第14話

   Haunt


 リアとのドキワクランド。ハーフであり、また背も高いリアはよく目立つ。何しろすでに体は大人のそれといってよく、はっきりした顔立ちもあって、高校生と間違えられることが多い。

 同級生の中で、それほど背が低い方でもないオレでも、彼女とは目線を少し上にするぐらいだから、一緒に歩いていると弟とみられがちだ。オレが純和風の顔をしているから、顔の作りがまったく違うから、すぐに友人との評価に替わるが……。

 リアははしゃいでいた。ジェットコースターも、絶叫というほどではないのに、キャー、キャーといって楽しむ。

 そういう姿は、やっぱり小学三年生の少女だ。

 オレはどうしても、いつも彼女の部屋でしている姿をみることが多いので、大人びた姿の方が当たり前に感じていた。

 父親からの性的被害に怯え、オレと仮初の恋人になって、肉体関係だけをつづけてきたけれど、これが本来の彼女の姿なのだ。


 一通りの乗り物にのって、最後に観覧車に来た。

 ゆっくりとすすむそれが、まったりとした時間をつくりだす。上八尾 リアは静かに語りだした。

「私、転校することになったの」

 その告白は、オレも覚悟していた。何しろ、このやり直しの人生といえど、前の人生と同じことが起きることも多いからだ。彼女は三年生のとき、引っ越していったことだけは知っていた。理由は知らない。

「引っ越すの?」

「うん……。お父さんが私の体を狙っているって、お母さんが赦せなくなって……。それに、郁君との関係がつづくことも、あまりいいことではないって……」

 小学生で、体の関係をもつというのは、やはり親としては不安になるのだろう。いくら理解のある母親でも……、だ。

「私はお母さんについていくことにした。お母さんの実家に近いところに引っ越すから、もう会えない……」

 そこは遠いのだろう。会う気になれば会える距離ではないのだ。もっとも、彼女にとって父親から離れたら、オレなんか用済み……。


「私は……ずっと郁君が好きだった」

「……え?」

 その告白は驚いた。前の人生では、むしろイジメをしてきた張本人であり、何度も酷いことをされたからだ。

「でも、身長の高い私じゃ釣り合わないと思って……。『付き合う?』と言ってくれたとき、嬉しかったけれど、郁君が私の背を越してくれたら……、それまで待っていよう……って、ずっと思っていた」

「もしかして、最初に仮の恋人になって、といったときも?」

「そんな都合のいいお願い、受け入れてもらえないと思って、必死だった……」

 いきなり裸になって、キスしてきたのも、恋人として受け入れてもらおうと必死だったから……。そう考えると納得できた。彼女は背の高さがコンプレックスで、また外国風の顔立ちが受け入れられにくい、と気づいていた。父親の脅威に怯えていた彼女が頼りにした、という時点で、オレに気があったことも確かで、単に幼馴染を救った英雄というだけでなく、本気でオレに救って欲しかったのだ。

 もしかしたら、前の人生でもオレのことが好きだったのか……? 否、多分ちがうだろう。そう思っていた時期もあったかもしれないが、事故でオレがバケモノのような顔になり、その失望と、父親に体を奪われた……という絶望と、そのやるせなさがイジメをしてきた原因だったのか……。


「ここで……、最後の……しよう」

「……え? でも……」

「大丈夫、こうすれば周りから見えないから」

 いくら大きいといっても、お互いに小学生で、それなりに小さいのだ。

 彼女は座席の背もたれに手をつき、オレは座面の方に手をついて中腰になった彼女の後ろから、ゆっくりと挿入した。周りから見る人には、きっとオレの背中しか見えていないだろう。

 あまり激しく動くと観覧車自体が動いてしまうが、そんなことはもう関係ない。一緒につながっている時間を、少しでも長くもつことが、オレたちにとっては重要なのだ。

「私のこと、忘れないで、郁君」

「忘れないよ、絶対」

 彼女の背中からしがみつくようにして、その大きな胸を鷲掴みにする。

「痛ッ……」

 小さくそういったけれど、彼女はその手をふり払わなかった。

 もうこれで、彼女と関係することはないだろう。でも、離れ離れになる二人には、その方がいいのだ。小学三年生、まだまだ色々と知り合う人だって多いだろう。彼女には彼女の人生があり、偶々この一時期、オレと関係しただけのことだ。

 割り切って考えることは難しいけれど、七海とがそうだったように、別れることが前提の人生なら、これも仕方ないことなのだ。


 オレは彼女の中でイッた。何百回もそうしてきた。最初のあの晩、眠ることすら拒否して、彼女は求めてきた。夜が白々と明けることになって、お互い疲れて眠りこむまで、くり返し、くり返し……。

 でも、今日のこの瞬間は、それとはまったくちがった。お互い、もっとわかり合えた、心が近づいたから、もう激しさはいらなかった。

 彼女もぐっと首を逸らして、互いに感情の高ぶりが絶頂に達した。

 観覧車を降りて、しばらく歩いて二人きりになったとき、お互いに熱く抱擁し、そしてキスした。

 言葉はいらなかった。これが別れのキスになると、互いに分かった上でのことなのだから、情熱的で、互いのぬくもりと、唇の湿り気だけが、これまで幾重にも重なってきたからこそ、その知り尽くした間柄だからこそ、別れを惜しんでいるようにも感じられた。


 それから数日後、彼女が転校していったことを知らされた。最後に言葉をかわさなかったのは、何を言っても虚しくなるからだ。

 オレの初めては七海だった。でも、初めて絶頂を迎えたのは、リアだった。彼女との関係で、オレは性というものに目覚めたのだ。

 その彼女が目の前からいなくなり、悲しい気持ちがないといったら嘘になる。でもこれが子供のできる精いっぱいなのだ。知恵も足りず、経済力もなく、いくら中身が七十七歳のオレでも、引っ越していく少女を引き留めることなんてできない。

 でも、確実に彼女の心は救ったはずだ。父親に無理やり奪われ、やるせない気持ちを抱きながら転校していくより、ずっと幸せだったはずだ。

 むしろ、その別れはちょっぴりと痛い、傷心という乙女へのキズを与えたのかもしれない。でも、きっと彼女は立ち直り、前を向いて生きていけるはずだ。そのキズが癒えたら、また新しい恋をはじめられるだろう。

 お互い、いい思い出となって、きっといい人生の糧となるはずだった。


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