第7話 試作機1号

「これがガーゴイル試作機1号、エンシン君よ」


翌日、いつもより遅めの時間に研究所へ姿を現したアニエスは、やや紫がかった銀色のガーゴイルを伴ってきた。

俺自身、昨夜実物を見せてもらい―――いたく不機嫌だったので、宥めるのに苦労した―――一通りの説明は受けている。今は改めてブレンを含めた関係者への紹介しているところだ。


「家の中で、書架から書類を運んでもらったり、ちょっとした飲み物を持って来てほしい時に使っているわ」

「思ったよりも知能は高そうじゃ。書架の中から目的の書類を選ぶことはできるのかの?」

「きちんと指定してあげたら、その通りの動きはするわね。コップに飲み物を注いで、こぼさずに持ってくることもできるわ」


スタッフの中からも「おおー」と声があがる。俺自身、昨夜は同じ反応をした。


「連続稼働はどれくらいいけるんじゃ?」

「飛んでいないときは、魔力充填の魔法陣に戻るようにしているのよね。限界まで試したことはないけれど、10分程度じゃないかしら」


余談だが、こちらの世界も24時間と60分と60秒で時間を管理している。

これはこの世界のオリジナルではなく、俺が最初に召喚された際に伝えた知識がベースとなり、ノームの細工師が作った時計が広まった結果、現在は普通に使われてしまっている。

ちなみに1週間は6日、1か月は24日で、3か月=72日ごとに5つの季節が巡り、360日で1年としているらしい。こちらは元々こちらの世界にあったものだ。


「重さはどの程度まで行けるんじゃ?」

「持ち上げるだけなら5kgくらいが限界ね。安定飛行させようと思うと、4kgくらいかしら」


なお長さや重さの単位も似たような感じだ。

元々は各種族でバラバラの単位系を使っていたらしいが、地球での標準的な度量衡どりょうこうの考え方を伝えたところ、同じ方法で単位系を確立していたノーム族のやり方が正として広まってしまった。

またその中で、メートル、リットル、グラムといった呼び方も定着してしまった。これは、多種族間で呼称を統一する際に、従来使われていたノーム族の呼び方をそのまま他の種族が受け入れることに抵抗があったからだとか何とか。

なので、こちらの1cmと地球の1cmは微妙な差があるはずなのだが、まあ体感ではわからない程度なのであまり気にしていない。

何はともあれ、地球と同じ単位系で会話できるのは非常に便利だ。


「飛行速度は?」

「最高速も試したことはないわね。家の中で速く飛ばれても、危ないもの」

「それはそうじゃな。ここで試しても良いかの?」

「だったら、屋上を使いませんか?私がいろいろ置いているので、好都合かもしれません」


シャイルの提案に、俺とブレンはぽんと手を打つ。確かに、障害物を避けながらの試験飛行を行うにはうってつけの場所だろう。


「よし、各自適当に重いものを持って屋上に集合してくれ。いろんな形の荷物を運ばせてみよう」

「儂の盾とかも試してみるかの?」

「あれ絶対10kg以上あるでしょ。エンシン君を苛めるのはやめてね」


そんな話をしながら、俺たちは屋上で試験飛行を行うのだった。


◇◇◇


「さすがアニエスの作品だな。趣味で作ったとは思えない高性能だった」


試験結果は上々だった。

エンシン君は、4kgの荷物を持って15分飛び続けることができた。何も持っていない場合は30分だ。速さは、空荷だとシャイルの全力疾走にやや劣る程度。時速25キロは出ているだろう。


「あ、あくまでも試作型だから、まだまだ改良の余地はあるわよ」

「そうだな。実際にどこまでの能力が出せるかと、商用に使うとしてどの程度のスペックが必要になるかは、これから検討していこう」

「理論上の上限はもっとずっと上にあるわ。問題は物理的にどう実現するかね」


試験中さんざん褒められて、機嫌も直ったのだろう。アニエスはすっかりいつもの調子を取り戻している。

研究室に戻ってきた俺たちは、ラウンジスペースで一息ついていた。


「そういえば、俺が昔聞いたときは、絶対作れないとか言ってたよな。どうやって問題を克服したんだ?」

「ちょうど今話した通りよ。もともと、理論上どう作れば良いのかはある程度分かっていたの。魔力で空中に魔法陣ソースコードを描くこと自体はできていたわ」

「そこまでは聞いていたと思う。ゴーレムの素材への落とし込みができないって」

「そうね。それで、少し前にまとまった量のミスリル鉱石を手に入れたの。ゴーレム素材として使ってみたら、うまくいったというわけ」

「げっ!?これミスリルでできているのか!?」


ミスリルは魔鉄鉱と呼ばれる、魔力の伝達効率が著しく高い金属だ。

ヴィルレンガ山脈以南の人族領ではほぼ算出しないため、高ランク冒険者がたまに北から持ち帰る素材が時折出回るのを買い集めるしかない。


「冒険者ギルドの掲示板に、定期的に依頼を出しているのよ」

「あ!たまに見るでシカ!」

「私たちも受けたいって話したことあったわね」

「二人と同じレベルの冒険者が、もう二人いたら狙いに行っても良いけどな。今はまだ無理だ」


そうか。それで時間をかけて集めたミスリルで人形を作り、魔力を通して魔法陣を定着させたと。


「というわけで、通販で使うなら量産化のためにミスリルを山ほど仕入れる必要があるけれど……」

「さすがに、コストが高くなりすぎるな。それに、輸送中にガーゴイルが誘拐されてしまう」


さてどうしたものかと腕を組んだところで、自分のギルドカードで何やら作業していたブレンが顔を上げた。


「それなんじゃが、デルシクスから気になる話を聞いておっての。近々会いに行ってみんかの?」

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