第15話 石切り
サライは朝から超音波地質探知機を持って外に居た。地下に水脈があれば探知機に映るはずである。船首付近の地面から調査を始めた。少しずつ探知機をずらしていくと、翼の下辺りで反応があった。どうやら船を横切る形で地下水脈が通っている様だった。
「これで水の心配は無くなるわね」
そう口に出した時、タイガがやって来た。
「博士、ちょっと良いですか?」
「何かしら?」
「はい。あの、船長とアリッサの事なんですが」
「二人がどうかした?」
「ええ。俺達の目的は人類が新たに住める惑星を見つけて、それを地球へ報告する事だった筈です。なのに二人とも、早々とそれを忘れているというか……。この星に永住でもするつもりなんじゃないかと思えて」
「それが不安?」
「ええ」
「確かに私達の目的はそうだわ。だけど、船がどうにもならない以上、地球から調査隊なり救援なりが来るまで、どうすることも出来ないわ。船長が言ったように、先ずは二年半生き抜く事が重要よ。二人とも、それを良く分かっているのでしょう」
「それだけでしょうか?」
「他に何があるの?」
「それは……。博士はここの月をどう思います?」
「地球のより大きいわね。二つもあるから圧倒されるわ」
「それだけですか?」
「ええ」
「そうですか……」
「何か気になるのかしら?」
「月が人に与える影響についてはどう思われます?」
「地球でも、月は生物にそれなりの影響を与えて来たわ。多くの動物が――人間でさえ生体リズムを月が支配している事が分かっているわ。ここの月が何がしかの影響を与えることも、当たり前と言えば当たり前だわ。でもそれがどういう物なのかは、長期間調査しなければ分からない事だわ」
「……そうですよね。分かりました。失礼しました」
納得がいった訳では無かったが、そう答えるしか無かった。タイガは首を振ると、船内へ戻って行った。
昼過ぎ、皆が食堂に居るところを見計らって、サライが報告した。
「調査結果を報告するわ。翼の下を船を横切る形で水脈が通っている事が分かったわ」
サライは探知機の映像をプリントアウトしたものをミゲルに見せる。ミゲルはまじまじと画像を眺めてチェックした。
「なるほどな。じゃあ翼の下を掘ってみるか。日差しが強いが、翼が屋根代わりになってちょうど良いな。俺とタイガでやるか。井戸の壁を補強するための石積ブロックが必要になるな。タイガ、この辺に石なんてあったかな?」
「少し離れた所に岩山がありましたよね。あそこで切り出したらどうです?」
「そうだな。まず石のブロックを作ることから始めよう」
井戸掘り計画発動である。
ミゲルとタイガはバギーに乗り込むと、岩山へ向かった。岩山は船から八キロ程の所にあった。岩山に着くと、ミゲルは岩を調べ始める。白っぽい目の詰まった岩石だった。ミゲルはハンマーで岩を叩いてみた。岩は簡単には砕けることは無かった。
「遠くから見た時は青かったけど、近くで見ると白いんですね」
「光の反射で青く見えるんだろう。この質感なら、井戸に使っても大丈夫そうだな」
ミゲルは腰からレーザー銃を取り出すと、概ね五十センチ四方に岩を切り出した。
「まず、大きく切り出して、それからブロックを作ろう。余り大きく切り出すと重くて運べんから、程ほどにな」
「どれくらい切り出せば良いですかね?」
「待て……。今計算してる。一塊から二十五×十五センチの十二個位のブロックが作れるだろ。井戸の直径が二メートルとして……だいたい五十センチ四方の塊で井戸を一周だな。井戸の深さが五メートルだから、三十五個で井戸を埋められる。井戸の上にも転落防止用の石積を作るから、四十個切り出せば良いんじゃないか? 切り出したら、順に地面へ並べるんだ」
二人は八時間かけて石の塊を切り出した。重い岩石を持ち上げて運び出すのは大変な作業である。二人はしばしば休憩を入れながら、根気よく塊を地面へ並べていった。
「今日はここまでだ。明日からブロックに切り分けよう」
塊を切り出し終わったミゲルが終了の合図をした。肉体労働は体力との兼ね合いのため、一気に進める事は難しい。
「気長にやるしかないな……」
ミゲルは並べられた石を眺めて呟いた。
翌日。朝早くからミゲルとタイガは岩山に向かった。今日は昨日切り出した岩の塊からブロックを切り出すのだ。地面にズラリと並べられた岩の塊の端から二人はブロックを切り出していった。切り出す作業はどうという事はない。大昔なら
「この調子なら、明日中にブロックを切り出し終わりますね」
タイガが腰を伸ばしながら言った。ずっとしゃがみながらの作業だったため、腰が痛かった。遠くの地平線に目をやると、夕日が沈みかけていた。
「そうだな。ブロックが出来たら、何回かに分けてバギーで運ぼう。それにしても、綺麗な夕焼けだな」
ミゲルは立ち上がって辺りを見渡した。空も大地も、あらゆる物が金色に染まって、さながら黄金のプールの中に居る様である。夕日を受けて二人の足元には影が長く伸びていた。周囲には二人以外、人の姿どころか動物達さえ居ない。昼と夜の境の不思議な沈黙が辺りを包んで、いっそ神聖とさえ言えるような空間を作り出していた。
「詩人なら上手いこと言うんだろうが、言葉が見つからんな」
「壮大ですね」
二人はしばし黄昏の中に
「船長。月がどうかしましたか?」
「いや、デカイ月だよな。何て言うかこう……ロマンだな。お前もそう思わんか?」
「はあ。俺には良く分かりませんが」
「ここで暮らしていればいずれ分かってくるさ」
「ここに永住でもする気ですか?」
「まさかな……」
ミゲルは押し黙った。その沈黙はタイガを不安にさせた。
「船長」
「もちろん、地球から迎えが来れば戻るさ。さて、船へ戻ろうか」
二人はバギーに乗ると、船へと向かった。
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