第51話 「国際ジュニア団体戦、前夜」

 アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ国際空港

 現地時間 午後2時過ぎ


 無事にアメリカへ入国を済ませたひじりたちATCアリテニの一行は、マイアミ国際空港から大型バスへと乗り換え、最初に宿泊するホテルのあるブリッケル地区に向かった。フロリダ州の主要都市であるマイアミは大西洋に面した世界有数の高級リゾートビーチで知られ、映画の聖地とされるハリウッドにもほど近いセレブの別荘地として名高い。年間を通して温暖な気候で、南国ほど暑さが厳しくないため過ごしやすく、11月以降のホリデーシーズンは世界中から多くの人が集まる世界指折りの観光都市だ。


 9月下旬のマイアミは暑さの盛りを過ぎており、時期的には雨季にあたる。平均気温は日本でいうところの7月上旬に近く、湿度も決して低いわけではない。しかし日本特有の蒸し風呂のような暑さを経験している聖たちにとっては、暑くは感じるものの比較的過ごしやすい爽やかな気候に感じられた。


「家が小さいせいかな。なんか高く感じるなぁ、空」

 バスに揺られながら、時差ぼけのせいでぼんやりした顔を浮かべた聖がつぶやく。窓の外に流れるマイアミの街並みは日本とは全く異なり、空港付近を離れると高い二階建て以上の建物がほとんどなくなった。どこも平屋のような1階建てで、道路は広く電柱が全く見当たらない。そのため空を遮るものがなく、視界に入る青空は日本と比べてなんだか妙に広く感じられた。


「ハリケーンがあるからな」

 聖と同じように時差ぼけの為だろう、妙にしゃがれた声で不破奏芽ふわかなめが言った。座って眠っているだけとはいえ長時間のフライトは身体に堪えるもので、奏芽の目の下には薄っすらと隈が浮かんでいる。顔付きと灰褐色アッシュ・グレーに染めた髪のせいで、なんだか機嫌の悪いシベリアンハスキーのようだ。


「高さはねぇけど、地下が広かったりすんだよ」

「シェルターってこと? へぇ~」

 聖は目に見えない地下の空間を想像してみる。地上にあるのは、ぱっと見た感じ想像していたよりも良く言えばのどか、悪く言えば何もない田舎のような光景だ。その地下に、どんな施設が潜んでいるのだろうか?眠たい頭でイメージを膨らませようとすると、どういうわけか昔アニメで見た地上よりも発達した科学技術を有する悪の帝国を思い出した。


 目の前に広がる高く青い空と、南国然とした街並みにはまるでそぐわない空想の地下。こういう妄想を悪い方向に尖らせて行くと、いわゆる陰謀論というやつになるのかもしれない。そんなことを考えていると、聖は自分の思考が徐々に逸れていることに気付き、胸中で苦笑いを浮かべる。肉眼では確認できない、隠れた裏側の部分。そのぼんやりとしたイメージが残す幽かな不安感を吹き飛ばすように、聖は大きなあくびをするのだった。



 バスが目的地に到着し、ようやく移動から解放されたメンバーたちは、降り立ったその街並みを見て皆一様に圧倒されていた。空港からホテルまでの道中で目にした景色とはうって変わり、聖たちが宿泊予定のホテル周辺は昼間だというのに別世界のごとくきらびやかだったのだ。


 マイアミのダウンタウン、金融街区ブリッケル地区にそびえ立つ五つ星ホテル。


 鏡のように太陽の陽射しを照り返しながら燦然と立ち並ぶいくつもの高層ホテルは摩天楼もかくやといった様子で、それでいて地上には心温まるような煉瓦色の屋根をした小さな建物が、鋼鉄の大樹の根元で咲く花のごとく色を添える。隙間を埋めるように濃い緑色の街路樹が多く生い茂り、空の青と相まって見渡す街の光景に生命の息吹を与えているようだった。


