第9話 転売屋許すまじ慈悲はない

翌日は、ダンジョン探索の予備日とした。

シャイルは研究所の屋上に設けた練習場で仮想敵とのイメージトレーニングに励んでいる。セナは買い足したい魔法用触媒があると言っていたので、午後に買い物に行く約束をした。ちなみに、研究所の建物は6階建てで、上2階がアニエスの私邸となっている。シャイルとセナはそこに住み込んでいた。


午前中、俺は研究室のデスクでダンジョンマップを見ながら、次の冒険の大雑把なストーリーを組み立てていた。踏破されたダンジョンは冒険者が地図を描き、ギルドが買い取った上で他の冒険者に販売している。高レベルなダンジョンはギルド側の裏取りも難しいので地図は出回りにくいが、”堕落の逆塔ザ・フォールン”くらいならば隅々まで探索済みだ。


「うーん、やっぱり一度は落とし穴に引っかかるべきだよなあ。でも戦いの中で落ちるとワンチャン事故るし、敵がいない中で落ちるのはセナと言えどもさすがにわざとらしいし……」


そんな独り言を呟いていたところに、アニエスが近づいてきた。


「リュート、ちょっといい?困ったことが起きているみたいなの」


言いながら、後ろに控えていたエルフの研究員に続きを促す。薄緑の髪を肩の高さで揃えた、ややおっとりした感じの女性だ。


「前回の配信で宣伝した丸底鍋について、売れ行きとコメントを確認していたんですが、悪い評価が目立っておりまして」

「うん?それはまずいな。何が起きているかわかる?」

「低評価をつけた方のコメントは、ほとんどの場合転売屋に対する文句と、それを野放しにしているという私たちへの苦情でした」

「転売屋?ちょっと見せてもらえる?」


俺はタブレット(これもアニエスが業務用に開発した)を受け取り、彼女がピックアップしたコメントをざっと読んだ。


『動画では398ゴルドと言っているのに、実際には1000ゴルド以上で売られている。王国は詐欺罪で二人を逮捕するべき』

『詐欺の片棒を担がされてシャイルちゃんとセナちゃんが可哀そう。ブレン領主は今すぐ説明しろ!』

『放送日の夜には在庫切れになっていたが、その次の日には別の出品者が高額転売していた。お前ら、こんな奴らから絶対買うなよ!』


なるほど、いつか現れるとは思っていたが、予想より早かったな。

転売屋だ。


サリオン通販は、アリゾナ・ドットコムと同じように小売業と店舗貸しの両方を展開している。

小売業は、自分でメーカーや卸売業者から商品を買い取り、倉庫に在庫した上でお客様へ販売する売り方だ。

店舗貸しはこれと異なり、実際の商品は出品者と呼ばれる他の小売業者が販売する。俺たちは店舗への入り口と販売代金の回収を出品者にサービスとして提供する。地球では、日本でアリゾナ・ドットコムの競合会社ライバルである『楽々通販』や、中国の最大手『アラジン』が採用している形式だ。

それぞれにメリット・デメリットはあるが、通販事業立ち上げ時にはできるだけ多くの品揃えを確保することに重点を置いた結果、これらの両方を採用することにした。


なお、ここで重要なのは、販売行為には“値付け”と“配送”が含まれるということだ。日本を含む多くの国には独占禁止法が定められており、小売業者は一部の例外を除き、商品の値段を自ら決める権利を持つ。(日本では、新聞・書籍・音楽などを例外として定めている)

つまり、例え人々の迷惑となる転売屋であっても、出品者として自らが販売する商品の値段をサービスの提供者プラットフォーマーが規制することはできないのだ。


今のところこちらの世界にこの法律はないが、将来的に制定されるのは間違いないと踏んでいる。この点は俺とブレンと何人かの法務官僚で検討し、最終的には地球と同様、“出品者は商品価格を自分で決定できる”ことをルールとして明記した。

その際、いずれ転売屋が出現するだろうことも、それに対するカウンターについても青写真は描いていた。


「報告ありがとう。急ぎで悪いけど、丸底鍋を買った人のリストアップをお願いできるかな。冒険者ID・名前・購入数・時間・お届け先住所に加え、できれば購入ボタンを押した場所も調べてくれると嬉しい。個人の行いなのか、組織的な動きなのかを知りたいんだ」

「は、はい!わかりました!あの、もう一回調査項目をお願いできますか?」


俺は少しゆっくりめに繰り返しながら、今の状況と次の手について思考を走らせる。


「アニエス、購入地点のIDと実住所の変換って、権限持っている人限られてたよね。彼女はできる?」

「いや、研究所内では所長しか持てないことになってるわ。リストができたら、わたしがやる」


誰がどこで何を買ったかなどの情報は、データとしては全て取得され、データベースに保存されている。

ただしそれらの情報には段階的なアクセス権が設定されており、アクセスログも残る仕組みとなっている。またこのログは法務局が任意のタイミングで監査できるよう作られており、研究所としては「このアクセスはどういう経緯で行われたものですか?」と訊かれた際、速やかに回答する義務がある。


「その時は頼む。でも、その前にアニエスは今転売している出品者について情報を洗ってみてくれ。やり方は任せる」

「了解。出品者登録している業者ってまだ1000件にも満たないから、すぐに出せると思うわ」

「あー、ついでにその業者が『いつ出品者登録したか』も調べておくと良いかも」

「なるほど、任せておいて」


アニエスは情報分析の分野においても如何なく才能ぶりを発揮する。今のやり取りで意図は伝わっただろう。


「とりあえず俺は、ブレンと話してくるわ」


矢面に立たされるのはあいつだ。遅かれ早かれ情報は届くだろうし、そこで妙な展開にならないよう早めにレクチャーしておく必要がある。

上着をひっかけ部屋を出る準備を整えつつ、俺はブレンの秘書さんにアポイントの連絡をとるのだった。

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