第2話 出発

 宇宙船へ戻ったミゲルは早速皆に説明した。

「よし、皆。出発するぞ。途中の空域で宇宙海賊が出没するそうだ。十分気を付けてくれ。それ以外は流星群も無いし、航路はクリアーだ。ニライ、航路を設定してくれ。データはこれを見てくれ」

ミゲルは記憶チップを渡した。航海士のニライは記憶チップをコンピューターへ差し込むと、データを確認する。

「了解。先ずマシリ空域へワープ、次にナカイ空域へ、ヒール空域、キリー空域の順でワープ可能です」

「よし、ではその航路で行こう。アリッサ、地球へ通信を送れ。出発するとな」

通信士のアリッサが通信ボタンを押して出発の旨を送信した。

「通信を送りました」

「タイガ、航路を入力してくれ」

副操縦士のタイガがニライの計測した航路を航行システムに入力する。

「航路入力しました」

「よし、コロニーを重力波に巻き込まない位置まで移動したらワープするぞ。ポラリス号、発進!」

しばらく移動してからポラリス号はワープに入った。時空がねじ曲がり、船外の映像が歪む。光と熱が一点に集中し、視界は真っ白になった。船外が高熱にさらされる。それはさながら地獄の釜に投げ入れられたか、はたまた天上界へ打ち上げられたかの様であった。

「ワープって、何度体験してもおかしな感じよね」

アリッサが船内を見渡して呟く。

「時空がねじ曲がるのだものね」

食料管理士のハルカがまぶしさに目を細めながら答えた。

「ワープ航法が可能になる前の人類は膨大な時間を費やして宇宙を旅した。まあ、今でもワープ可能な宇宙船は限られているがな。今ある多くのスペースコロニーが建設された頃はまだワープは無かったし、それは気の遠くなるような手間をかけて建造されたのさ。宇宙探査も、片道切符の事が多かった。もちろん人間ではなく、無人探査機だった訳だが」

「でも船長、無人探査機だって十分探査可能なのに、どうして今回は有人探査なんです?」

整備士のヤナーギクは納得いかない様子で質問した。

「ミッションが不服か?」

「い、いえ、そういう訳では……。ただ、自分は整備士ですし、それを遂行するだけですが、未知の惑星探査に有人というのは余りにリスクが高過ぎる気がして」

「うん。それは中央政府と宇宙局が何度も議論を重ねた結果だ。それに、無人探査では出来る事が限られている。より広範囲に、より詳しく惑星を調査する為には、人間が直接行かなけりゃ駄目なのさ」

「それに、こういう機会でも無けりゃ、私達もおまんまの食い上げですからね」

ニライが口を挟んだ。

「まあ、人類を救うためのミッションなんだ、前向きに行こうぜ」

タイガがヤナーギクの方を振り向いて笑った。ヤナーギクが小心なのは今に始まった事では無かった。もっともその慎重さゆえに優秀な整備士になれたとも言える。

 

「ワープ自体は退屈よね」

アリッサが溜め息をつきながらこぼした。それはそうだ。窓から外を眺めても白い光以外は何も見えないのだから。

「そうは言うがな、アリッサ。君は通信士だから暇で良いかも知れないが、俺達操縦士は大変なんだぞ」

タイガが喧嘩腰でアリッサをたしなめる。

「あら、タイガが直接計算してるんじゃなくてコンピューターがやっているんでしょう?」

アリッサが食って掛かった。通信士だって重要な仕事なのだ。それを馬鹿にするなど許せない。大体、ワープ中は操縦士だってやることはほとんど無いではないか。二人のやり取りを見かねたミゲルが間に入った。

「まあ、二人とも。その辺にしておけ。ワープは抜けた瞬間に何があるか分からんし、決して気を抜いて良い訳では無いぞ」

「宇宙海賊ですか?」

ハルカが身を乗り出す。

「うん。どの空域に居るか分からんのだ。遭遇する確立は低いが、用心に越したことはない」

「私達は、残された人類の為に、生存可能な惑星を調査しに行くのよ。この探査には人類の未来がかかっているのよ。旅行気分じゃ困るわね」

皆のやり取りを黙ってじっと聞いていた惑星科学者のサライが眉間にシワを寄せた。まったく、この船のクルーときたら、皆子供の様だわ。困ったものね……。口に出しこそしなかったが、サライは内心そう思っていた。

「そうですね。博士の言う通りです。任務に集中しましょう」

サライの不穏な表情を敏感に察知したニライがウンウンと首を縦に降る。ニライはこういった荒立った雰囲気は苦手だ。

「そうですね。私も任務に就きます。船長、植物プラントを見に行こうと思うのですが」

「よし、ハルカ。行ってくれ。食料の事は君に任せてあるからな」

「了解しました」


 ハルカは席を立つと、植物プラントへ向かった。植物プラントは水栽培で野菜を育てる人工農場である。水耕ベッドに発泡パネルが浮かび、パネルに開けられた穴に野菜が植えてあった。水耕ベッドには通常より早く育てるための特殊な肥料を溶かし込んだ溶液が張られ、溶液はポンプで循環されている。太陽光代わりの人工灯の光を浴びて、野菜はすくすく育っていた。


 ハルカは一通り装置をチェックして回ると、ニンジンとインゲン豆とジャガイモを幾つか抜いた。今日の夕食は人工タンパク質で作ったハンバーグステーキにする予定である。付け合わせにニンジンとインゲン豆とジャガイモのソテーを添えれば完璧だ。特に、我が船長ときたら良い歳してハンバーグが大好物なのだ。

「まったく、子供みたいなんだから」

ハルカは独り密かに笑みをもらした。きっと船長は喜ぶに違いない。ハルカはニンジンとインゲン豆とジャガイモを洗うと、調理に取り掛かった。調理室は植物プラントの部屋に隣接している。

 

 ニンジンとジャガイモを一口大に刻み、インゲン豆のスジを取り除いた。冷蔵室から人工タンパク質を取り出す。人工タンパク質には牛肉フレーバー、豚肉フレーバー、魚フレーバーなどが添加されていた。牛肉フレーバーと豚肉フレーバーのタンパク質を取り出し、ミキサーで混ぜ合わせる。いわば人工挽き肉である。挽き肉を人数分に分けて形を整えると、皿に乗せ、電子レンジへ入れた。その間にニンジンとインゲン豆とジャガイモをフライパンでソテーにする。冷蔵室からパン生地を取り出し、別のレンジへ入れた。

 

 ハンバーグが焼き上がる頃にはパンも焼き上がった。ハルカはプレートに食材を綺麗に盛り付けると、インターホンで船内に放送を流した。

「皆さん、食事が出来ましたよ。食堂に集まって下さい」

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