第8話 8、幼馴染

小5で母が消え、中1で父が死に、祖父母と共に暮らすためにずっと住んでいた京都を離れてこの滋賀へやってきた。


心が不安定な状態な上に都会の学校から田舎の学校へ転校し毎日ふさぎ込んでいた中学生の頃。事情を知らない同級生たちの、京都から来たことに対するやっかみを受けて困っているところを毅然と助けてくれたのが前島家のすぐ傍にある和菓子屋の息子・倉田愁一だった。それからは自宅が近いこともあってお互いの家を行き来するようになる。完全な幼馴染だ。


しかしとあることがきっかけで、今もお互いが同じ町に住み続けているにも関わらずほとんど顔を合わせない。正確に言うと絢梨が避けていると言える。


後ろから声をかけられて絢梨は我に返り立ち上がる。思わず気まずさが顔に出てしまう。


「なんだよ。そのいかにも話しかけてほしくなかった的な雰囲気は」


愁一は呆れたように笑う。愁一は絢梨に対して何かにこだわっている様子はない。絢梨は愁一に返事はせず逆に質問を返す。


「・・・お父さんのお墓参り?」


そう聞かれて愁一の表情は若干曇る。


「ああ・・・。まあな。親父が死んでからもう9年も経つらしい。時の流れが速すぎて怖いよ」


愁一はそう言って笑う。愁一の父親は倉田和菓子店の店主だったが愁一が高校1年生の頃に病死した。愁一は父親に代わって早急に店を継ぐことを求められたが、母親の協力によって高校はどうにか卒業。卒業後すぐに店主となった。


「9年か・・・。でも、お店も繁盛しているみたいだし良かったね。お父さんも喜んでるんじゃない?」


こんな辺鄙なところにある昔ながらの和菓子店だが、愁一が店主となって以降は少しずつ流行を意識したお菓子を増やして少し遠くからもお客さんが来てくれるようになっていた。


絢梨は、それじゃと早々と立ち去ろうとしたが愁一が呼び止める。


「お前さ、いつまでこだわってるつもりなんだ」


2人の他に誰もいない墓地に、愁一のその言葉だけが響く。絢梨は足を止め振り返り口を開く。


「いつまで・・・って。そんなの分かんないよ。」


「親父が死んでから9年ってことは、あれからもう7年経ったってことだ。もう時効じゃないか。それにそもそも・・・。岩崎が居なくなったのはお前の・・・いや、俺たちのせいじゃない」


岩崎有理香。絢梨と愁一の中学時代からの友人で町のもう一軒の和菓子店の一人娘。7年前・・・高校3年生の夏。大学受験を目指して勉強していた彼女とその家族は、突然、町から消えた。


絢梨は返事もできず立ちすくむが、愁一は話を続ける。


「先週ぐらいから何人か来てるんだ・・・。『しゃぼん玉』というお菓子はあるかって聞いてくる客が」


「・・・え?」


「もちろん今はもう販売していないって答えたよ。でもさ」


「どうして今更。」


「うん・・・・。お客さんたちにどこで知ったんですかって聞いたら、Sanickyを見せられたよ。誰がやったのか知らないけど、昔の画像を投稿した人が居たらしい。それで、宝石みたいなキレイなお菓子って話題になってたそうだ」


Sanickyは今流行りのSNSサービスだ。絢梨は露骨に嫌な顔をする。愁一はそれに気づいてはいたが、ずっと言いたかったことを口にする。


「これをきっかけにとかそんなことは言わないけど。お前さ・・・。もう一度、和菓子、作らないか。その才能」


絢梨は愁一の言葉を途中で遮る。


「ありえない。私には和菓子職人になるような覚悟は無いし。中途半端なことをすればまた・・・他人を不幸にするだけよ」


絢梨はそう言って振り返りもせずその場を立ち去った。今週は、偶然とはいえあの夏を思い出すことが多すぎる。罪悪感で心が押しつぶされそうになる。とにかくこれ以上思い出さないように自分に言い聞かせた。


『福幸堂』に戻ったころには3時半を過ぎていた。予定よりも大分遅くなってしまった。絢梨は『夕』に持っていくお惣菜を大急ぎで作ることに没頭した。まるで、先ほどの愁一とのやり取りとなかったことにするように。6時ごろには『夕』へ向かうため絢梨は再び出かけた。

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