エピソード 0-1-5




————それは、誕生日だからと用意された、少し豪華な夕食を食べ終わった後に起こった。




アラタの右腕の甲。そこに残光と共に、ある一つの「印」が浮かび上がる。




————サァ…………。


静かな光。蒼のような緑のようなその光は、次第に勢いを増していき、そして最も力強い光を放ち終わったかと思えばその光は後にひくことなくスッと消えた。


「………契約の光だ…」


「えっ?」


「アラタ!!…お前、どこで契約したんだ!?…竜と!?」


アラタへと駆け寄りながら肩を掴んで叫ぶ父の姿に、アラタはパニックと共に恐怖を覚えた。


『契約』———それは、竜と人を結ぶ儀式。この世界における竜と人との共存を成り立たせるある一つのシステムなのだ。


契約とは、竜が認めた人間にのみ行う事ができる儀式で、その儀式を行う事が出来れば、いついかなる時でも竜の居場所が分かり、また竜との精神や魂とリンクすることで、自分が思っている感情や思いを伝えることが出来る様になるパスを形成できる儀式の一つとされている。


同時に『契約』は人から竜に行う事はできず、また竜から人に行う際にも人側にも拒否権が存在している。


だが、『契約』とは一度受け入れてしまえば、片方が命尽きるまで履行される互いの人生を左右するモノ。そしてある一定の手順を踏まない限り二度と解除されないモノ。だからこそ契約の前に『仮契約』を行える権利が竜には存在する。


『仮契約』はいつでも竜側から解除される契約である。だがその効果は契約の3分の1にも満たず、両者のコミュニケーションにも距離の制限や伝えられる情報の制限等様々な制限が課される。要するにお試し期間のような物だ。


だがアラタは、仮とは言え、契約のステップを通り越して契約を完了させた「印」と呼ばれる手の甲に記される紋様を浮かび上がらせた。それは契約の完了を意味するのだ。


「……知らない…分からない…」


「わからないとはどういう事だ!?契約の完了を証明する印は出ているじゃないか!?」


「————知らない…本当に分からない!」


リビングに怒声の様なものと、それを拒絶する若い声が響く。30秒前にはこんなことは想像もできなかったはずなのにだ。


それを見かねた母親が、静止の声をかける。


「————とりあえず、落ち着きなさい二人とも。お母さんはこういう事に関してよくわからないわ。だけれど、今この状況で怒鳴り込むのは駄目よ?まずは落ち着きなさい。その上で話しなさい。この手の甲の模様は私も気になるわ———」




「………ああ、止めてくれてありがとう。そうだな、まずは落ち着こう———」




こうして10歳の誕生日は波乱を抱えて終えた。結局いくら話し合っても仮契約の相手を見つけることはできなかった。


まだ仮契約だという事が功を奏した。契約であれば両者の同意が必要だ。もし契約になったとしても、アラタに拒否してもらえばこの話はなくなると父は話しており、家族としてはその対応で行くと家族会議の中で決まり、今日の所は解散とした。


もう光もないベッドに体を預けながら、微かに見える紋様を天に掲げてアラタは感じた。


———確信じゃないが、予感のようなものはあった。この契約が誰によって成されたかを。


こうしてアラタは眠りについたのだ。新たな波乱の予感が顕在と成った。この時の中で。







そして3日が経った。あの時から手の甲にある紋様は何の意味もなさず、父親も何かの間違いで時が来れば解除されるのではないかと楽観的な姿勢を少しばかりだが見せていた。


だがこの手の甲の印には、契約したことに起こるもう一つの作用について説明を受けていた。他ならぬ竜騎士としての側面を持つ父から。


そう、それは『竜騎士』への道が開けるという事である。


竜騎士とは、竜と共に戦い国を守る騎士である。竜騎士としての竜の役割は、決して空が飛べる乗り物としての役割ではなく、乗り手である人の意思をくみ取り、様々な場面で対応が出来るように戦う相棒である。


よって、契約が出来ずコミュニケーションが取れない竜騎士等存在しない。竜騎士である以上契約しているのが当たり前であり、契約せずに竜へと乗り竜騎士を目指すことは、絶対的な差を生み出すハンディーキャップであるという事だ。


だが今のアラタには第一の障害である契約をクリアできるかもしれなくなった。だからこそ父は、半ば夢で終わっていたアラタが、半端な気持ちで騎士を目指すと口にしないように言葉を交わし続けていた。


曰く、決して騎士としての敵だけではない。内輪にも嫉妬や権力闘争は存在している。

曰く、竜騎士は花形である以上、貴族との関わりも多い。決して騎士だけの能力が必要になるわけではない。

曰く、竜が好きだからこそ、戦場へと赴き竜を傷つける行為を許さなければならない。時には使命のため国のために、竜の鱗を砕いても前に進み、自身を傷つけても敵のブレスに飛び込まなければならない。

曰く、お前が言う見ず知らずの竜とこれから絆を結び、敵のいる大地へと飛び込ませることはしっかりとした信頼関係がないとできない。お前に竜との絆を結べる覚悟はあるのか?

曰く、父として竜騎士の大変さを知っている以上、半端な気持ちでなるというのであれば容赦はしない。なりたいのなら自分の中で覚悟を決めろ。でなければ諦めろ。


事態は急転した。急に開いた竜騎士の道と、知っていた気になっていた竜騎士の現実。父がいかにして困難を潜り抜けたかがよくわかると同時に、アラタは少し怯んだ。竜騎士としての現実が垣間見えて怖くなったのだ。自身がなくなったのだ。


そしてそんな語らいと共に、あの紋様が出てからもう3日が過ぎたのだ————。




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