第8話 嫌われ令嬢と家庭教師のゼミ活動

 私の大学アカデミー進学に伴い、家庭教師たちは辞めていった。さすがに大学アカデミーレベルの学問を教えるとなると、大学アカデミーの教授連中しか務まらないからだ。


 だが、カウニッツ様だけは残ってくれていた。

 私としては、しっ責されることも覚悟して、マリア・テレジアに直訴するつもりだったのだが、そこはカウニッツ様の方が話を通してくれていたらしい。


 カウニッツ様からは、(姫殿下から更なる知識を吸収したいからだ)という説明を聞いたが、私はそれ以外にも理由があるのではと期待した。例えば、私に好意を持っているとか…


 この頃は、カウニッツ様が私に教えるというよりも、私が知識を披露ひろうし、それを帝国の政策として取り入れられないか、二人で議論するような形に変貌していた。ほとんど大学のゼミのような感じである。


 私は日本の大学で学んだ知識はあるものの、この世界の人々のものの考え方や細かな政治・経済・社会情勢についてはうとかったので、お互いにフォローしながら建設的な議論ができ、とても興味深かった。


 そして、議論された政策のいくつかは、カウニッツ様を通じて実際に採用に至っていると聞いていた。


    ◆


 今日もカウニッツ様と熱い議論を交わしていた。


 ふと気づくと、議論に熱が入るあまり、カウニッツ様の顔に息がかかるほど近づいている。もう少し近づけばキスができそうな距離だ。


 途端に顔が赤くなり、私は恥ずかしさのあまりうつむいてしまった。

 カウニッツ様もその様子に気づかないはずはない。


「これは殿下。失礼いたしました」

「い、いえ。こちらのほうこそ…」


 我慢ならなくなった私は、以前から温めていた提案をしてみることにした。


「私、以前からやりたいことがあるのですが…」

「それはどのようなことで?」


「机上の議論だけではなくて、実際に町の様子を見てみたいのです。ですが、皇女の身分ではなかなかままならなくて…」

「そうですか。では、私の方でお忍びの外出ができるよう手配してみましょう」

「それはありがとうございます。嬉しいです」


 これは半分本気ではあるが、実は町の視察という名のデートを狙っていたのである。

 でも、カウニッツ様には気づかれたかな…


 数日後。

 ウィーンの町の視察が実現した。

 私にはハンネス・フォン・エーデンという専属の護衛騎士が付いていたので、カウニッツ様、私と併せて3人での外出である。


 衣装も目立たないように、商家の娘風のものを用意した。


 ウィーンの町の様子はとても興味深く、また活気に溢れていた。

 だが、私は同時に思った。


 ──これって戦争特需もあるんだろうなあ…


 でも、せっかくのデートなので、そんな無粋ぶすいなことは口にしない。


 ウィーンの町では、近年コーヒーがブームとなっており、あちこちにカフェが出店していた。

 カウニッツ様は、私の気持ちを察してくれたのか、お洒落しゃれなカフェにも案内してくれた。おかげでとてもデートっぽくなった。


 そして、私がおねだりして、カウニッツ様と私は、視察という名のデートを重ねていくのだった。


 護衛騎士のハンネスは、視察のときは気を利かせて空気に徹してくれている。

 一見、強面こわもてでとっつきにくいが、実はいい人なのだ。


「ハンネス。視察で見聞きしたことは、絶対に口外しないようにね」

「もちろんです。殿下の意に沿わないようなことは決していたしません」

 と言いながら、私を生暖かい目で見ている。


 ──ああ。ハンネスには私の気持ちがバレちゃってるのね…

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