僕はストローを掴んだ。
かえって驚く真来さん。少なくともきっかけを作ったのは僕だし、もう1度だけ謝ることにする。真来さんの目は真っ直ぐに咲舞を見ている。僕には目もくれず、咲舞たち4人に向かって言う。
「真来さん。兎に角、とりあえず、何はなくとも、本当にごめんなさい!」
「貴女たち、どうして一緒にいられるの? ひょっとして聖女様御一行?」
どうしてそうなる? 僕は悪の権化ですか? 魔王ですか?
「あっ、そうか。それでエロエロ大魔王を捕まえて手錠してるんだ。納得!」
おいおいおい。勝手に納得しないでくれーっ! この店では、注文しないとお客様じゃないんですか? 相手は咲舞だよ、咲舞。いくらお客様だからって、褒め過ぎでしょう。
咲舞といえば、咲舞といえば……あ、あれ? 咲舞って何だろう。僕の幼馴染で、学校イチの美少女で、活発で、元々人当たりが良くって、みんなから頼りにされていて、ハイジャンプの日本チャンピオン。完璧……聖女じゃん!
僕は、自分の気持ちに対して、何か大きな勘違いをしているのかもしれない。シルバーに輝く手錠を見て、ふと思う。いやいや、そんなはずはない。僕はがきんちょのころからずっと紫亜たん一筋なんだから。
咲舞のことを聖女様だ言い出した真来さん。言われてみれば、そんな気もする僕。紫亜たんは真来さんに大反発。咲舞がそれに大反発。この2人が仲が悪いのは確定事項のように思える。
「真来さん、分かってないわね。この子は聖女じゃないの。泥棒ネズミよ!」
「はぁ? ジャージなんですけど。コスプレ、してないんですけど」
微妙に本題からはズレているようだ。
事態をおさめてくれたのは、バリスタ風の男。ネームプレートは金ピカで『牧原末夫』とある。70年の歴史を誇るカフェ・ド・ステーブルの創業者。そして真来さんはその曽孫らしい。
創業当初から今日まで、にこやかに身の上ばなしをされると不思議なことに全員が聞き入ってしまう。
「まっさーと呼んでください」
と、お茶目に締め括る。由来は牧原の『ま』と末夫の『す』で『ます』と、主人を意味する『マスター』とが訛って『まっさー』とのこと。
紫亜たんはにこやかな顔に戻り、静かに言う。
「まっさーが引退なさっても、真来さんがいれば安泰ですね」
「まだ中2ですから、至らない点は多々ありますが、自慢の曽孫です……」
同い年なんだ。紫亜たんや咲舞とは胸のサイズが違い過ぎるから、もっと大人なのかと思ってた。まっさーはとても穏やかに続ける。
「……去年、代を譲ったんじゃが真来に久し振りに来るようせがまれまして!」
「見せたかったのよ。ひいおじいちゃんに1000万オーダーの記念を!」
真来さんも穏やかになっている。僕も、咲舞や紫亜たんたちも落ち着いた。
「では、天太郎様。改めてお受け取りくださいますか?」
「もちろんです。謹んでお受けいたします。選ばれて光栄です!」
心からそう思う。『1000万』という数に重みを感じる。
で、何を受け取ったかというと、特盛アイスミルク・5杯分相当! 大きめの金魚鉢の半分程度がアイスミルクで満たされている。で、でかい。とてもじゃないけど1人では飲みきれない。
呆気に取られてぽかんと口を開けたまま金魚鉢を見つめていると、真来さん。
「まだまだよ。これをこうするの!」
ふぁっ? と疑問を挟む余地もなく、真来さんがあれをああした。かろうじて反応したのは咲舞。
「わ……私のアイスミルクが金魚鉢に注がれている……」
咲舞のだけではなく、テーブルの上にあった4つ全てのコップから金魚鉢へとアイスミルクが次々に移される。金魚鉢はピタリと満タンになる。
「さぁ、天太郎くん。空にするまで帰さないわよ!」
と言われても、都合9杯分のアイスミルクの眺めは壮観と呼ぶに相応しい。これを僕独りで飲み干すなんて「さすがに無理だって……」と言わざるを得ない。
「何よ。うちの特製アイスミルクが飲めないとでもいうの?」
何というパワハラ発言だ! 味がどうとかではなく、あくまで量の問題。それは分かって欲しい。飲みあぐねている僕をじっと見つめる真来さん。イッ痛い、刺さる。この期待の眼差しに僕は応えなくてはならない。自信ないけど、飲む!
決意した矢先に紫亜たん。
「大丈夫です。できますわよ、ねっ!」
僕を励ましてくれているのだと思う。これはうれしい。紫亜たんの励ましに応えるためにも、絶対に完飲してみせる! と、改めて気を引き締めると、咲舞たちが続けて言った。
「えぇっ。何も独りで飲み干す必要はないのよ」
「そうよね。私たちの分も注がれているのも忘れないでよね」
「慶子の言う通り。一緒に飲む権利はあると思うわ」
僕はなんて幸せなんだ! みんなは、僕を励ますだけでなく、一緒に飲んでくれるとまで言ってくれる。運がいいというだけではすまされないほどの幸運だ!
「私も忘れてたわ。天太郎くん、ストローを好きなだけ使って!」
「はいっ。では、遠慮なくっ!」
と、僕はストローを掴んだ。
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アイスミルクを一緒に飲む、それって……。
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