがない二人を、気晴らしに、と連れて行く事にしたのだった。

 

 五人はミゲルの運転するバギーに乗ってサバンナを移動して行った。途中で水牛の群れに出くわす。黒い巨体にガッチリとした角で武装した姿は、迫力満点だった。

「凄いわ! あれを狩るの?」

リタが興奮して叫ぶ。

「いや、今日の狙いは水牛じゃない。大体水牛ってのは、狩るのには不向きなんだ」

ミゲルは笑いながら言った。

「不向き?」

「ああ。首尾良く群れの中の一頭を倒したとするだろう? 他の草食獣なら、それでめでたしめでたしだ。だが水牛はな、他の仲間が……特に群れのリーダーがその後仕返しに向かってきたりするのさ。俺とタイガも危うくそれで殺られそうになった事がある」

「ふーん。危険なのね」

リタは残念そうな声を出したが、初めての遠出にワクワクしていた。

 

 バギーは低木が生い茂るブッシュの前で止まった。

「よし、ここいらで降りるぞ」

五人はバギーから降りると、周囲を見渡した。濃い緑の葉を付けた背の低い灌木が小さな森の様に所々に固まって生えている。

「狙いは何なの?」

アスターがミゲルに訊ねた。

「ウサギさ。この辺りはウサギの生息地だ」

五人は静かに低木の森の合間を歩いていった。

 

カサッ

 

微かな枝の擦れる音がして、胡麻色のウサギが一匹ブッシュから飛び出した。

「ブランカ!」

アスターが叫ぶ。

ブランカはウサギに空圧波を放った。だが外れた。ウサギは必死の形相で跳び跳ねる。アスターがサイコキネシスでウサギを引き寄せた。ウサギは空中に浮かび、ジタバタと足掻きながら手元へやって来た。アスターはウサギを掴むと、頭を大きな石に打ち付けて止めを刺した。

 

「何だかちょっと可愛そうね」

アマラが悲しそうな顔をする。

「生きるためだ。人間は昔からこうやって食料を得てきた。ウサギの命は食べた者に受け継がれていくんだ、無駄にはならないさ」

ミゲルはアマラの頬を優しく撫でて言った。

「よし。今日の狩りはこれまでだ。上出来だよ。ついでにデブリを探そう」

 

 五人はそれぞれ分かれて何か使えそうな物が落ちていないか探し回った。もちろんデブリで無くとも良かった。生活の役に立ちそうな物なら、何でも良いのである。小一時間程経っただろうか? アマラはブッシュに何か潜んでいる気配を感じ取った。何かしら? 何か居るみたい。アマラは注意深くブッシュを観察した。何か動いた――!


「アマラ!」

少し離れていた所に居たリタが叫ぶと同時に何かの生き物がアマラに飛びかかった。アマラの視界がスローモーションの様に何かを捉える。金色の毛皮に黒い薔薇紋の入った塊が宙を躍動していた。豹だ! 牙を剥いて襲いかかってきたその獣はしかし、アマラに身体をぶつけてアマラもろとも地面へ倒れ込むと、すぐに退いてアマラの脇に伏せ、大人しくなった。

 

 ミゲルが駆け寄ってレーザー銃を放とうとするのを、アマラが静止した。

「撃っちゃ駄目よ!」

「……どうしたんだ?」

「この子にテレパシーを送ったのよ。私達は敵でも餌でも無いって。この子はすぐに理解したわ」

「テレパシー? って、お前にそんな能力あったのか?」

ブランカが驚いた声を上げた。

「やってみたら出来たわ」

アマラはエヘヘ、と笑った。

「……まあ、無事ならそれで良いさ。それでそいつをどうするつもりだ?」

ミゲルが豹を指差した。

「別に何も。まあ、今日から私の友達ね! 名前は……そうね、女の子だから、ミライにするわ」

「そうか。よし、帰るぞ」

「ええ。じゃあミライ、またね! 人間を襲っちゃ駄目よ」


 五人はバギーに乗り込むとポラリス号へ戻った。ミゲルは皆にアマラと豹の話を聞かせた。アリッサは目を輝かせて、

「じゃあ、私にもテレパシーを送れるかしら? アマラ、やってみて!」

と興奮気味にアマラの肩を揺する。

「待って。やってみるわ」

アマラは目を閉じてアリッサへ念を送った。

「分かった?」

「……いいえ、サッパリよ」

アリッサは肩をすくめる。居合わせた皆はどっと笑った。

「動物にしか通じないんですかね?」

マムルが顎に手をやって考え込んだ。

「それならむしろ、アリッサにこそ通じる筈だろ。何せ、けだもの女なんだからな!」

タイガがカラカラと笑いながら冗談を飛ばす。

「何よ、それ! アマラ、他の皆にもやってみて」

アマラは全員にテレパシーを飛ばしたが、受け取れるものは誰も居なかった。

「やはり、動物にしか通じないようね」

サライが溜め息をついた。

「でも、それはそれで役に立つんじゃありません? 今日みたいな危険を回避出来るのだし」

ハルカがアマラを庇うように言った。

「そうだな。それで十分だよ」

ミゲルはそう言って笑うと、捕ってきたウサギの解体に向かった。まだ子供達だけで狩りをするのは早すぎる様だが順調に成長している様だ。ミゲルは満足だった。

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