第20話 新たな目標
「魔族との戦争が終わり、奴らはヴィルレンガ山脈の向こうに撤退していった]
執務室の窓から外を見つめるブレンの声は重かった。
視線の先、赤の荒野の向こうには人族と魔族を隔てる巨大な壁、ヴィルレンガ山脈が映る。
「今、我が王国の宮廷は2つの意見で割れておる。山脈を越えて我が国の領土を拡張すべしという意見の北進派と、既存領土内の開発と発展に注力すべしと考える内政派じゃ。北進派の有力者が次兄のアランサリオン、内政派ではおそらく儂が最有力であろう」
スチールフロントと山脈の間にある広大な荒野の開拓。そして最近発展著しい魔導通信技術。
これらを組み合わせると、ブレンが領内や国内でできることはまだまだあるだろう。
一方、
「
「なるほど、わざわざ魔族側に人族へのヘイトを集める必要はないと」
「必要ないどころか、やってはならん。その先、どちらが勝っても泥沼の戦争が続くことになる。永遠に消えない憎しみが両者の中に生まれてしまうじゃろう」
うーん、永遠の憎しみとか言われると、どうかな。
確かにそんな主張をする国が地球にも存在する。だが、ユーラシア大陸北西部には1000年以上戦争・略奪・虐殺を繰り返した歴史を持つにもかかわらず、21世紀現在、表面上落ち着いている地域もある。
おそらく、現代の技術でガチ戦争を始めると失うものが大きすぎるという
「そんなわけでじゃ。儂が次期国王になるためにも、内政面での実績が必要なんじゃ。新事業、新技術への投資はその一環じゃな」
「大戦の英雄という肩書きにこの都市の発展という実績だけで十分じゃないのか?」
「アラン兄は国内経済と人族内の外交で大きな功績をいくつも上げていてな。評価としてはおそらく互角じゃろう」
なるほど、外交巧者とは手強そうだ。権謀術数にも長けているに違いない。
「都市エルフ国家の中では、知のアランサリオン、武のブレンサリオンと面白おかしく比較されているわ」
「それも頭の痛い所でな。乱世ならまだしも、平和の世の中で王に戴くなら賢い者を、という論調に流されかねん」
「もしかしたら、それもアランサリオン氏の計略なのかもな」
その上、王座に就いた直後に他国へ侵攻を始めたりすると目も当てられない。
「リュートよ。正直この騒動にまでお主を巻き込むつもりはなかったんじゃ。ただ通販事業の成功にだけ力を貸して貰いたかったというのは嘘偽りない本音じゃ。
とはいえ、こうなってしまった以上、今後アラン兄との争いは激化するじゃろう。通販事業に関わる限り、お主にも何らかの影響が出るのは否めない」
「というか、攻撃の矛先はまっすぐこっちを向くんじゃないか?通販事業は、大衆を相手にした商売だ。攻撃する理由はいくらでも作れる」
アリゾナ・ドットコムなんて、毎日官民を問わず“貴重なご意見”をいただいている。
「でもまあ、いいよ。今まで通り、俺が面倒見るよ。さすがにこの役割を他の人には任せられない」
全方位に敵を抱えつつ、その全ての人々とうまく付き合うメンタリティは、
それに、シャイル・セナもアイドルとして順調に育っている。今手放すなんて、できるものか。2期生だって開拓していきたいしな!
「あ、いま女の子のこと考えてた」
「そりゃあ、この仕事辞めたらアニエスに会う口実もなくなっちゃうからな」
「っ!なんか、誤魔化された気がするんですけど」
真顔で目を見つめると、アニエスはちゅーとストローで紅茶をすすりながらそっぽを向いた。俺が言うのもアレだが、そういうところだぞ。
「……そう言ってくれて助かる。困ったことがあればいつでも相談してくれ。文字通り、この事業は儂の生命線になる」
「ありがとう。こちらこそ、今後も頼らせてもらうよ」
◇◇◇
改めてブレンと握手を交わし、俺とアニエスは執務室を後にした。
領主の城はスチールフロント山の頂に構えられており、門を出ると麓までの旧市街と裾野から荒野へと広がる新市街が一望できる。
「30年以上も、ブレンはこの街を治めてきたんだな」
「そうね。最初は旧市街の復興、そして新産業の掘り起こしと後援。都市エルフとの協力関係も結ばれ、わたしが正式に研究所を持たせてもらえることになったわ」
アニエスも目を細めて街を見渡しながら、俺の腕にそっと右手を絡めてきた。
「その後は食料自給率改善のための荒野開拓と、それに伴う新市街の建築。地下水脈だけでは足りないから、6年かけて運河も掘ったの」
左手の白く細い指が示す先には、ブレンと都市の住民たちが行ってきた発展の歴史がある。
「王様になってほしいな」
「なれるわよ。あなたとわたしが手伝うんだもの」
そうだろうか。そうなるといいな。
自分がやりたい仕事をやるだけの異世界生活に、思わぬ目標ができてしまった。
そんなことを考えながら、俺はアニエスの手を取り、坂道を下りていった。
~ 第1章 通信販売、始めました 終 ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます