第81話

     Chime


「海に行きましょう」

「え、また?」と言ったものの、これは野崎からの誘いである。野崎 奏美――。私立の高校に通う一年生で、恋人とのセックスに満足できない、として知り合った。

「友達の家で、海沿いに別荘をもっていて、そこにみんなで遊びに行くの。あなたも来て頂戴」

「またセックス・パーティー?」

「ブ、ブー。その別荘で、エッチは厳禁。男の人も連れていっちゃダメって」

「男の人が行けないって、オレもダメなんじゃ……」

「だから、アナタには女装してもらうわ」

「え? そうまでして、オレがついていく必要、ある?」

「やって欲しいことがあるの。大丈夫、私のヅラと背が大きい子から服を借りるから。後、水着も私のお古をあげる」

「そういう問題じゃなくて……。やって欲しいことって?」

「それはいいじゃない。名前は富士見 郁子でいいわね?」

「分かったよ……。でも、その名前は止めてくれ」

「じゃあ、郁 藤美?」

「女装させられるんだろ? 身内にバレるのが嫌だから、名前は完全に消してくれってことだよ」


 結局、オレは遠山 冴子と名乗ることになった。

 名前なんて何でもいいのだけれど、問題は何をさせられるか? 野崎のほかに7人が参加し、ほとんど顔見知り……。その中で一人だけ、見知らぬ子がいた。石倉 桜子と紹介され、今回の別荘の持ち主の子だという。オレのことは「バレー部の子」と紹介されると、素直に「よろしくね」と受け入れてくれる。野崎のウィッグと、この身長……バレずにホッとする。

 高城の妹の兵頭 小糸も同じグループで、今日も来ているので、彼女と一緒にいることにする。

「お姉さん、飛ぶ鳥を落とす勢いだね」

 姉の高城 楓未はモデル兼女優であり、今度は映画の準主役が決まった。何よりかわい過ぎず、性格のよさが顔からにじみ出るような、そんな愛嬌と、エッチを憶えて仄かにただよう色気――。脇でつかいたい若手女優として、主役の友人という大役を射止めたのだ。

「小太りを落とす牛追い? お姉ちゃん、そんな役はもらっていないよ」

「……。いや、お姉さんのことはもういいや。今日、オレは何をさせられるの……かしら?」

「桜ちゃんの家、ちょっと変わっているというか……。別荘で、盗撮カメラを探して欲しいの」

「とッ!……盗撮カメラ? 何でまた……」

 大声を出しそうになり、慌ててトーンダウンして尋ねる。

「娘を溺愛する父親、みたいな? 高校からうちに入学してきて仲良くなったんだけど、話を聞いていると、何となく怪しくてね。それで家に行きたいといったら、別荘なら……ということになって、別荘で証拠集めをしようってことになって……。お姉ちゃんが、盗撮カメラ探しならってアナタを推薦したの」


「盗撮カメラが五つ。盗聴器を三つ、みつけたよ」

「うわ~、本当にできるのね。すごいわ」

 別荘は広い敷地に立つ、平屋だった。そこは別荘地として広く売られていた一角であり、辺りにも同じような建物が、広い庭を隔てて建てられている。その別荘地から崖を数十メートル下りると、小さな浜辺があって、プライベートビーチのように遊べるのがウリだ。

 石倉もふくめ、他のメンバーが海へ行く中、オレと野崎、それに兵頭の三人が別荘にのこって調べたところ、それだけの数のカメラと盗聴器をみつけた。

 オレがそういうことをできるのは、七十七年生きた経験ばかりでなく、盗撮とは犯罪であり、オレがそれに近づくと頭痛がするからだ。高城も参加した撮影会で、オレが盗撮カメラを発見したことを憶えていたらしい。

「事情を話してくれよ」オレがそういうと、野崎が話し出す。

「彼女のお父さん、娘を監視しているっぽいの。本人は結構、ほんわか系のいい子なんだけれど、スマホに追跡アプリが入っていて、話を聞いても何だか怪しくて……。だから別荘にも、カメラがあるんじゃないかと思ったわけ」

「それを知って、キミたちはどうするつもりだい?」

「娘を監視するのは構わないけれど、これって私たちのことも撮影するってことでしょ? だからそれをネタに、娘への干渉を止めさせようって……」

 それで止めるだろうか……? 確かにこれは犯罪だ。でも、親がとりつけたかどうか? それを立証する術はないし、何より娘の身を案じて、追跡アプリを入れたかもしれないのだ。

 恐らく、もっと色々な話をしていて、野崎たちも違和感をもったのだろうが、オレは今一つ、ピンと来ていなかった。

 それに、気になるのは盗撮カメラは動いていたのに、ふつうの監視カメラは動いていないことだ。娘を監視するため、わざわざ盗撮カメラを仕掛けているのに、玄関や家の周りを映す、監視カメラを起動し忘れることなど、あるのだろうか……? それに盗聴器は録音機能のないもので、電波をとばして、どこか近くで受信しなければいけないものだった。


「冴子さんって大きいのね。私のお兄ちゃんぐらいありそう……」

 オレが全員分の夕飯をつくった。それぐらい、ほぼ毎晩、夕飯をつくっているので苦もないけれど、そんなオレに石倉の方から話しかけてきた。

「あら? 桜子さんって、お兄ちゃんがいるの?」

 一応、女性のような言葉遣いで話をする。オレもだいぶ慣れてきた。

「ええ。大学生なんだけど、仲のいいお兄ちゃんがいるわ」

「一緒に遊びに行ったりする?」

「ええ。うちは家族で遊びに出かけることも多いけれど、兄ともでかけるわ。先週はここを兄たちがつかっていて、私たちは趣味や行動とか似ちゃうの」

「じゃあ、家に電話してみるといいわ。多分、家に今、お兄さんはいないから」

「…………?」

 そのころには、野崎たちが近くに止まっていた車に、石倉の兄がいるのを発見していた。兄が彼女の行動を監視し、追跡アプリを入れ、監視カメラを仕掛け、盗聴器をチェックしていたのだ。溺愛する妹への異常行動……?

 ただ、ここから意外な展開を迎えた。警察につきだすと脅すと、実は親から命じられて、妹のことを監視しに来た、というのだ。

 石倉家は江戸時代からつづく商家であり、業態を何度も転換していたが、今の社長である彼女の父親が商売を成功させて発展した、という経緯をもつ。江戸時代の商家がそうであるように、女系相続が基本であり、娘に番頭の中からこれは……と思う相手を婿入りさせ、家を継がせるのが伝統だ。

 だから別荘もエッチ禁止。変な虫がつかないよう男子禁制、近くで兄が待機して監視していた、という。監視カメラを切っておいたのは、後で盗撮カメラを回収するとき、自分が映ることを嫌ったらしい。

「私たちの尻が軽い……と思われて、それで監視が厳しくなったみたいなのよね。何だか複雑……」野崎がそう愚痴をいう。

「実際、尻が軽いだろ……。非処女率が高い学校なんだし……」

「こうして私たち、エッチしているしね」

 あの後、しばらくして野崎の家に集まり、兵頭と葛西も交えてのエッチをしているところである。

「これは報酬でしょ。女装して、探偵まがいのことまでさせた、その……」

 オレにとって、エッチは報酬にならないのだけれど、これはお疲れ会だと諦めることにした。何しろ、きっと野崎たちは石倉も非処女にしよう、と計画してオレを引き込んだのだから。彼女たちのその価値観が変わらない限り、石倉家から警戒されるのであり、これは商家と娼家のちがいなのかもしれなかった。





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