それぞれの想い

「オフコラボかあ~、久しぶりだなあ」


 前にオフコラボしたのいつだったっけ。確か半年以上前?

 同期のバーチャリアルの子の家でやったんだよね。懐かしいな。


 …………あれ、そう考えたらボクが家に他人を上げたのって、マネージャー除いたら千早くんが初めてか。彼に対してはな~んか警戒心が薄れちゃうんだよね。


「…………う~ん」


 千早くんのコト、好きなのかなあ?


 そんな気もするし、まだそうじゃない気もする。


 ただ……このままだと好きになるんだろうなあって想いは確かにあって。


 そもそもボクは他人に甘えるのが苦手なんだ。弱みを見せたりとか、出来ればしたくない。

 自分が見せたい自分で他人と接していたい。本当の所は隠していたい。


 そうすれば……傷付くこともないでしょ?


「…………見せちゃったからなあ」


 脳裏に蘇るのは千早くんのあたたかな体温。背中を優しく撫でてくれた手の感触。


 自分でもどうしてあんな事をしたのか分からないけど、びっくりするくらい素直に他人に甘えられた。弱い所を見せることが出来た。初めての事だった。


 …………苦手だからって、そういう相手が欲しくないわけじゃない。

 本当は一人くらい素直な自分を見せられる相手が欲しかった。


 もし千早くんがそういう相手になってくれるなら…………とっても嬉しい。それは本心だ。


 ただそれが恋心なのかと言われると……なんとなく違うのかなって気も少しあって。

 例えば千早くんが女の子だったとしても、ボクが抱いているこの感情は成立する気がするんだよね。


 そういう意味で言えば、ボクが欲しいのは『恋人』じゃなくて『親友』なのかもしれないな。

 腹を割って話せる『親友』。


 何にせよ……千早くんと仲良くすることに異論はない。

 ボクの中の色んな天使と悪魔は、脳内会議の結果そう結論付けた。


 ────そういえば。


 千早くんといえば……バレッタ、多分千早くんの事好きなんじゃないかな。

 この前通話で千早くんの話題が出た時、様子がおかしかったんだよね。

 あの反応は……そんな感じがするんだよなあ。


 まあその辺りの事も今度のオフコラボで聞いちゃおっかな。勿論配信には載せられないけど。


 もし仮にそうなら、不思議とボクは素直に応援出来そうだった。やっぱり恋心じゃないのかもね。


 わかんないや。





「…………オフコラボ……」


 ありすちゃんから連絡がきて、ついオッケーしちゃったけど……やっぱりちょっと怖い。


 姫は何度か打ち合わせ等で会ったことはあるけれどそんなに話したことがあるわけではないし、何より初対面のこおりさんもいる。


 …………そう。氷月ひゅうがこおりさんがいるのだ。


「…………」


 正直に白状すると、私はこおりさんに嫉妬している。


 頭ではダメだと分かってはいる。それでも時々発作のように暗い感情が顔を覗かせる時がある。


 岡さんはこおりさんのファン。

 ファンと恋とは違うと思うけど……私はこおりさんを恋敵のように思ってしまっている。


 そのうえ……この前のエムエムでも負けてしまった。それも優勝が懸かった直接対決で。


 …………私がこおりさんに勝っている部分なんて、一つもないんじゃないか。


 そんな事を思ってしまう。


「……ダメだよね、こんな気持ちじゃ」


 こおりさんは全く悪くない。そのことだけは忘れちゃダメだ。

 自分がネガティブな性格なのは分かっているけれど、嫌な人間にはなりたくなかった。


「…………ふぅ」


 お風呂に入ってさっぱりしよう。嫌な気持ちも、一緒に洗い流してしまいたい。


 初めてのオフコラボ。楽しい思い出になった方が絶対にいい。





『皆さんこんばんは。氷月ひゅうがこおりが午後七時をお知らせ致します。今日も私の配信に来てくれてありがとう。今日は雑談枠です』


 こおりちゃんの甘々なロリボイスが脳髄に染み渡っていく。

 こおりちゃんの声を聴くだけでライフポイントはマックスまで回復するし、何なら小さな擦り傷くらいなら治るんじゃないかと思っている。それくらいのヒーリング効果がこおりちゃんの配信にはある。


『ツブヤッキーでもお伝えしましたが、来週の土日にバーチャリアルの方々とオフコラボをすることになりました。場所はありすさんのおうちです。私はありすさんとバレッタさんとは殆ど面識がない状態なので、実は結構緊張しています』


 へえ、今度のオフコラボは神楽さんの家でやるのか。確かに神楽さんの家は四人くらいなら余裕で泊まれてしまうほどに広い。何なら十人でも大丈夫だろう。


『当日はMMVCの裏話など、まだお伝えしたことのないお話を沢山する予定なので、楽しみにしていて下さいね』


 こおりちゃんの言葉にコメント欄は沸き立っている。優勝した大会の裏話ほど聞いていて気持ちのいいものもないからな。


 それにしてもMMVCの裏話か…………神楽さん、ポロっと変なこと言わなければいいけど。もし俺の存在が、バレはしないでも薄っすらと仄めかされるだけでバーチャル配信者としては致命的だ。それだけのことをあの時俺たちはしていた。


 酒飲んだり、しないよな……?

 世の中の失言の八割は飲みの席で放たれると聞いたことがある。神楽さんの酒癖は知らないが、当日酔ってしまうことだけは避けて欲しかった。酔ったこおりちゃんはまた見たくはあるけれども。


 ……企画はどうせ栗坂さんだろうし、当日お酒を飲むのか聞いてみようかな。今の俺にはそれを聞くことが出来る。連絡先を知っているからだ。


 …………ただなあ。そういう配信の内容について聞くのって、いち視聴者としてどうなんだろうか。

 知り合いの特権と言えばそれまでなんだが、あんまりマナーのいいものでもないよな。

 ましてや「神楽さんに酒を飲まさないでください」だなんて言える訳も無いし。


 結局のところ、俺に出来ることは神楽さんがうっかり失言をしないように祈るくらいなのかもしれない。神楽さんは掴みどころが無いように見えて意外としっかりしているように思うし、多分大丈夫だろう。


『お酒ですか? …………どうでしょう。私は何も聞いていませんが、飲むのかな……? 何にせよ私はノンアルコールにしようと思っています。私、前回のオフコラボを後日見返したんですが……恥ずかしくてアーカイブを残すか迷ったくらいなので』


 酔ったこおりちゃんがまた見たいというコメントが多く、こおりちゃんが拾う。

 そっか、あの最高に可愛いこおりちゃんはもう見られないのか。残念だな。


 …………それにしても、俺も行ったことがある神楽さんの家にこおりちゃんが来るのか。


 こおりちゃんという存在が、またひとつ近付くのを感じた。

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