紫亜たんとの撮影に臨む!

 いよいよ、紫亜たんとの2ショ撮影だ。素直に褒めることを覚えて3連勝中の僕には死角がない! 新馬戦・弥生賞・皐月賞を連覇したようなもの。ダービーに一直線だ!


 いやいや、油断は命取り。気を引き締め、紫亜たんとの撮影に臨む!


「紫亜さん。お待たせしました!」と、軽めの挨拶から僕の気分は上々。


 返ってくるのは紫亜たん独特の敬語。心なし冷たい。ご機嫌斜めにも感じる。


「いいえ、イダテンさん。私、待たされていませんわよ」


 『さん』付けなのも気になる。けど、大丈夫。素直に褒めれば、紫亜たんだってよろこんでくれるに違いない。


 1度や2度の失敗でめげてもダメ。とことん気付いたところを褒めちぎる。そうすればきっと、紫亜たんの顔も笑顔になる。僕は、紫亜たんの笑顔が見たい!


「それにしても、完璧なお姿ですね!」


 そう、紫亜たんは完璧。胸の大きさを除けば、僕の理想そのものだ。その胸だってこれから発育するに違いない!


 ここでも紫亜たんは「それは良かったわ」と、素っ気ない。笑顔は遠いのか。


 でも、めげてはダメ。勝負はここからだ! まだ3・4コーナーの中間、大欅を通過したところ。最後の直線は500メートル超だ! 決め手はそう、皐月アナから学んだ内面を褒めること。


「紫亜さんのこの映画にかける情熱みたいなのが伝わってくるよ!」

「イダテンさん、口がお上手ですこと。どこぞのおばさんとの情事でご成長なさったんですか? よろこばしいことですね」


 ジョージ? 紫亜たん、何言ってんだろう。おばさんって、どういうこと? ジョージは男性の名前だから、おばさんではないと思うけど。はなしが全く分からないから、兎に角、褒める!


「僕は紫亜さんのファンで、ずっと憧れていたんですよ」

「そーですか。それはありがとうございます」


 素っ気なさはまだまだ続く。


「で、どんなお味でした? いちごですか、蜜ですか? 私はまだ経験がないもので。後学のためにお聞かせ願えないでしょうか?」


 お味って? 「な、なんのこと、です?」としか言えない。はなしが全く分からない。


 紫亜たんは「しらばっくれても無駄ですわよ!」と、語気を強める。機嫌が悪いなんてものではなく明らかに怒っている。対象は僕で間違いない。


 思い当たることは全くない。紫亜たんは何か大きな勘違いをしているのかもしれない。その理由が分かれば、あるいは紫亜たんの怒りを鎮めて、笑顔にできるかもしれない。怒った紫亜たんもいいけど、やっぱり笑顔の紫亜たんが1番だ!


「私、お2人の情事をしっかり見ておりましたのよ!」


 またジョージ。誰だそれ。ミルリーフ産駒か? 唖然とする僕を睨みつける紫亜たん、いつもと違い少し釣り目。ヒントのないなか暗中模索し、1つだけ分かったことがある。紫亜たんは怒っていても美少女だ。安心して怒ってもらえる。


「影でこそこそと、お芝居でもないのにあんな破廉恥なことをなさって」


 破廉恥って! その言葉が恥ずかしい。僕はつい閉口し赤面してしまう。


「…………」


 それを見ていた紫亜たんの様子から、勘違いの理由が明白になる。


「その反応、やはり下手袖で景子さんとキスをされていたのですね!」

「キッ、キス……キス……」


 これは驚いた! 中2の僕にとって『キス』は進んでいるやつにしか縁のないことだ。その『キス』という言葉を、超絶美少女が僕の目の前ではっきりと口にしている。


 その様子は僕の脳内の割と頻繁に再生可能な領域にはっきりと記憶されていて、数秒しかたっていないのに既に何度も再生されている。 


 しどろもどろになりながらも「……いや、あれは……」と発すると、紫亜たんは「言い訳のしようもないでしょうけど!」と容赦ない。


 紫亜たんはどうやら景子アナと僕がキスしたと思っているようだ。それでめっちゃ怒っている。でも、どうして紫亜たんが怒るのだろう。風紀を乱さないためだろうか。


 紫亜たんはめっちゃ怒っているけどかわいい。かわいいけど真剣そのもの。僕は頬が緩みそうなのを必死に堪える。これ以上、風紀を乱すわけにはいかない。いや、むしろ風紀を乱して怒られた方が得か? 一瞬の迷いを振り払う。


 紫亜たんは「男の人って、みんなそうなのでしょうか!」と、独特な敬語で言う。僕はひたすら黙ってそれを聞く。


「問答無用ですわ!」


 紫亜たんの言うように、実際にキスはしていないが、物影とはいえ多くの人の集まるステージの直ぐ横の袖口であそこまで接近するなんて、常軌を逸していた。破廉恥だった! 問答無用と叱られてもしかたない。


「私は恥ずかしさのあまり、最後まで見ることもできませんでしたわ!」


 顔を真っ赤にして怒りを露わにする紫亜たんも魅力的だ。お家に持って帰って毎日でも叱られたい。


 でも、最後まで見てないということは、僕が景子アナどころかまだ誰ともそういう関係になったことがないことを、紫亜たんは知らない。それだけは、はっきりとさせておきたい。

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イダテンくん、紫亜の誤解を解くことはできるのでしょうか!


ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。

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