監獄から逃亡した少女
私は、ベンサムとフーコーを恨むのだろうか。いつ、どこにいても見られているように監獄の塔が見える。その時「ここはやはり監獄なのだな」と悟ったことがあった。パナプティコンだと。
毎日同じ時間に同じ事をする。そのシステムに誰も疑問を抱かずに一生懸命任務に取り組む。私は窮屈で退屈で嫌だった。ヒエラルキーのようなものが存在して、誰かの顔色を伺ったり、合わせたり、罵詈に対しても笑顔でかわして。他人の個人的な競争の中に、勝手に組み込まれて比較され嘲笑される。指導員は何かと違和感を感じる人間ばかりだった。私はずっと心の中で決意表明をしていた。「周りにいる奴等とは違う道を歩む。同じ型に
ある日、監獄内で冴えない顔をした私と同い年くらいの少女に出会った。少女と目が合うとお互い引かれるようにして笑った。
「ねぇ、このまま2人で逃げようよ。みんなに内緒にしてさ、逃げようよう。そう、2人でここから逃亡するの。だってここは監獄よ?毎日毎日、苦痛だわ。誰かに干渉されて不愉快極まりないもの。みーんなクソみたいって思わない?」
「「馬ッ鹿じゃないの!!!!!」」
私たちは笑っている。
「今の私たちは無敵よ。武器?そんな物は必要ないよ。もう持ってるじゃない。あなたも私も、自分に合った武器を。ここに居る人たちが潰しにかかってくる程、
行き先なんてどこだっていい。ここから逃れられるのなら、どこだって。
私たちは笑っている。いつまでも笑っていられるように。この世界が崩れないように。でも、崩れた。久しぶりに生まれ育った街に帰ってきて、その光景に絶望した。私たちは何も知らなかった。ビルを
しばらくすると、君が急にしゃがみこんでしまった。泣いているのかと思ったら何かを祈っていた。私は悲しくなった。声にならない何かを感じた気がして酷く心を痛めた。
「ごめんね・・・」
君はまだ祈っている。
こんなはずじゃなかった。崩壊するなんて思ってなかった。逃亡した私たちが悪いって?そんなの知ったこっちゃないわ。君も言ってた「ずっと笑っていられるように」って。もう笑えない。私たちは、この街の人々のようにはなれない。崩壊しているなんて微塵も気付いていないような人々とは、分かり合える気がしない。決定的なことは、昔あの監獄で共に生活を送っていた人が、楽しそうにお喋りをしている姿を見たからだ。なんて馬鹿なんだろうと切実に思った。
君はまだ祈ってる。私はじっと街を見つめる。変わりがない物といったら、季節と自然の匂いくらいだ。逃亡した時の匂いが鼻をかすめた。崩れていない物が残っていることに涙を流した。なのに世界は崩壊している。監獄にいた指導員たちは世界や社会を教えていたのでは?それがこの様なのか?この崩壊した社会が正解なのか?世界を崩壊させる為の監獄だったのか?
「お笑い草だ」
君が顔をあげて、か細い声でこう尋ねてきた。
「私たちは、今でも無敵?」
私は、ボロボロになったお気に入りの本と、書くスペースなんてどこにもない真っ黒なノートと、インクが切れて字が書けなくなったペンを君に見せてこう言った。
「無敵だよ。逃亡した頃よりもずっと」
そっか、と小さく笑った君を見て微笑んだ。
「ここに楽園を創るよ。本物の楽園を、お前たちは、いれてやらない」
街を指差してそう言った。
「どうやって?」
「分からない、全く分からない。だけど創りたいんだ。せめて崩壊した世界の住人たちは真の楽園なんて分からないさ。だって、あそこが楽園だと思ってるんだから」
そう言って2人で笑った。
「この崩壊している世界を破壊できたら大きな楽園を創れそうだね」
君が楽しそうに言ってくれた。これが私たちの最大の武器なんだ。崩壊した世界の住人たちが
「なんか疲れたねー」
「凄く疲れたねぇ」
「一休みしようか」
桜の木を背にして空を仰いだ。一瞬、風が強く吹いて一気に桜の花びらが陽に向かって舞った。私はこの瞬間を忘れない。この何にも変えがたい美しい景色を忘れない。
「ずっと覚えていたい」
と呟いたら、君は気の抜けた返事をしてお茶の支度をしていた。あの瞬間を見ていなかったんだと思う。そういえば、君のリュックの中には色んな物が入っていたっけ。地面を見ると毛虫がモコモコと歩いていた。
大切にしたいもの
壊したくないもの
失いたくないもの
「さっき叫んだから喉渇いたでしょ」
「そうだった、少し喉が痛い」
「私も咄嗟に言葉が出るくらいにしなきゃいけないなぁ」
「言葉なんて発してないよ。ただ叫んだだけ」
「え?ちゃんと言ってたよ?君には言葉がしっかり染み付いているんだね。流石〜」
「なんて言ってた?」
「返して」
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