第4話 ただいま異世界
部屋が薄暗いのはカーテンが閉じているからだろう。そのままベランダに出られそうな大窓の向こうからは光が漏れている。
ブレンの肩から降りた俺は部屋を見渡した。アニエスは研究室に繋ぐとか言っていたな。その言葉通り、部屋の一角には大きなデスクがあり、書類やら魔術道具らしきガジェットやらが雑然と積まれていた。広さは12畳くらいあるだろうか。
「あー、とりあえずこの状況について説明してくれ」
俺は酔いが冷めつつあるのを感じながら、二人に問いかける。
「ええと、まずここはスチールフロントの街にあるわたしの研究室ね。あなたがいた頃は対魔族の最前線となる砦があった場所で、その城塞を中心にこの30年で都市へと発展したわ」
「ちなみに戦時の功績から、儂が領主を務めておるぞ」
「その権力を利用して、わたしが研究所と研究室を持たせてもらっているという
スチールフロント城塞は覚えている。鉄鉱山を丸ごと砦に作り変えてしまった、ドワーフの傑作とも言える建造物群だ。目の前に広がる大荒野では幾度となく魔族との会戦が繰り広げられ、一度たりとも抜かれることのなかった文字通り鉄壁の砦。なるほど、戦後処理としてこの領地がドワーフ族の英雄に与えられたのは納得である。
ただ、そんなことよりも。
「そんなことより、俺は帰れるのか?戻れるんだよな?」
「大丈夫大丈夫!こっちの世界はマナ濃度があるから、蓄魔石も3日あれば貯まるわ。それまではゆっくり観光でもしていってよ」
「俺、明後日は仕事なんだが」
「そこも心配しないで。4月28日の22時30分あたりを狙って
「うーん、ならまあ、そこは良しとするが」
俺に黙って犯行計画を立てていた点は釈然としないが、まあアニエスの言う通り久々の異世界観光も悪くない。というか、狙った日時に戻れるならもう少しゆっくりしていっても良いかもしれない。
「急に連れ去った点は謝ろう。だが、一つ折り入って相談したいことがあってじゃな」
ブレンは来客用の椅子を俺に勧め、自らも深く腰掛けた。
「改まって、何だよ」
「相談内容は、さきほど話した通りじゃ。儂は、この国にネット通販の会社を立ち上げたい」
「……本気で言っていたのか」
「地球にいた間、ずっと考えていたんじゃ。あのサービスをこの国でも実現したいと」
「わたしも相談は受けていてね。いろいろ話した結果、できるんじゃないかと思ってる」
ブレンの意思表明に、アニエスも口添えをする。この二人はパーティの頭脳担当だった。そう無茶なことは考えないと信じているが。
「まず確認だが、ネット通販を立ち上げたいと言ったよな。ネット環境はどうするんだ?」
そう、インターネット環境である。カタログ通販ならまだしも、ネット通販はこれがないと話にならない。
予想していた質問だったのだろう。ブレンは落ち着いた眼差しでこちらを見返してくる。
「うむ、とりあえずギルドカードを開いてみてくれ。まだ冒険者ギルドにお主の籍は残っておるはずじゃ」
こちらの世界では、各拠点の冒険者ギルド間で連携を取れるよう、“ギルドカード”という名の魔法が開発されている。自分のカードは本人にしか開くことができず、また内容の更新はギルド職員のみが権限を持つ。カード内には現在受けているクエストの内容や犯罪歴なども記録できるようになっており、各冒険者の身分証明として役立っていた。
「それはいいけど……カードオープン。ってなんだこれ!?」
俺の目の前に、突如として半透明のスクリーンが浮き上がった。大きさはA3サイズくらいあるだろうか。以前のギルドカードは手のひらくらいのパピルス的な魔法紙が具現化する程度のものだったが、一気にSF感の強いユーザーインターフェースに進化している。
「リュートのカードは初期設定のままだから、画面の上半分に旧来の情報が載っているはずよ。名前と冒険者ID、顔写真に各種ステータスと、あとはギルド関連の情報かしら」
「なんかもう凄すぎて言葉が出ないぞ」
スピルバーグの映画にこんなのが出てきた気がする。未来予知によって犯罪を防ぐというあの映画は、何というタイトルだったか。
「設計者として、そう言ってもらえると嬉しいわ。画面下半分は、最寄りのギルドの案件一覧と、冒険者から寄せられた各地の情報交換掲示板が見えているでしょ?」
確かに、画面の左下には“スチールフロント冒険者ギルド 案件一覧”が記載されており、各案件名の右に詳細ボタンが配置されている。右下は『アリージャの森にて鮮血熊を目撃。注意されたし。 投稿者:疾風の鏑矢 ベイン』やら、『マジェナの地下城 地図更新。 投稿者:トロール・パトロール ロッブ』といった冒険者間の情報交換が行われていた。
もう未来なんだか異世界なんだかわからんな。
「ん?今設計者って言ったか?」
「敢えて言っておらんかったが、アニエスはこの世界における魔導技術の第一人者じゃ。情報インフラの技術を200年は早めた
「ただの野菜スティック大好きお姉さんじゃなかったのか」
「確かに、食文化では地球に適わないけどね。情報通信の分野では、こちらもそう負けてはいないでしょ?」
ふんすと音の聞こえてきそうなドヤ顔。
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