僕の目の前の席に座る白石空さん。肩まで伸びた黒い髪に、色白の肌と大きく澄んだ瞳。まるで人形のような美しさと儚さを持つ彼女は、登校すると自席で文庫本を開いた。毎朝本を読むのが彼女のルーティンで、誰かに声を掛けられるまで、たとえ朝のホームルームが始まっても本を読むことを辞めない。

 白石さんに好意を寄せたのは高校一年生の入学式のこと。斜め右前に座っていた彼女の顔と、友人との会話で見せていた笑顔に目を奪われて以来、二年間想いを寄せている。偶然にも三年間同じクラスになったにも関わらず、白石さんと会話を交わしたのは二回。

 一回目は一年生の時に、席替えで隣の席になったときのことだ。「よろしくね」の五文字の言葉だったが、僕にとっては一世一代の勇気を出した瞬間だ。彼女も「うん、よろしくね」と返事をしてくれたのだが、結局そこから会話が続くことがなかった。

 二回目は二年生の時の中間テスト中に、僕が消しゴムを落としてしまった時のことだ。当時左斜め前の席に座っていた白石さんが、足元に転がった消しゴムに気が付き、拾ってくれたので、「ありがとう」とお礼を言ったのだ。それに対して「いいえ」と答えてくれた白石さん。他人から見たら会話とも言えない内容だが、僕にとっては素晴らしき思い出だ。

「おーい席に着け。ホームルーム始めるぞ」

 担任の教師が教室に入ってきた。クラスメイトたちは一斉に自分の座席に戻る。その中で、白石さんは相変わらず集中した様子で本を読み進めている。こんなとき、一言「ホームルーム始まったよ」なんて言葉を掛けられたら、どんなに良いだろうか。だけど結局その勇気を出すことはなく、いつ教師に注意されるのだろうかと心配するだけだった。そんな心配も杞憂に終わり、白石さんは自分でホームルームが始まったことに気が付き文庫本を閉じた。狼狽した様子を見せた彼女の後ろ姿がなんとも愛らしい。

 白石さんには何か秘密はあるのだろうか。学校での様子は、いつも本を読んでいるか、仲の良い友人と会話をしているくらいだ。彼氏がいるような素振りも見たことがない。贔屓目を抜いても容姿は優れている方だと思う彼女に、男の影がないのは、その大人しい性格のせいだろう。学校でも異性と会話をしているところを見たことがない。そういった様子が僕と被るのも、彼女へ好意を寄せる理由の一つだろう。

 誰も知らない彼女の秘密を知りたい。秘密を共有したい。僕の中で「秘密」という言葉が肥大化していく。

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