第25話 「白星の行方」

「お、エノさん来てくれたんですか」

 テニス特戦隊のリーダー西野陣にしのじんは、スーツ姿のテニスコーチ榎歌考狼えのうたこうろうが試合会場へやってきたことを喜んだ。西野をはじめ、テニス特戦隊チームのメンバーは全員が榎歌の生徒だ。

「決勝進出とは驚きました。あの2人、何をしでかしたんです?」

 大会の運営本部に掲出されているトーナメント表には、テニス特戦隊が最初の試合でATCアリテニ勢のチームを撃破したことだけが記されている。榎歌にはなんとなく想像がついたが、念のため西野に経緯を尋ねた。


「やれやれ、高鬼たかぎ君が無事なら良かった。テニスボールとはいえ、危険ですからね」

 中学生のスゲとヤベによるATCアリテニ最強の男子ペア撃破の経緯を面白おかしく西野は語ったが、榎歌はくすりともせずむしろ呆れながら言った。いくらテニスボールでも、当たり所が悪ければ取り返しのつかない事故になり得る。故意ではないからこそ、誰も幸せにならない可能性のある話を、笑って聞き流すことはできない。


 当の2人は、今まさに最後の試合を懸命に戦っている。意外なことにスコアこそ競っているが、内容を見れば力の差は歴然だ。派手な髪色をした対戦相手の露骨な怒鳴り声に、スゲとヤベはすっかり委縮しているようだ。

(あれは確か不破ふわ選手。彼はこんなパフォーマンスをするようなタイプじゃない。大方、あの2人が沼沖ぬまおき君の悪口でも言って、揺さぶりをかけたんでしょう。あの怒りの演技は、相手よりも味方の為か)


 スコアと男ダブの様子を見て、大体の流れを察した榎歌。スゲとヤベには揺さぶりのかけ方をレクチャーしたが、揺さぶりを受けた時の対処方法については教えていない。対戦相手が徐々に持ち直しつつある所を見ると、恐らくこのまま決着がつくだろう。


(生兵法は怪我のもと、教え直さないといけませんね)


 榎歌は、無言のまま左隣のコートへ移動した。



■男子ダブルス 試合進行 4-4 不破・沼沖 サーブ


 奏芽の露骨な怒りのパフォーマンスは、スゲとヤベを完全に委縮させることに成功した。奏芽の容姿は整っている方だが、今は眉間に皺を寄せ怒りに顔を歪ませている。アッシュグレーに染め上げた髪と、黒で統一したウェアを身にまとうその姿と相俟って、さながら牙を剥いて唸るシベリアンハスキーのようだ。大袈裟な演技ではあったが、充分に中学生2人を騙しおおせたようだ。


「ヤバイよスゲ君、あの人完全にブチ切れてるよ!」

「計算外だヤベ君、まさかペアの方が激おこだよ!」

 2人がやったことを客観的に考えれば、コートチェンジの際に相手が煽ってきたから言い返しただけである。だが奏芽が口にした「アイコだよな」というセリフは、スゲ・ヤベが最初の試合でやらかした不幸な事故に関することだった。


 確かに2人はATCアリテニ男子最強ペアを、あまり褒められたものではないやり方で撃破した――犯人はスゲ――。しかし当然のことながら、あれは意図したものではない。本当に偶然、たまたまデカリョウの玉に球が当たったのだ。中学生2人のレベルで狙って出来ることではない。


 悶絶しながら昏倒したデカリョウが再起不能リタイアした時、2人はどエライことをしでかしたと平謝りし、ペアであるマサキはそれを許した。真っ青になっていた中学生2人は気付かなかったが、この時マサキは笑いを堪えるのに必死で2人を責めようなどとは露ほども思っていなかった。むしろ良い画が撮れたと内心万々歳で、今夜中に面白おかしく編集した動画をSNSで投稿してバズってやろうと考えていたぐらいだ。


 デカリョウのペアであるマサキから許しを得てひとまず安心していた2人だったが、ここへきて今日の事を掘り返され、すっかり動揺してしまった。奏芽の顔と名前は知っていたが、ほとんど絡みが無く知らない人といっても過言ではない。中学生2人にとって、赤の他人を大激怒させるのはやはり恐ろしい。自分たちの非に心当たりがあるなら尚更だ。


(計算外だァ~! 午前中の出来事だったからもう気にしてなかったけど、そりゃ良く考えたら仲間をやられてるんだから怒るのも当然だった! ヤベ君ど、どうしよう~!?)


(あの人絶対冗談通じ無さそうな顔してるよォ~! 僕らのどっちかに、或いは両方に気合いの入った一撃をくれてやるまで絶対おさまりそうにないよォ~ッ!)


 理由はどうあれ、想定していなかった出来事に慌てふためく2人。相手を怒らせるところまでは良かったが、その怒りを露骨にぶつけられるところまでは考えが及ばなかった。


(でも、今さら謝っても手遅れだ! こうなったら行くところまで行くぞヤベ君!)

(分かったよスゲ君! そういう思い切りのいいところはさすがだと思うよ!)


 奏芽の怒りの演技を目の当たりにしたことで少々勢いを挫かれた2人だったが、とにかく方針を決定した。多少のぎこちなさはあるが、気にしないフリをして誤魔化そうという魂胆だ。


 一方、奏芽は怒りの演技を続けながら2人を観察していた。


(この2人がアホで良かったぜ。オレが最初からキレてねェ・・・・・・・・・って事に疑問は感じなかったらしいな)


 2人の様子を見て奏芽は胸中でほくそ笑む。もし奏芽が仲間をやられて怒り狂っているのであれば、試合開始当初から怒っていなければ辻褄が合わない・・・・・・・。何があったワケでもなく、突然ゲームの途中から怒りだすのは不自然なはずだが、生憎とスゲとヤベはそこに気付かなかった。無論、相手がそういう所に気付きそうなタイプなら、当然別のやり方を考えてはいたのだが。


(で、ブンの方はどうかねぇ)

 奏芽は普段、比較的口数が少ない方で怒りを表に出すタイプではない。ATCアリテニでやんちゃな小学生ジュニアを一喝する時に怒鳴ることがある程度だ。傍から見た不破奏芽という男は、見た目こそ派手だが基本的に無口でいつもムスっとしているヤツ、である。


 そんなやつが急に試合中、好戦的かつ攻撃的な態度に豹変した。恐らくブンならその不自然さに気付く。それが切っ掛けとなって冷静さを取り戻すに違いないと奏芽は読んでいた。そうなれば計算通り。しかし、問題はその後である。冷静になったブンが何をどう考えるか。対戦相手のこと以上に、奏芽はそちらの方に気を揉んでいた。


 ふと視線を感じた奏芽は、相手コート後方のフェンス付近に目を向ける。コートの外では、今回は奏芽と別チームである友人、神近姫子かみちかひめこがどこか心配そうに試合の展開を見守っていた。


(ったくどいつもこいつも、世話が焼けるぜ)




 ボールを受け取ったブンは、ようやく周りが見えてくるようになったのを感じていた。今の今までだって、物理的に周りの景色は目に入っていた。だが見えていたかと言われると正直怪しい。それほど、第3ゲーム終了直後にスゲの放った一言はブンの1番柔らかい部分を突いた。


 沼沖家は代々政治家の一族で、ブンの両親も代議士だ。曾祖父は当時野党ではあったものの党首を務めたこともあるほどの人物で、親族には現役の国会議員もいる。年の離れた兄たちは、現在与党に在籍する議員の秘書を務めている。ゆくゆくはブン自身も政治の世界に身を置くことになるのだろうと、ぼんやりとした自覚があった。


 だが、ブンは自分が本当に優秀な親族たちの家系なのかと自分で疑うぐらい、普通だった。三男坊であることが関係しているかは分からないが、両親はそれほど自分を政治家にしようと躍起になっている気配はない。小中と公立の学校を卒業し、高校も自分で選んだ場所に通わせて貰っている。それでも、彼が一般的な子供に比べてかなり恵まれた環境を与えられているのは確かで、その事にブンが自覚的になったのは割と最近のことである。


 両親は大事な息子がやりたいと口にした全てを叶えるだけの力があった。熱しやすく冷めやすいブンは、幼少から様々な分野の習いごとに手を出していた。野球、サッカー、水泳、乗馬、柔道、ピアノ、語学、プログラミング、陶芸、ボーイスカウト、そしてテニス。


 ブンがマサキとデカリョウと同じクラスになったのは小3の時だ。マサキは草野球、デカリョウはバレーボールの少年チームにそれぞれ所属していた。いつの間にか仲良くなり3人でよくつるむようになると、週末にそれぞれ別の習い事をしているのを嫌がり、その時ブンがやっていたテニスを3人でやろうということになった。


 お調子者だが人の機微に聡く、頭の回転が早いマサキ、ボケっとしているが身体も人の器も大きくおおらかなデカリョウ、そしてブン。2人に比べると、自分には突出したものが無いなという自覚は、幼い頃から既にぼんやりとブンの中にあった。そしてそれを痛烈に自覚したのは、マサキとデカリョウがテニスを初めて半年足らずのうちに試合で優勝した時だった。


 賞状と小さなトロフィーを誇らしげに掲げる2人を、ブンは羨ましそうに見ていた。親や友達に祝福される2人。調子に乗ってふざけてみせるマサキとデカリョウの姿を見て、初めて2人を遠く感じてしまった。


――ぼくの方が、先にテニスをしていたのに


(クソ、関係ねぇだろ!)


 祝福の光に包まれる2人と、その影にいる自分の記憶。


(2人がテニス上手くなったのは2人が努力したからであって、オレがそこまでじゃねぇのは2人ほど努力してねぇからだ。2人には才能があって、オレには無かった。身長や外見と同じさ。持ってないから劣ってるなんてことにはならない。オレだってテニスが好きでやってんだ。上手くなる、ならねぇなんてどうだっていいことだろ! やっかみもいい加減にしろよ女々しいな!)


 思考を無理やり振り払うかのようにサーブを打つブン。辛うじて1stサーブは成功するも、狙いも何もないただ入っただけのサーブ。だがそんなサーブでも、今のスゲには充分だったらしくリターンをネットした。


「オッケェ、ナイス!」


 その声掛けにハッとするブン。

 奏芽が力強い眼差しで、大袈裟に拳を握ってガッツポーズを見せる。


「お、おぉ、サンキュー。次、いくぜ」

 奏芽の急な豹変とその後の振舞いには驚いたが、そのお陰でブンはある程度立ち戻ることが出来た。頭に昇っていた血は下がり、自分が上手く呼吸していなかったことに気付く。ボールを受け取り深呼吸し、次に備える。


(お陰で冷静になれた。ありがとな、奏芽)

 ボールを地面につきながら、友人の気遣いに感謝するブン。しかし劣等感を刺激された怒りと羞恥心は幾分落ち着いたものの、頭に残った自分自身に感じる惨めさは依然としてそのままだ。親友たちに嫉妬し、彼らの凄さを心から喜べない自分。幼稚な駄々を捏ねてしまっている己の不甲斐なさだけが、冷静さを取り戻したが故にクッキリと浮かび上がってしまった。


(止せ、今はダブルスだ。落ち込んで勝手に自滅するのは一人の時シングルスだけにしろ)


 自分自身が持つ劣等感に、なけなしの克己心こっきしんで抵抗する。際立った何かを1つも持たない平凡な少年は、それでも、最後の意地を奮い立たせて戦った。



■男子ダブルス

 〇不破奏芽・沼沖文学 VS ●菅 亘・矢部穂信

 ゲームカウント 6-4



 左隣のコートでは、もはや勝敗が決するまで秒読みとも言える女子ダブルスが行われていた。彩葉さいは鏡花きょうかにとって、今日は誰が相手であっても強敵と戦う事になるのは分かっていた。もしかすると2人とも自信を失うかもしれないと懸念していた榎歌だったが、どうやら杞憂らしい。天と地ほどの差があるにも関わらず、彩葉と鏡花は日本でもトップクラスである桐澤姉妹を相手に食らい付こうと必死に抗っている。それも、敗北は目の前まで迫っているというのに、そんなことは歯牙にもかけないといった気迫を見せている。


(どうやら、私が来る前に乗り越えたようだね)

 2人の姿を見た榎歌は、彼女たちがこの試合で何をどう乗り越えたのかを悟る。少々心配し過ぎだったかもしれない。それならもう少し日々の練習強度を上げても良いかなと、2人が聞いたら顔を青ざめるようなことを考える。


(本物と戦うという貴重な経験、存分に味わうんですよ)


 果敢に挑む2人の背にエールを送ると、榎歌は更に左隣のコートへ移った。



■女子ダブルス

 試合進行 5-0 桐澤姉妹 リード



 彩葉と鏡花は必死に抗った。しかし、ゲームカウントは言わずもがな。相手のサービスゲームで一矢報いた――たった1ポイントだが――ものの、既にポイントは先行されている。


(あともう少し、もう少しだけ戦っていたい!)

 サーブが放たれ、鏡花がリターンする。ボールは鏡花の苦手なバックの高いところへ飛んできたが、鏡花は必死に食らい付く。ガチ、っとした不快な音はボールがラケットのフレームに当たったことを意味し、相手前衛の前にチャンスボールが上がる。


(ダメ、やられる――ッ!)

 ラケットがボールを真芯で捉える快音と、その直後、ボールがネットに当たる音・・・・・・・・が響いた。


「は?」

 チャンスボールを打ったままの姿勢で固まっている雪菜。

 その姿勢は、まるでテニス雑誌に掲載されている、プロの連続写真の1枚のように美しいフォームだ。ポイントを決めてさえいれば、さぞ誰もが見惚れるようなシーンだったに違いない。ポイントが決まってさえいれば・・・・・・・・・


「キ~~~ナ~~~?」

 般若のような表情を浮かべながら、じわりじわりと詰め寄ってくる雪乃。


「チャンボミスっていいのはピチピチのギャルだけって言われたでしょうがぁ!」

「ワ、ワタシ、現役女子高生、ピチピチギャルヨ……」

「……じゃあしょうがないか」

「いいんか~い!」

「あんたが私ぐらい可愛くなかったらボコボコよ」

「双子やないか~い」


 中学生2人をそっちのけにして茶番を繰り広げる桐澤姉妹。

 やり取りを見ていた彩葉が、思わずぷっと吹き出して大笑いする。


「「ウケた!?マジで!?」」

 2人の天然のハモりが追い打ちとなってますます笑いのツボに入る彩葉。

 しかし、彩葉が笑ってしまったのは2人のやり取りが面白かったからではない。


――そっか、この人たちでもミスするんだ


 圧倒的な力の差を感じていた相手が、まさかあんな大チャンスボールをしくじるとは。正直言って、自分たちがやらかすようなミスだ。最強ペアが、そんな大失敗をやらかすなんて夢にも思わなかった。


「楽しいね」

 鏡花が傍にきて、上品にクスっと笑う。

「そだね、ホント、楽しい」


 試合の最中にも関わらず、4人の少女は、コートの上で笑顔の花を咲かせていた。



■女子ダブルス

 〇桐澤雪乃・桐澤雪菜 VS 五味彩葉・九頭竜鏡花

 ゲームカウント 6-0


【試合進行途中経過】

 チーム「雪ん子」

  男子ダブルス〇 女子ダブルス〇


 チーム「テニス特戦隊」

  男子ダブルス× 女子ダブルス×



 榎歌がミックスの試合が行われているコートの様子を伺うと、挑夢と夜明はどうやら言いつけ通りきちんとダブルスをしているようだ。どうせ挑夢が1人で全部やろうとして、上手くかみ合わないまま圧倒されるかと思っていただけに、これは意外だった。2人の動きを観察して感じることは、どうやらゲームメイクを挑夢ではなく夜明が担っている。榎歌はコート内のメンバーから見えないよう、そっと日陰に身を隠す。獲物の動きを見極めようとする狼のように、身体だけではなくその気配を消す。


(相手は雪咲さんと能条君か。挑夢の調子は良さそうだが、能条君が集中していない。それをカバーしようとする雪咲さんが徐々に削られ、挑夢たちは上手くそこを突いている。これは、どちらに転ぶかまだ分からないな)


 興味深げに日陰から観察する榎歌の瞳には、奮戦する4人の姿がしっかりと映っていた。


■ミックスダブルス

 試合進行 4-4 東雲・月詠 サーブ


 結局、蓮司のサービスゲームを落としてゲームカウントが並び状況はイーブンとなった。だが、次は夜明のサーブだ。状況的にはまだほんの僅かに蓮司とミヤビに歩があると言えるだろう。自分たちがまだ有利であるうちにこのゲームをものにしたいミヤビは、足を小刻みに動かして集中力を高めようとする。


(さっきはつい挑夢の動きにつられちゃったけど、冷静にやれば対処できる)

 ミヤビはこれまでの試合展開を振り返る。ミヤビ達が強打や速球を使うタイミングを見計らって、挑夢が強襲を仕掛けてくる。しかしそれは破れかぶれの勘ではなく、2人の打力装填ローディングのタイミングをしっかりと見極めた上で狙ってくる一種のカウンターだ。


(なら、ディレイで見極めよう)

 打つ瞬間の溜め・・を察知して素早く襲ってくるのであれば、動作受付時間ディレイを最大限使って後の先を取る。相手の打つ球速やテンポが速い場合、この技術の難易度は跳ね上がるのだが、夜明の球速なら問題ない。動作受付時間ディレイを充分使った上で挑夢の動きを見極め、逆を突く。


 ミヤビは速度を出さず、夜明がコントロールし易い返球をする。夜明は中級者ぐらいの実力だが、狙ったところに打つ能力はかなり高い。丁寧に必ず彼女が意図した場所へ返球してくる。だからこそ、正確に読み通りのところへボールが飛んで来てくれる。


(ここ!)