「なんつーか、土台が違うよな」

 サングラスをかけて黄色とオレンジのアロハシャツを羽織っているマサキが唐突に言った。普段なら「なんのだよ」と誰かがツッコミを入れる場面だろうが、この時ばかりは言わんとすることが素直に伝わったようで、皆静かに頷いている。ここは日本ではなく、アメリカ合衆国といういまだ世界を牽引する超大国だ。そこにある文化や歴史、価値観といった人の営みに関する根本的な何かが、日本とはまるで異なっている。建造物の出来栄えがどうこうという話ではなく、場所が持つ空気感そのもの・・・・・・・のスケールは、母国である日本と比べようも無い。それは国の成り立ち、つまり土台が違うからだろう。


「でも、試合会場はもう少し遠いんだよね?」

 聖が確認するようにつぶやく。今しがた彼らが到着したホテルには、大会前のレセプション・パーティが開かれる夜までしか宿泊しない。大会の試合会場である『ハードロック・スタジアム』は、今いる場所から約30kmほど離れており、大会期間中はもう少し近くのホテルに滞在する予定だ。


「レセプション・パーティが明後日の夜にあって、その翌日に移動して開会式と最初の試合だよ。対戦順とかはレセプション・パーティのときに決めるの」


 携帯端末を片手に、神近姫子かみちかひめこが直近のスケジュールを簡単に説明する。ノースリーブで薄いピンクのワンピースが如何にも彼女に似合っていて、まるでマイアミへバケーションに訪れたどこぞのご令嬢のように見える。


「ま、短い間だけどセレブ気分を味わおうぜ。高級ビーチも近いってよ」

 マサキと同じようにサングラスをかけた先輩の千石透流せんごくとおるが、いつになく軽い調子でいう。黒いポロシャツに胸元でシルバーのネックチェーンが光り、長髪を後ろで括っている姿は歌舞伎町あたりを縄張りにしている若いヤクザのようだ。しかし何故か、その堂々とした雰囲気がこのマイアミという街の空気によく馴染んでいた。


 メンバーはひとしきり昼のマイアミ・・・・・の街並みに感激すると、各々荷物を持って割り当てられた部屋へ向かう。ホテルの内装も雰囲気も街並みに引けを取らない高級感で溢れており、途中まで一緒にいたデカリョウなどは「これから先の人生でここより良いホテルに泊まるイメージが沸かねぇ」などと余計な心配を口にしていた。歓迎してくれるホテルのスタッフ達は当然の事ながらみな外国人――厳密には聖たちのほうが外国人だが――で、その誰もがファッションモデルかと見間違えそうになるような容姿をしており、聖は数カ月前に初めてATCアリテニを訪れたときのことを思い出した。



 国際ジュニア団体戦は、世界16ヵ国から集まった18歳以下のテニス選手がそれぞれ8名1チームを組んで勝敗を競い合う。試合の内容は男子シングルス、女子シングルス、男子ダブルス、女子ダブルス、そして混合ダブルスの5種目。数年前まで男女別で開催されていたジュニアデビスカップ、ジュニアフェドカップを統合する形で始まった。


 日本の選手でいうならば、素襖春菜すおうはるなのように18歳未満でプロ選手としてデビューする者も当然多くいるが、この大会の参加規程レギュレーションではプロ登録をしていない選手に限定されている。


『若く有望な選手が世界で活躍するチャンスを増やす』という理念の元、ATP、WTA、ITFという世界3大テニス組織がそれぞれ結託して大会の運営を開始したものだ。要するにオリンピックとは独立した形で若い選手を看板にしてテニスのスポーツビジネスの裾野を広げ、ブランディングと市場拡大を狙ったプロジェクトである。


 参加国はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スイス、ロシア、スウェーデン、スペイン、イタリア、クロアチア、セルビア、アルゼンチン、インド、オーストラリア、台湾、そして日本を含む16ヵ国。始めは2つのリーグに別れ総当たり戦を行い、上位2チームが決勝トーナメントに出場する。賞金総額は日本円で約5000万円。優勝賞金はチームに対して約1000万円。主催国以外の国の選手陣には、渡航費や滞在費などが接待支援待遇ホスピタリティとして別途支払われるという破格の条件となっている。


 当然、主催国側は国内の企業からスポンサードを募り、会場には主催国の国内企業がところ狭しと広告宣伝を行う。観戦チケットなどは開催前からオンラインで発売され、席によってはグランドスラムに匹敵するほどの価格で取引されることもあるという。日本では禁止されているスポーツギャンブルも解禁されていることから、ネットを通じてかなり高い注目度も誇る。テニス自体が世界中で再注目されている背景も重なり、テニスの興行は実に巨額の金が動く市場となっていた。


「――とまァ、日本国内のみならず、今や世界はスポーツバブルに夢中、ってか」

 ホテルの部屋で少年の姿を現したアドが、テレビをつけて夕方のニュースを見ながら皮肉めいた口調で言った。どうやら、開催間近の国際ジュニア団体戦について特集をやっていたようで、世界のスポーツビジネス事情の解説が流れていたのを見たらしい。


「練習コートも凄かったよ。なんかもう、ドラマや映画で見た街みたい」

 シャワーを浴び終えた聖がバスタオルで身体を拭いながら感想を述べる。入国から3日間は準備期間で、聖たちはホテルが所有するテニスコートでそれぞれ時差ぼけ解消と最終的な調整を行った。監督である金俣かねまたは聖たちとは別行動で、主にこれまで聖たちの担当をしていたかがりコーチのアシスタントをしていた数名がサポートコーチとして同行していた。


「ここはさすがに極端だとしても、世界トップ選手ともなればこれと似たような待遇を受けながら世界を転戦するわけだ。夢のある話じゃねェか? オメェの想い人もあっちゃこっちゃでご活躍らしいし、そのうちコロっとイケメンセレブになびくンじゃねェの~?」

 意地悪そうな笑みを浮かべるアド。普段の軽口なら大抵のものは聞き流せるが、自分のことではないので無視し辛い。それにこれだけ圧倒的なセレブ感満載の環境を目の当たりにしてしまうと、確かにアドの言うこともさもありなんと思えてきて顔が引きつってしまう。


「で? 今日はお待ちかねのレセプションぱーちーか。ンで明日からはいよいよ試合開始と。つまり今夜はさながら前夜祭みてェなもンか? 連敗して予選敗退とかしたら早々に帰国するハメになるわけだろ? 1つぐれェ勝たねェとなァ~? 精々気張れよ~?」

 腹の立つ顔をしながら煽り散らかすアド。聖は堂々と決勝トーナメントに出場してみせるとハッキリ言ってやりたいと思っているものの、なにぶん生まれて初めて目の当たりにした本物のセレブな雰囲気にすっかり飲まれてしまっている。そしてふと、練習のときにミヤビが言っていた言葉を思い出した。


――ATCアリテニもそうだけど、この環境は選手に対する『投資』なの


 この環境を選手に与える者たちは、なにも善意で選手を歓待しているわけではない。投資に見合うだけの利益を大会や選手に見込んでいるからこそ、贅を尽くしたもてなしで迎えてくれるのだ。日本とは完全に価値観の土台が異なる場所。今与えられているこの状況は、言うなれば報酬の前借りに近い。課せられた役目を果たせないからといって取り立てられることはないものの、結果を出せなかったという実績はきっと後の自分を苦しめることになるだろう。


 聖は金を貰ってテニスをするということがどういうことなのか、それについては日本で選手外活動サイド・ジョブを通して学んだつもりだ。しかしスケールが違い過ぎて気後れしてしまうのは、彼がまだ高校生だから、というのは甘い言い訳だろうか。金額の多寡に関わらず、それに見合うだけの働きをするのがプロであるといえばそうなのだろうが、半年前にやっと義務教育を終えたばかりの聖にとって、そういう大人の世界の理屈をすんなりと受け入れるのはやはりまだ難しかった。


 聖は緊張を隠すように着慣れないサマースーツに着替え、身だしなみを整える。時間を見ると午後7時前。マイアミはサマータイムを導入しているため、外はまだ茜色の夕焼けに染まっている。これからほどなくして、ホテルから少し離れた海の見える特設会場でレセプション・パーティが開かれ、そこで組み合わせ抽選を行い準備が整う。


 ドアがノックされたので応対すると、おのおのが正装に身を包んだATCアリテニのメンバーが迎えに来てくれた。いくらセレブの街とはいえ、ここは日本ではないのだ。夕方以降の一人歩きは絶対厳禁とされており、昼間でさえ基本的に2人以上で行動しろと監督である金俣かねまたが強い口調で厳命していたのだ。


