第75話
Gun
その日は羽沢 葵と会っていた。羽沢は女性っぽい体を手に入れたい、として伊丹の家を訪れた少女であり、今ではこうして単独で会う機会も多くなった。私立のお嬢様学校で中学一年生になった今も、どちらかといえば筋肉質の、体育会系の肉体をしているけれど、だいぶ胸もふっくらしてくるなど、女の子っぽくなってきた。
一つ下のシスター、長谷部 春花が学校で孤立している、との相談を受けて以来、久しぶりの再会だった。
「実は、折り入って頼みたいことがありますの」
ふだんははきはきとした彼女が、言葉に詰まりながら「姉のことを、助けていただきたいのです」
「あの、全裸お姉さん?」
以前訪れたこのマンションで、全裸でうろつく姉と会っていた。ただ、エロさを感じる体……、というより引き締まった筋肉美を感じさせ、ボディビルダーではないものの、7人制ラグビーをするなど、スポーツマンの女性という印象だ。
「そうではなく、二番目の姉ですの」
「三姉妹だったの?」
「いいえ。一番上の兄はもう働いているので、兄妹ですわ。兄の下が全員、女の子ということで、私は四番目ですの」
男っぽい性格からも、どちらかといえば彼女が姉であるイメージが強い。それは学校で、シスターとして年下の長谷部がいることからも、そういう印象を抱いてしまうのかもしれない。
しかしなるほど、両親の年齢もそこそこ高いのだろう。父親は警察の偉い人……といっていたが、このマンションに逃げ込んだとき、すぐに不審者が逮捕されたのは、そこそこの偉い人ではなく、かなり偉い人なのだ。一番上の兄がもう働くほど、年齢が高いなら、両親は少なくとも50後半、官僚機構の中だと、長官を狙えるクラスにまでなっているのだろう。
でも問題は……。
「二番目のお姉さんが、どうしたの?」
「実は……、悪い人たちと付き合いがあるそうなのです」
「半グレ?」
「私もよく存じないのですが、姉もスポーツ特待生で高校に入ったのですが、あまり良い成績を残せず、その結果、大学進学もうまくいかなくなりそうで……」
「今、高三? 何のスポーツを?」
「高三ですわ。バスケをしていたのですが、故障が多くて、高校三年間で、公式戦への出場があまりなく……」
それで絶望したか……。確かに、スポーツ一筋できた人間が、目標を失った状態なのかもしれない。リアル・スラ〇ダンク……といっても、多分この年齢の子には通用しないかもしれないけれど、オレも前の人生では、高齢になってから漫画喫茶でその漫画にハマった。
ただ、気になることもあった。その話を聞いてから、オレは頭痛がしているのだ。これは犯罪の予感、何らかの事件における予兆として、オレに起こるものだ。
これまで、羽沢の姉についてはよく知らない間柄であり、オレも頭痛がしなかったけれど、こうしてかかわりをもとうとするとき、彼女に近づくことが確実となった時点で、頭痛がはじまった。
それはヤバい予感なのかもしれなかった。
羽沢 茜――。高校三年生であり、妹の葵とはちがう学校に通う。彼女の友人から話を聞いたところ、放課後は部活にも行かず、遊び歩いているそうだ。
そのたまり場を聞いて、オレが向かう。そこは一階がゲーセンで、二階がカラオケボックス。学生がたまり場にするには最高の場所だけれど、逆にそれが危険を感じさせた。
ゲーセンの隅で、ゲームもせずに屯する一団がいた。しかも、近づくオレに立ち上がった男の目は、完全に決まっていた。
「なんだぁ、オマエ?」
「オマエらこそ、ヤクはこんなところでやるもんじゃないだろ……」
しかも、まだ高校の制服を着たままで……。そこにおかれた灰皿に、銀紙を火であぶったようなものがあり、本気でヤバい状況のようだ。
「オマエら、覚醒剤なんてやるもんじゃない。どんどん強いものへ、強いものへと流れていき、最後は精神に障害を抱えて、苦しみながら生きることになるぞ。今ならまだ止められる。だから……」
「おいおい、変な奴がいるな……」
そのとき、ゲーセンに入ってきたのは、先頭には眼鏡をかけたオールバックの男であり、その後ろには金髪と、坊主頭の二人組がいる。
明らかにそのスジの男たちであり、恐らく高校生たちへの覚醒剤の供給源だろう。ここで試させているようだった。
「オマエもヤリに来たんじゃないのか?」
「生憎と、まだ廃人になるつもりもないんでね。というより、学生にヤクを試させているのか? 子供たちに販売ルートを広げる気か?」
「オマエも一口乗るのなら、相談に乗るぞ」
狡猾そうな、メガネの奥の瞳をこちらに向けてくる。ヤクザ? 暴力団? 半グレというほど中途半端ではなく、悪事にかかわることを積極的に行う、腰の据わった感じがある。
ここにいる高校生は制服もばらばらだし、恐らくそれは覚醒剤に染まらせ、彼らを売人にするつもりで集められたのか……。そこに羽沢 茜もいるけれど、怯えたような表情を浮かべてくる。
「一口乗るどころか、悪い習慣を乗せられているだろ……。それは口車っていうんだよ。シャブ漬けにして、薬を売らないとお金も稼げないようになり、逃げ出せなくする……。大人の悪知恵だな」
「ほう……。大人の担ぐ神輿に、子供は乗っておくもんだぞ。そうすれば危ない目に遭うこともない。ま、詳しい話は事務所に行ってしようか」
坊主頭が近づいてきて、肩を組もうとしてくるが、膝の裏を蹴って足を崩し、膝を地面に打ち付けた坊主頭は、もんどりうって苦しんでいる。
「悪ぶっているのに、ガキ相手に事務所に行ってしか話ができないのか? チキンだな……。ここで話をしてもいいんだぜ。何なら、警察も混ぜて」
オレが全然、ビビッていないことで、相手もいぶかしげに眉を寄せる。
「この場で話をしてもいいんだぞ。もっとも、オマエが話をできなくなっているかもしれないがな」
「どうせここで暴れて、警察沙汰になったら困るのはオマエたちだぜ」
「警察沙汰? はははッ! なるのかな?」
なるほど、ここの経営者ともグルか……。もっとも、高校生たちを集めるのにここを使っている時点で、事情を知っているはずだ。
「オレが暴れて、外まで聞かれたら? それとも二人でオレを止められると思っているのか?」
逆にそう強がってみせる。本来は、二人の側がつかう言葉だ。
「ふん……。若い奴らの特権だが、たまにこういう無謀な奴が現れる。だが、井の中の蛙は、蛙のままだぞ」
金髪の男が殴り掛かってきた。だが、いくら喧嘩慣れしていようと、覚醒剤を決めている奴の拳など、腰の入ったパンチになるはずもない。軽くかわして、体勢を崩したところで、その横向きになった顔面の、そのこめかみの辺りに思いっきり頭突きをくらわした。
さすがに眼鏡の男も、オレの強さに驚いたようだ。慌てて出て行ってしまう。オレもビビッている高校生たちをふり返り、一人一人、顎をつかんで見定めるように顔を確かめた。その中で一人だけ、目つきがまともで怯えた表情の子がいる。写真でみて知ってもいたので、その手をとってゲーセンを飛び出す。するとそこに、メガネの男が拳銃をもって立っていた。
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