紙片

春野 紫音

日没

 排他的、利己的、新自由主義的思想、民主主義、自由主義、国粋主義、社会主義。


 社会経済の衰退によってテナントは全て撤退し、誰も寄り付かなくなった小さなビル。管理人の人間も既に居なくなってしまったのか知らないが、廃墟と化している。壁一面に「Raging G’s」と描かれた一室に僕は居るわけだ。廃墟化したビルをまるで秘密基地のように扱う人間が僕以外にもいて、生活用品が多数持ち込まれていた。さすがに寝具は無い。廃墟で寝ていて事件が起きたとしても警察は捜査をしないだろうから。いつからか警察は、大衆の目を気にするようになった。事件が報道されて捜査を進めていても大衆の意見によって中断される事が増えていった。それから彼等は警察の在るべき姿勢を放棄し、事件が起きたらまず大衆の意を仰ぎ捜査方針を決定するかたちを今日まで採用している。つまり、「廃墟で寝ていたのだから仕方ない」と大衆に判断されれば捜査しないのが現警察だ。今では法律がまるで無意味となり、法曹界の人間も真摯に仕事をする事を辞めてしまった。被害者も加害者も大衆によって裁きが行われるようになったからだ。

 様々なものが機能不全に陥り回復の目処も立たない。こんな社会に嫌気が差した人々は僕を含めて他にも大勢いると思う。大勢といっても大衆の10分の1程度かもしれないが。僕はもういい加減飽きてしまった。疲れてしまった。時々こうして秘密基地に来て、ぼんやりと外を見ている。今日もよく晴れていて、日差しが気持ちいい。最近は選挙が近いせいで広場が賑やかだ。

 そう、その日はいつものようにぼんやりと外を眺め、ある人の演説を聞いていた。そこへ珍しい客人が訪れた。

「おや、道にでも迷ったのかい?それとも冒険をしているのかな?まぁ、どちらにせよ少年が来るには少々物騒な所だ。どうしたんだい?」

もじもじとしている少年はどうやら人見知りのようだ。

「あのッ!あなたがテラーさんですか?!」

力を振り絞った少年の声が反響した。微笑ましい姿に僕は笑顔になった。

「いかにも!よく僕がテラーだと分かったね。突っ立ってないでこちらに来てお座んなさい」

とても礼儀正しい少年は細い声で失礼しますと言って僕の正面に座った。稀にみる礼儀の正しさに僕は内心感動していた。

「君のように礼を欠かない人間に会ったのは久しぶりだよ。ありがとう」

「ああ、いえそんな。本当に、あの・・・」

「よく喋る?だからテラーと呼ばれてるんだ」

 少年は外を見て選挙がありますよねと言った。

「英雄はね、物事の本質から目を反らすために存在する。見て御覧よ、大衆が狂喜乱舞している。彼等はあの英雄の言葉を一言半句、心に刻んでいる。あの恍惚とした様、一種の宗教のようだ。そんな状態で一体誰が本質を考えられるというのだろうか。とんだ茶番劇だよ。大衆があの凡人を英雄にしてしまったなんて、人間って恐ろしい生き物だね。でも、誰があの英雄を玉座から引きり下ろすのか、とても楽しみでもあるんだ。そしてまた新たな“英雄”が誕生し、大衆を狂喜乱舞させる。この繰り返しだ。そうしていつまで経っても本質に目を向けさせない、考えさせないようにしていくんだよ。まるで大罪人だ。大衆は面倒な事はしないし、何の志も持っていない。大衆は大衆の役割を自然と果たしてしまうのか・・・嘆かわしい話だ。あの馬鹿げた選挙を真剣に考えない方が良い、命を落とした人間もいる。君はまだ多数へ票を入れた方が身の為だよ」

「やっぱり死んだ人がいるっていうのは本当だったんですね」

「その事実は素早く消され、デマを流し人々を信じ込ませた。実は電子投票用紙には、誰が誰に入れたか分かるようになっているからね。国にとって都合の悪い候補者に入れた者はリストに載る。表向きは従来と変わりがないように繕ってはいるが、少しずづはがれ始めている」

少年は少し驚いた表情をしていた。少し話過ぎてしまったかもしれない。

「テラーさんが今話てくれた事をネットで見てまさかと思ってたんですけど、それはデマだから気にするなって書き込みが多くて、周囲もそんな感じで。監視されてるんですね」

「対象にはなる。君はきっと抗議デモの運動を見た事が無いんじゃないかな。今やればリストアップの前に捕まるか消される。だから表立ってやれない。間違っているというのに、あたかもそれが正しいと謳っている。国営というものに誰も関心がないしチェックもしていない。こんな現状を穏やかだとか平和的だとか言って、これが民主主義だと君たちに教えていると思うが違うかな」