――海外の強盗は脅迫なんかしない。撃ち殺してから奪う。


 やけに淡々と、しかし強烈に凄みのこもった言い方で金俣が言っていたのを思い出す聖。言っている内容が恐ろしいのか、それを口にする金俣の雰囲気が恐ろしいのか判断がつかなかったが、友人である奏芽や先輩のトオルも、あれは大げさではないと言っていた。国が違えば文化が違い、文化が違えば価値観が違う。そうなれば、命の価値も為替のように変わるのだろう。煌びやかで華やかなセレブの街で、聖はなんだか命を狙われる映画の主人公みたいな気分になりながら部屋をあとにした。



 レセプション・パーティの会場までは徒歩で行ける距離なので、聖たちは雑談しながら海の見える特設会場へと向かった。グラウンドフロアから外に出ると、ホテルの前に猛烈な速度で侵入してきた一台の黒い高級車が、ブレーキ音を立てながら荒々しく停車する。地面に擦れたタイヤが嫌な臭いを撒き散らし、聖は顔をしかめた。勢いよくドアが開き、中から数人の男女が騒々しく降りてくる。すると、途端に嵐が舞い降りたかのような言い争いが始まった。


Vigliaccaちっくしょー、 boiaクソが!」


 聞こえてきたのは英語ではない。隣にいた奏芽が、イタリア語だとつぶやいたので、聖は片耳につけたワイヤレスインカムの翻訳機能をオンにした。


「ったくよぉ、なんだってこんなせまっ苦しいクルマに大勢詰め込まれなきゃならないんだあ? オレたちゃテニス選手だぞ! 荷物じゃあねえんだ。もっとマシな扱いをしやがれってんだ」

 堀の深い顔をした眉の太い男が、大きな声で不満そうに言う。上下共に身体へ張り付くようなコンプレッションウェアで、上がブルー、下がレッドとやけに派手な色の組み合わせをしている。大柄で手足が長く、声は荒げているものの、雰囲気から生来の陽気さと大雑把さが感じられた。


「何度もいうな。ワシントンで私たちが乗り換えする予定だった便がトラブルで欠航して、代わりに用意された航空会社がユナイテッド・ブルームだからって嫌がったのはオマエだろう。高速鉄道のチケットはソールドアウト、そのせいで車移動になって準備期間を潰すハメになったんだ。オマエのせいだぞ」


 美しく長い銀髪に、カラスのような黒い服の女性が冷たい口調で批難する。こちらも背が高く、顔付きだけを見ると男か女か判別し辛い中性的な相貌だった。


「しょうがねぇじゃあねぇか。あのクソッタレのリアル・ブルームと繋がりのある飛行機なんて、縁起が悪くて乗れたもんじゃあない。よくて機内食に毒を盛られるか、悪けりゃ飛行機事墜落だってあったかもしれねぇんだぜ? それにはお前も同意してただろうが!」


「気にし過ぎだよグリード。いくらなんでもそれはない。大人しく飛行機に乗ってりゃあ、とっくにマイアミに着いて準備も済ませて、セレブ・ビーチに潜り込む算段だってつけられたのによ。まったく、おめーの気にしい・・・・はビョーキだぜ」


 黒髪でオレンジのバンダナを巻き、紺色のタンクトップを着た一見すると少年に見える小柄な少女が嘲るように高い声で言った。一番子供っぽく見え、年頃は聖たちに近いように見える。


「なにぬかしやがるギル、高所恐怖症のオメーがイタリアからワシントンまでの飛行機の中で気の毒なぐれーガタガタ震えてやがったから、オレは陸路を提案してやったんだ。もう飛行機やだあ~降ろして~って泣いてたのはどこのどいつだ」


「てめぇ! それを言うんじゃあねえ!」


「落ち着いてください、二人とも。とにかく到着したんです。それで良しとしましょう。幸いレセプション・パーティには間に合った。大きな関門は乗り越えたんです。あとは試合に向けて集中しなければ」

 美しい金髪をした青年が、2人をなだめる。肩あたりまである金髪にはクセがあるようで、ところどころカールを巻いていた。ピンクと紫の中間みたいな色のブレザーに身を包み、その落ち着いた素振りからは柔らかくも頼りがいのある印象を受ける。


「ジオの言う通りだ。確かに道中色々あったが、無事到着できたなら一旦水に流せ。リーチ、フルテット、ホテルのボーイを呼んで荷物を運ばせろ。ウナーゾとムーディは練習コートの確保。時間が無い。今夜中に各自調整を済ませるんだ」

 黒髪を切りそろえたおかっぱのような髪型をした、一際堂々としたオーラを放つ女性が事務的な口調で言い放つ。胸元の大きく空いた奇抜なデザインの白いスーツを嫌味なく着こなしながら指示を飛ばす様子から、彼女こそがこの騒々しい連中のリーダーであることが窺えた。


「はァ!? パーティのあとに練習すんのかあ!? 酒飲みてぇよ!」

 さきほどギルと呼ばれた少年に見える少女が、映画で見せるようなオーバーなリアクションをしながら懇願する。


「今夜は飲酒禁止だ。ワガママいうな。運よく今夜の抽選で試合が明後日になるなら飲んで良い。それが決まるまではダメだ」


<なンだ、このやけにギラついたギャングみてーな連中は>

 突然現れて嵐のように騒がしい言い争いを目の前で繰り広げた彼らを見て、アドがそんな風に言った。イタリア語を使っていること、自分たちがテニス選手であると言っていたこと、そしてなによりこの場にやってきたことから、彼らが国際ジュニア団体戦のイタリアメンバーであることは明白だった。


 イタリア連中がホテルのボーイを呼びつけ、ワチャワチャとしている様子を、ATCアリテニメンバーはついつい足を止めて眺めていた。すると、それに気付いたらしい金髪の青年が穏やかに微笑みを浮かべて全員に目礼を送った。釣られて、ATCアリテニの面々もなんとなく目礼を返す。


「グリード! 見ろよ! ジャポネーゼがいるぜ! ありゃスモウレスラーだ!」

 オレンジのバンダナをした、さきほどギルと呼ばれた少女がデカリョウに向けて指をさして嬉しそうに叫ぶ。名前を呼ばれたブルーのコンプレッションウェアを着たグリードがマジだ!と同じような反応をし、2人して駆け寄ってくる。


「ヘイヘイ、えーっと、あれだな。コンチンチンワー!」

「コンチンチンワー!」

「すげーデケェな! 見ろよこの腹! 何入ってんだ?」

「そりゃチャンコだろ、テレビで見たぜ。スモウレスラーはチャンコしか食わねぇ」


 まるでテーマパークで着ぐるみを見付けた小学生のように、馴れ馴れしくデカリョウの腹をまさぐりながら本人をそっちのけでゲラゲラ笑っている2人。当のデカリョウはというと、こういう対応に慣れているのか、実に微妙な笑みを浮かべながら大人しくしている。相手が飽きるまではとりあえず好きにさせるのが方針なのだろうか。


「オイあれやってくれよ、ドスコーイ! っての!」

「ゴッツアンデース! ギャハハ! God&Death!」


 そろそろ声をかけて止めさせた方が良いんじゃないかと思い始めた聖だったが、デカリョウは突然目をカッを見開くと、唸り声をあげながら見事な四股しこを踏んでみせた。


「どっっっすこーーーーい!!」


 そういえばデカリョウの父親は本物の力士で、大きくはないものの実家は相撲部屋だったなと聖は思い出す。彼自身は幼少の頃まで相撲をしていたが、なんやかんやあって途中からテニスを始めたと出会った頃に聞いた。とっくに相撲からは身を引いているはずだが、デカリョウが見せた四股は中々に見応えがあった。イタリアの2人はすっかり感激し、四股の真似をしては爆笑している。


「オイ2人とも! いい加減にしろ!」

 そこへ、オカッパ頭で白スーツの女性が鋭く吠えた。


「いっけね、ティッキーがキレる!」

「じゃあな、スモウレスラー!」

 ふざけていた2人はイタズラが見つかった少年のような表情を浮かべ、慌てて戻っていく。2人がティッキーと呼んだ白スーツの女性は、聖たちに鋭く油断のない視線を一瞬だけ向け、特に何の反応も示さず背を向けた。


 大西洋からの海風が吹き抜け、マイアミに夜が訪れ始めたことを告げていた。


続く

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