秘密メイクシンドローム

岩久 津樹

プロローグ

 暗澹とした自室のベッドの上に腰掛けながら、呆けた顔でテレビのチャンネルを回していると、気になる番組に目が止まった。「アッパレ!」という番組名で、視聴率も良く、クラスメイトの話題にもよく上がっている。毎週様々な分野の専門家をゲストに呼び、ひな壇に座る芸能人が思わず「天晴れ」と言ってしまう知識を紹介する内容だ。

『お次のアッパレさんはこの方です』

 不気味なほどに明るいアナウンサーの声と、ひな壇に座る芸能人の割れんばかりの拍手に迎えられて現れたゲストは、藍色のスーツを着て前髪を上げた爽やかな男性だった。

『もうアッパレではお馴染み、心理学者の灰崎さんです』

 灰崎は「アッパレ!」の準レギュラーのような立ち位置らしい。テレビ慣れした様子で、アナウンサーと司会の大物お笑い芸人の横に立つと、一礼をして話し始めた。

『こんばんは。本日は、気になる異性との距離をグッと縮める裏技をお伝えします』

 灰崎の言葉に、ひな壇の、特に男性芸能人たちが大きく反応をする。

『その裏技を使ったら、サツキちゃんとの距離も縮みますか?』

『ちょっとイツキさん、やめて下さいよ』

 ひな壇のお笑い芸人とアイドルと思しき女性タレントとの掛け合いでひと笑いが起きると、灰崎も釣られて笑いながら話を進める。

『えー、では結論から申しますね。ずばり、気になる異性と秘密を共有して下さい』

 秘密という言葉に心が躍った。なぜこの言葉に惹かれたのかはその時自分でも分からなかったが、とにかく秘密という言葉が深く頭に残った。それからテレビに齧り付くと、灰崎の言葉に耳を澄ませた。これほど集中して人の話を聞いたのは久しぶりだ。

『あ、これは他の方には言わないでくださいね? ここにいる皆さんと、視聴者さんだけの秘密にしましょう』

『そう言われると言いたくなるんだよな』

『それです! 皆さん、禁止をされると、かえってやりたくなる事ありますよね? そんな心理現象をカリギュラ効果と呼びます』

『それで仲良くなれるの?』

『なれます。皆さん、今日の話を誰かに喋りたいと思う時、誰の顔を思い浮かべますか?』

『灰崎さん』

『そうですよね。つまり、秘密を共有させる事で、相手に自分の事を考える時間を増やせるのです』

『なるほど、それに二人だけの共通の話題もできるし良いですね』

『仰る通りです。例えば学校や職場での悩みを打ち明けるのも効果的です』

『それじゃあサツキちゃんに、俺が切れ痔だってこと打ち明けよう』

『もう嫌だイツキさん』

 くだらない掛け合いが始まり我に返ると、テレビを消してベッドの上で仰向けに寝転がる。自分にあの人と共有できる秘密はあるだろうか。あれこれと思案してみるが、結局答えは出ないまま、いつの間には秘密という魔力とともに眠りに落ちてしまった。

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