 ミヤビは強打する構えを見せ、力を溜める。このまま振り抜けば、本来ならボールがクロス方向へ駆け抜けるタイミングだ。その球威なら夜明の返球能力が追い付かず、そのままミスするか決定的なチャンスボールになるだろう。だが、先ほどまではそれを尽く挑夢が捕まえてきた。


 ミヤビの視界で、挑夢がスタートを切ったのが分かった。

 瞬間、タイミングをズラしてストレートへ打球方向を逸らす。


(よしッ!)

 先んじて一歩動いた挑夢の脇をボールが駆け抜けるイメージが浮かぶ。

だが、ミヤビがボールを打つより速く挑夢が反転し、跳んだ。


「!?」


 放たれたボールを即座に挑夢が捕まえ、球威を利用して鋭く角度のついたボレーが決まる。相手のストレートをダイビングキャッチした挑夢は、空中で猫のようにバランスを取る。握っていたラケットから手を放して放り出し、両手両足を地面について着地する。それはまるで大型の肉食獣のようだ。


(反応……いえ、読まれてた・・・・・――ッ!?)

 咄嗟の反応にしては速すぎる。最初のポーチがフェイントだったのだ。

 読んでいるつもりが、まさかこっちが読まれているとは。


 その後も、まるで相手に全ての狙いを先読みされているのかと錯覚するような形でポイントを失い、ついにはキープを許してしまった。蓮司のプレースメントが下がっていることを差し引いても、夜明のサーブをキープされるのは完全に想定外だった。


 これで、ゲームカウントは引っくり返って4-5。東雲・月詠ペアのリード。


(狙いを読まれてるのは、私が1人で頑張っちゃってるせいなのもあるか……)

 精神的な揺さぶりを見事に食らった蓮司は、完全に集中力を落としてしまった。自分の中で何をしたいのか、相手が何をするのかなどを考慮に入れたプレーではなく、ただただ相手の打ってきたボールに急いで反応するような状態だ。


 加えて、挑夢の驚異的なプレースメントが、ここへ来て精度を上げている。身体的、技術的な面以上に、やけに冴え渡る戦術的な読みの深さ・・・・・。昔一緒に練習していた時から思っていたことだが、やはりこの子は極めて高いポテンシャルを持っている。


(なんで、アキラちゃんはこの子をATCアリテニに置いておかなかったんだろう?)


 挑夢ほどの才能のある選手なら、ATCアリテニの最高責任者である沙粧さしょうアキラが放っておくとは思えない。ミヤビが伝え聞いているのは、挑夢の退会理由はバンビのような問題行動ではなく家庭の事情らしい。仮にそれが金銭的な問題であれば、そういうのは沙粧がなんとかする・・・・・・はずだ。


(いっけない、現実逃避してる。まずはここキープしなきゃ)

 ついつい思考が目の前の試合から離れる。蓮司が乱されたことで、ミヤビの集中力も少しずつ落ちてきているようだ。ここで踏ん張らないといけない、そう思ってはいたが、つい横目でチラリと他のコートを見る。女ダブはとっくに試合を終えていて、少し前に両チームのペアが荷物を片付けコートから離れている。桐澤姉妹が負けるとは到底思えないから、勝ったはずだと予想する。コートを1つ挟んだ男ダブの状況が気になり視線を向けようとしたところで、ハッとするミヤビ。


(だから、集中なさいって!)

 頭の中で自分を叱咤する。ミヤビは蓮司に声をかけ、サーブのコースを伝えた。真剣な表情で「分かった」と蓮司は言ったが、その瞳に力は無い。蓮司の実力を信じていないわけではないが、今この状況においてはなんとも頼りないリアクションだ。


(大丈夫、キープ出来る。まずはイメージ……!)

 ポジションについたミヤビはボールを地面に3回ついて、目を閉じ深呼吸する。サーブを打つコース、相手の返球、それを次にどこへ打つか。これから起こる展開を強く具体的にイメージし、自分のやるべきことを明確にしていく。そうすることでプレイ中の雑念を排し、集中力コンセントレーションを高めることが出来る。


(――大丈夫、私は強い)


 自分に言い聞かせて目を見開き、ミヤビはトスを上げた。


続く

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