決着
あれから、ヴィルフリードの行動は迅速だった。
国の存亡がかかっていたのだ。家族としての情を見せることなく、ヴィルフリードは、息子の罪を次々と明るみにしていった。
汚い貴族に便宜を図ることは当たり前。
己の影響力を高めるために、シュテイン王子は数々の貴族を、その手にかけていた。気に食わないものは強引な手を使って排除し、己の欲望を満たそうとした――甘い汁をすすっていたシュテイン王子の手のものは、次々と牢屋に送られていったという。
己の求心力を上げるために始めた魔族を滅ぼすための"聖戦"は、愚かな侵略行為だと唾棄された。
引き際を見誤り、他国を巻き込み、国に破滅をもたらそうとしたこと。一歩間違えれば、ヴァイス王国は地図から姿を消していた可能性がある。シュテイン王子の行為は、それほどまでに無謀なものだったのだ。
「おまえは私利私欲のため、我が国が誇る聖女を誅殺した。魔族との国境線を守ってきたのは、アリシア嬢の活躍が大きい――本来であれば、国を上げて報いねばならなかったのだ」
馬鹿息子の行動力を見誤っていた、とヴィルフリードは嘆く。
その顔は、一気に老け込んだように見えた。
そう、すべての始まりはあの日。
あの日からシュテイン王子は、今日という破滅の日に向かって歩みを進めていたのだ。
***
数日後。
「父上!? 嫌だ、俺は、死にたくは――」
「おまえも王族なら大人しく覚悟を決めろ。連れて行け!」
見苦しく泣き喚くシュテイン王子を、見届人が引きずるように処刑台に連れて行く。簡易裁判の後、シュテイン王子には公開処刑の判決が下った。
戦争にかかわったものは、問答無用で死刑とすること。
そしてシュテイン王子には、相応の報いを受けさせたこと――それはアルベルトが出した和睦の条件だった。
「見よ。これがおまえのしたことの結果だ――」
壇上に登ったシュテイン王子に、
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
襲ったのは国民の声。
それは怒りだ。
戦争で家族を失った人々の痛み。
そして――、
「国を守ってきた聖女様を殺した!?」
「自分の権力のために!?」
「恥を知れ――!!」
何故か上がるのは、私――アリシアを称える声。
今、私はすっぽりと全身をフードで覆っている。
聖女であることを明かすつもりもないし、当然、魔族であることも内緒だ。
今の私は、ただの処刑人――シュテイン王子に最後の引導を渡すだけの存在なのだ。
「やれやれ、なんでこんなこと――」
そんなこと頼んでないのに、と私はぼやく。
ヴィルフリードは、私にかけられていた冤罪を丁寧に払拭していった。
魔族と内通していた罪――それは、今となっては事実なのだけど、あの当時の私は国のために尽くしていたのは事実で。
私たち特務隊が、騎士団を魔族から守っていたという事実もきちんと公表された。結界を張り、日々、寝る間を惜しんで戦い、前線を支えていたこと――すべてが国王の口から語られたのだ。
国王が、自ら、王族の過ちを認めた。
そうして今は亡き聖女に、感謝の言葉を捧げている。
そんな訳で、王国民たちはすっかり"悲劇の聖女"を悼んでいたのだ。
――何を今更、と正直思う。
そんなことをされても、失ったものは返ってこないし、結果的に魔族として生きている今に十分満足している。
だけども……、その気持だけは受け取っておこうか。
シュテイン王子が、処刑台に括り付けられた。
「アリシア、貴様ぁ! 俺にこんなことをして、ただですむと――」
今になっても、懲りずに毒を吐くのか。
立場を理解していないのか、あるいは最期の虚勢か。
「あはっ、大丈夫です。ちゃんと、死なせてあげますから」
――処刑人には、私が選ばれた。
自ら立候補したのだ。
これは、この役目だけは他人に譲れない。
復讐、その区切りとして、最期を見届けたいと思ったのだ。
「ま、待――」
「さようなら、哀れな人」
私は、そう言って装置のスイッチを押した。
ただ、今は、目の前の男を哀れだと思う。
くだらない生き方をして、最期にはつまらない死に方をする馬鹿な人。
「貴、様っ――ぐぁぁっ!」
通称──魔術式処刑。
致死の威力を誇る魔法を、ぶつけてなぶり殺しにする残酷な死刑の方法だ。
同じ苦しみを味あわせてやりたい。
別に、そう思った訳ではないけれど。
多くの人間の恨みを買ったシュテイン王子に、もっとも残酷な処刑方法が選ばれたのは、自然の摂理であった。
「――アリ、シア! 俺を……、助けろ!」
魔方陣から、火の玉が放たれシュテイン王子を火だるまにした。
新たな魔法が発動するたび、悲鳴は逼迫したものに変わっていく。
思い出したくもない――あれは、地獄だった。同じ苦しみを味わいながら死んでいくことになるのは、何とも皮肉なものだ。
血を吐きながらもがき苦しむ愚かな男を、私はただ静かに眺める。
無感情に、無表情に。
己の目に焼き付けるように。
「俺が、悪かった――どうか、助け――」
それが、愚かな男の最期の言葉だった。
「……たしかに、死んでます」
「そうか、ご苦労」
死亡確認をし、私は静かに王城に戻るのだった。
「アリシア様。あんな男、もっと苦しめて殺せばよかったのです」
「そうです! アリシア様の痛みを思えば、あの程度の痛みなど……!」
王城で待っていたのは、リリアナ、ユーリといった面々。
そして、少し離れた場所から歩いてきたアルベルトは、
「アリシア……。聞こえる、君を称える声が?」
「ええ。本当に――今更、身勝手なことですよ。本当に……」
そう嬉しそうに言ったのだ。
どうやら私が、この国で正しく評価されるようになったのが嬉しいらしい。
国王の謝意自体は、受け取ろう。
だけど正直、私としては今更どうだって良いのだけど。
だって私は、この国では既に死んだ存在なのだ。
私の居場所は、ここではなく遠く魔族領にある魔王城なのだから。
「アルベルト、帰りましょう」
私が、そう手を伸ばすと、
「うん。アリシアの望むままに」
アルベルトは、そう惚れ惚れするような笑みを浮かべ、私の手を取るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます