第28話

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「富士見く~ん!」

 駅で、臆面もなくそういって、背伸びしながら手を振ってくる。梅木は恥ずかしがりのくせに、こうして偶に大胆な行動をとる。初夏……と呼ぶにはまだ早いけれど、彼女は初夏を思わせるドレスを着て、ちょっとオシャレをして、精いっぱいに背伸びをしている風があった。

「久しぶり。ゴメン、オレは入院していたんだ」

「え? 大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。ケガをしてね。親から怒られて、携帯電話も取り上げられていたんだよ」

「もしかして、そのケガ?」

 顔にも少し、ケガがのこっている。恐らく、時間が経てば消えるだろうけれど、戒めは心にずっと残るはずだ。

「私もね、ちょっと連絡がつかなくて……。久しぶりのお出かけで、今日はお泊りを赦してもらえたんだぁ~」

 うきうきした気持ちを隠すことなく、梅木はそういった。あまり厳しい親とは聞いていないし、どちらかといえば娘任せでゆるゆるだけれど、ただその娘がふわふわしていて危なっかしい、というのが梅木家である。けれど、その子供っぽさもオレからみれば、とても可愛らしいものに見えた。


 電車に乗って、海の近くの駅に向かう。

「昔、家族で海に行ったんだけど、まだ美波ちゃんが小さかったし、私も泳げなかったから、あまり遊べなくて……」

「まだ泳ぐには寒いだろ?」

「泳がなくていいの。でも、海に行って、ちょっと遊びたいなって思って」

 梅木から、こんな積極的な提案があるなんて、かなり驚きだ。いつもデートに行こうというときでも、話し合いで決めることが多かった。どちらかといえば、オレがここに行こう、と決めて、それに従うのが梅木だった。

 駅から少し歩くと、砂浜が広がっていた。

「わ~い!」

 梅木は靴のまま、砂浜にかけだしたのだけれど、すぐに砂が入って靴を脱ぐはめになった。中学生だけれど、まるで小学生みたいなドジっ子ぶりに、思わず笑みもこぼれる。

 海岸にはほとんど人がおらず、時おり散歩をしたり、海ではサーファーなどがいるぐらいで、季節外れということもあり、閑散としている。

 オレたちは砂浜を走ったり、波打ち際で遊んだり、その程度でも二人なら楽しく、久しぶりのデートを楽しんだ。


 子供二人、泊まる場所はどうするのかと思っていたら、梅木の親戚の人が借家にしている家が、今は空き家なのでつかっていい、ということだった。

「昔、私の家族で来たときも、ここに泊まらせてもらったの」

 夏が近づくと、民泊として宿泊所にもしているらしく、比較的に建物はきれいだ。ただ食材を買ってきて自分たちで料理したり、最初に家をあけ放って、風を入れたりするのが、ホテルなどとはちがう。近くのスーパーで、一緒に買い物をしてから、そこに戻ってきた。

「料理、する?」

「もう! 私がうまくないって知っているでしょ」

「上達度合いをみようかと……」

「意地悪!」

 そういって頬をふくらませた後「ところで、富士見君はどういってお泊りを赦してもらったの?」

「男なんて、親からすれば勝手に大きくなる……というところだよ。友達の家に泊まりに行く、といったら、すんなりOKされたよ」

 幼馴染の七海の家には何度か泊まりに行ったことがあったし、リアの家にもそう言って泊まったことがある。一度目の壁を破ったら、後はなし崩しだ。

「そうなんだ……。うちは女の子三人だから、やっぱり過保護なんだね」

「梅木の方こそ、よく赦してもらえたね?」

「うん……」

 言葉を濁す梅木のことが、少し気になったけれど、今は夕飯の支度の方にまぎれてしまっていた。


 夜になって、二階の夫婦用の寝室だろう。並んだベッドに二人とも横になった。言葉を濁していたように、何らかの決意をもって、梅木はここに来たはずだ。オレが入院している間に、彼女にも何かあったのだろう。また転校……? そういう別れをくり返してきて、ついそんなことを考えてしまう。

 時の強制力というものがあっても、オレは彼女が、どういう人生を歩んだのかを知らないので、彼女が何を考えているかも分からない。別れかもしれない……と思ってもいた。彼女だって、本来ならSNSをみた男から強引に体を奪われる、といった事件に巻きこまれて、ここまで辛い人生を歩んでいたはずであり、それをオレが無理やり変えてしまったのだ。

 その結果として、どういう人生を歩むのか? そしてそれが、どういう結末を迎えるのか? オレにも分かっていない。


「富士見君……、そっちの布団に行っていい?」

 彼女からそう言ってきた。オレが「いいよ」と応じると、彼女は「お邪魔します」といって、オレのベッドにもぐりこんできた。

「へへへ……、あったかい」

 くっついてきた梅木を、オレはぎゅっと抱きしめた。梅木は胸の前に手をおいて、それを受け入れている。

「最初に出会ったとき、こうしてキスされたんだよね……」

 布団の中で、こちらを見上げてくるので、その唇をふさぐ。もう顔を赤くすることはない。胸の前においていた手を、ふっと解いて、左手だけを、オレの腰に回してくる。

 そのままオレは彼女の上になって、彼女を見下ろすようにして、唇を離す。梅木は潤んだ瞳で見上げてきた。

「富士見君は、私にいっぱい、色々なことを教えてくれた。だから、お願いしていい? 私を……女の子にして下さい」


 なぜ丁寧語? それが恥ずかしがりで、トモダチからもにゃ~子と呼ばれていた彼女の、決意でもあるのか……?

「いいのかい?」

「私……、ずっと怖かった。最初に、最初に富士見君に唇を奪われたときもそうだった。自分がどうなっちゃうんだろうって……。でも、富士見君だから大丈夫だった。富士見君だから……。ううん、富士見君となら、大丈夫だって……」

 目にはいっぱいの涙をため、それは恐怖心とともに、それに打ち勝とうとする強い意志みたいなものが滲んでいた。

「電気を消すかい?」

「うん……いや、いい。富士見君を近くに感じていたいから」

 彼女はそういうと、自らパジャマのボタンを外しだす。その下には何も着ておらず、ほどなく全裸となった。

 蛍光灯の下で、初めて彼女の生まれたままの姿をみた。中学一年生でも、まだまだ体は子供……。初潮を迎えたのかどうかも、オレは聞いていない。でも、彼女は大人になろうとして、一歩前にふみだすために、大人という事実を受け入れるために、ここに誘った。一緒に旅行にいこうと言い出した。まだ恥ずかしそうに、手で胸と股間の辺りを隠して、真っ赤な顔をした彼女が、いじらしくも感じられた。





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