第20話 玄関前の激戦
休憩が終わった一行は、細い廊下を通り植物園の最後の部屋に侵入した。
この部屋は事前情報通り敵がおらず、普通の植物園のように草花が植えられている。
「この花とそっちの花、ずいぶん成長度が違わない?」
ふむふむと観察していたシャイルが誰に聞くともなく疑問を漏らす。
「他の冒険者が引っこ抜いた後に、ガーゴイルが植え直しているんでシカね?」
「そこまで細かい作業できたらすごいわね。マリー、できると思う?」
「あまり考えたくないけど、できてるんじゃないかな。水とか肥料とかもやらせてるみたい」
言われてみれば、この部屋の鉢植えには特に水の管やその他装置が備わっているようには見えない。魔族の自動化技術、恐るべしだな。
「掃除したり植物を育てたり、魔族って意外に文化的なのね」
「お花の世話用ガーゴイル開発のために、20人くらいの魔族の技術者が日夜試験を繰り返していたのでシカ?」
「おい貴様!このユキカゲグサは肥料をやり過ぎだマゾク!試験やりなおせマゾク!」
「ひぃ~!許してほしいでマゾク!もう3日も寝てないでマゾク!」
突然、マリーとセナが小芝居を始めた。魔族は語尾にマゾクなんてつけない。
「ほらほら、馬鹿なことやってないで、先に進むわよ」
「待ってほしいでマゾク!まだこの部屋の探索が終わっていないでマゾク!」
「シャイルはせっかちでマゾク。おっぱいは大きいのに、器は小さいでマあいたっ!」
調子に乗りすぎたセナがシャイルに堅そうな木の実をぶつけられている。シャイルがほんのり顔を赤らめている姿は珍しい。今まで触れたことはなかったが、胸の話題はNGだったのか。
本気で痛がっているセナを、マリーが戦々恐々と見ていた。彼女の心には「シャイルに胸の話題は厳禁」と刻まれたことだろう。
「さ、さあお姉さま、先に進みましょう」
「どうしたのマリー、いつものようにタメ口で良いんだよ?」
「も、もちろんよ。セナちゃんも頭抱えてないで、行くわよ」
「うう……痛いでシカ……スケルトンより怖いでシカ……」
三人が植物園の扉を開けると、もう館は目の前だった。足元には芝生が整備され、左斜め前の方に土の道が伸びている。その先はナジェナ城館の玄関前だ。そして。
「あの鎧、絶対動くやつよね」
玄関前には
西洋風の全身鎧で、フルフェイス型の兜には精緻な意匠が施されている。
「
「見るからにパワータイプ。2体同時相手は厳しいかな」
オートマタはゴーレムの一種だ。岩石ではなく鎧を直接動かせるよう術式が施されており、物理的な硬さと魔法抵抗力の高さが特徴である。
その反面、走るのはさほど早くない。わざわざ戦わずとも逃げてしまえば良いのだが、三人は気付くだろうか。
「壁で分断しても、あのハンマーですぐに壊されちゃうか。セナちゃん、“
「やってみても良いでシカ、力任せに突破された場合シャイルが危なくなるでシカね」
「その時は逃げるから、心配しなくていいよ」
「いや、下手に逃げると中庭にいる他の敵が反応するかもしれないでシカ。
「あたしの”
マリーは何か思いついたようだ。シャイルとセナも察して、次の言葉を待っている。
「セナちゃん、ドルイドの魔法に、“
「あるでシカよ。山道を歩いていて、急に雨が降ってきた時に便利でシカ。雨宿り場所を作れるでシカね」
「全力でやれば、どれくらい掘れる?」
「うーん、縦横2メートル、奥行き5メートルってとこじゃないでシカねえ」
「じゃあ、こういう作戦はいけるかな?」
マリーは身振り手振りを使って思いついた作戦を説明し始めた。
二人も真剣な顔で話を聞き、時折意見を挟んでいる。
「シャイル、危なくないでシカ?」
「いやあ、これくらいなら何とかなるでしょ」
「お姉さまごめんなさい、これくらいしか思いつかなくて」
「大丈夫大丈夫。前を張るのが戦士の仕事ってね」
話はまとまったようだ。
セナは少し進み、足元に植物園で摘んできた赤い花を置いた。
「シャイル、この花が目印でシカ」
「りょーかい。合図はこっちから出しで良いのね?」
「ええ。それに合わせてセナちゃん、あたしの順で魔法を発動させるわ」
「よし、行ってきますか」
いつものように気軽な様子でシャイルは2回屈伸をした後、前に進み出た。
同時に二人は植物園の出口付近まで下がり、様子を見守る。
『△〇#$%&◎?』
シャイルが館の扉まで10歩ほどの距離に近づくと、自動人形はシャイルの方を向き合成音のような声を発した。おそらく、合言葉か何かを聞いているのだろう。“
「うわ、びっくりした。妙なところで礼儀正しいのね」
全く驚いた様子も見せずに、シャイルはその横を通り過ぎ、城館の扉に手を掛ける。
あれ、これは行けちゃうのか?と思った瞬間、シャイルがいた場所に大金槌が猛然と振り下ろされた。
「前言撤回、いきなり全力はヤバいでしょ」
間一髪、バックステップで躱したシャイルは左右から挟みこんでくる自動人形に棍棒を構える。二棍流もだいぶ様になってきた。
『△〇#$%&◎?』
「何言ってるかわかんないって」
シャイルは右手の一体に素早く切り込み、棍棒を振るう。が、その攻撃はもう一体によって阻まれた。どうやら、自動人形には高度な連携機能も備わっているようだ。
片方が大金槌を振り切った後には必ず隙ができる。しかし、その懐にシャイルが潜り込もうとするともう一体が突きや蹴りで牽制を入れ、なかなか接近戦に持ち込ませてもらえない。結果として、敵の得意な距離感での攻防を強いられている。
「さすがにっ!甘くはないわ、ねっと!」
バックステップに次ぐバックステップ、時には宙返りなども交えて、シャイルはじりじりと後退する。映像としては派手で見応えのある画になっているが、本人に見た目ほどの余裕はなさそうだ。
「お姉さま、がんばって!」
「くう~、ドルイドの魔術体系に
後衛の二人は、今のところ見守るしかない。
一度だけセナが“足止め”を使ったが、予想通り即座に効果を打ち消されていた。
下手にヘイトを稼ぐわけにもいかず、それ以上の行動はとっていない。
きんっ!ごん!がんっ!
時折混じる金属音は、シャイルの棍棒が自動人形の鎧を削る音だ。だがそれよりも、大金槌が地面を叩く音の方が多い。すぐ近くで戦うシャイルは、石の破片で細かい傷を負っている。
「いやあ、やっぱりこのレベルの敵2体はきついわ!」
アドレナリンの分泌を顔全部で表現し、シャイルは笑う。
今回の後方宙返りで、ついに芝生のエリアまで後退してきた。目印の花までは、まだ5歩以上ある。
『△〇#$%&◎?』
「まーだそれ繰り返すの!?平和主義者?」
敢えて自動人形に突撃し、飛び蹴りを弾かせて更に後退。あと2歩。
ごがんっ!
そこにもう一体が振り下ろした大金槌は、地面に
間一髪で躱したシャイルはそのまま金槌の上に乗り、更に柄を踏んで跳躍。
力強く振り下ろした一撃は、自動人形の兜を大きく歪ませた。
「お姉さま凄いっ!このまま斃せる!?」
「いやもう限界!セナお願い!」
「了解っ!“隧道”ッ!」
セナが魔力を込めて放った“隧道”は、シャイルを中心として下方向に孔を穿った。
2×2メートルほどの正方形には2体の自動人形も巻き込まれ、そのまま自由落下する。
「”
そこにマリーの”魔力縄”が飛び、シャイルの腰を掴んだ。
「うりゃぁあああああっ!」
精一杯踏ん張り、そのままシャイルの体を引き寄せる。
165センチほどの身長に加えて鎖帷子も着込んでいるシャイルの体重は、少なくとも80キロ以上あるはずだ。
対してマリーはノーム族ということもあり、130センチ程度しかない。
気合だけでは埋まらない体格差を振り絞った魔力で補い、何とか穴の縁までシャイルの体を移動させることに成功した。
「いやあ、危なかった。マリーありがとね」
「はあ……はあ……お姉さま、改めてすごいわね。あんなの相手によく」
「まだでシカ!穴が予想よりも浅かったでシカ!」
気を抜きかけた二人を、セナが鋭く制した。
穴の深さは3メートル程度で、一度転倒した自動人形は既に立ち上がりかけている。落下によるダメージもさほど入っていないようだ。
「やっば!もうこれ、穴から出てくる前に逃げちゃおう」
「えー、お姉さま、あの鎧欲しくない?」
「無理無理、もう握力ほとんどない」
話している間に、二人に”
「逃げると決めたら、とっとと逃げるでシカ!」
「うわわわ、そういえばこれセナちゃんの魔法だったっけ!?」
「ドルイドの数少ない強化系魔法でシカ!」
「最初からこれ使えばよかったーーーーっ!」
「「……」」
マリーの突いた核心は、“
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