少年はうなずいた。

 本当はこういった事実を子どもたちに教える事はよろしくないと一部の団体が言っている。学校で教わる事が全てで試験等に影響を与えるという。いま使用されている教科書は愚物そのものなのだが、反対を押しのけて採用された。現在、でたらめで学問をも無視している政府は、社会、経済、国力の向上の為だと次々と政策を打ち出している。その実、政府が行っている事は不透明で何をやっているのか誰も知り得ない。欺瞞ぎまんに満ちた政策や差別的な社会運動を止める術はずいぶん前に無くなってしまった。カウンターも許されない。民意が無い現状を「自ら考え、意思決定している。我らの国民性をよく反映されていて実に素晴らしい社会となった」と為政者いせいしゃは言う。民意を退け、遂には耳を傾ける事さえしなくなった政治の姿が楽園に見えているのだろう。こんな彼等が進める教育なんぞ、たかが知れている。あとは単純に寝た子は覚ますなという事だろう。教育機関に属する子どもたちは皆、国が許可した本しか買うことができないし窮屈な社会に適応していくしかなくなった人々は、自分を殺して環境に適応しようと努力している。近年、国や社会に適応する者が賢いとういう風潮が急激に加速している。為政者の思うツボだ。

 いつからか国の長が君主になり、わがままな憲法に作り変えられ、僕たちが保証されていた自由等は失われた。当時、由々しき事態だと抗議するも、国民のほとんどが憲法に無関心で自由が失われる意味を理解していなかったこともあり、この程度の変更なら問題ないと大多数の国民が憲法改正賛成に票を投じたのだった。政権与党は民意だと誇らしげに言い張った。野党は止める事ができなかった。憲法改正反対の署名を集めて提出するも、何度も受け取りを拒否される始末だった事を覚えている。あの時、色々と覚悟を決めた人は多かっただろうと思う。

 憲法が改正され選挙権もぐっと引き下がった。今は13歳以上に選挙権を持たせている。狙いは自明で与党に票を集めさせる事が目的だ。自分たちに都合の良い人材の育成が本望といったところだろう。だから国としては少子化は大きな問題でもあるわけで、10代後半から結婚についての授業が開始され、早く結婚をし、子を産む事を薦めている。結婚し、子を持った方が経済的に豊かになる法律を作り結婚を積極的に推し進める企業に莫大な税金を投入しだした。「孤独はとても惨めである」と国民の自尊心に訴えかけて促してもいる。貧困率は世界的にみて上位に値する。この法律が誕生したので、貧しい人にとってはうってつけの救済となった。国にとっては良いサイクルを生む事が出来て満足しているだろうが、事件も起きている。それについては全く対策を打ち出す気はないようだ。また、民間との癒着が甚だしいにも関わらず報道各社はだんまりだ。こべり付いてしまった汚れを唯一落とせる力を持っていた新聞は、広告屋になり果ててしまった。

(少年は何の話を聞きに来たのか)

 「さて少年、ずいぶんと冴えない顔をしている。良ければ話を聞こうか。ここには何も無く、自由が在るだけだ。誰かに怒られる事もない、安心するといい」

「自由・・・」

少年は自由の正解を導き出そうとしているのだろうか。それとも話たい事項が山ほどあるのだろうか。

「無理に話す必要はないよ。困らせてしまったみたいだね、申し訳ない」

「いえ、そんなことないです。最近、色んな事を漠然と考えるんです。それで自由ってなんだろうって。学校に行ってても自分が自由だって思ったことがないなって思ったんです。上手く言えないんですけど、何か窮屈みたいな、そんな気がしてて」

「それは息苦しいね。この廃墟はどう?窮屈に感じるかい?埃っぽくて薄汚い場所だけど」

「こういう所に初めて来たので楽しいです。少しワクワクします」

少年の瞳がキラキラとした。

「それは良かった。まぁゆっくりしていってよ。お菓子もあるからさ」

 良い風が入ってくる。ここからは少年と君たちに向けて話すことにしよう。僕のモノローグは一旦やめにしないと、みんな眠ってしまいそうだからね。これ程詰まらないものはない。


さて、始めようか。




「ある時代、どこかの国の、ある人のお噺」








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