4章 聖女、奴隷を拾う
宣戦布告
「あはっ。魔王さん、ありがとうございます。立派な宣戦布告書ですね」
ある日の魔王城の執務室にて。
私は、魔王から受け取った"とある書状"を目にして笑みを浮かべていた。
「別にアリシアがやりたいなら、構わないけどさ。今さらこんな物を書いて、何の意味があるのさ?」
「まあまあ、これは私なりのけじめなんです。それに──シュテイン王子には、うんと怯えて貰わないといけませんからね」
元・聖女アリシアは、神聖ヴァイス王国に正式に宣戦布告する。
私を嵌めてに処刑に追いやったフローラも。私を邪魔者扱いして、排除することを決めたシュテイン王子も。真実を見て見ぬ振りをしてきた騎士団も国民も。
すべて纏めて、この鎌で薙ぎ払おう。
──
そんなことを考えていると、魔王が記録の魔法陣を取り出した。
首を傾げる私の前で、とある記録が読み上げられていく。
『私、フローラは、真なる聖女であるアリシア様を卑劣な罠に嵌めて、処刑に追い込みました。彼女の罪は、すべて冤罪なのです──』
「なんですか、これは!?」
聞こえてきたのは、フローラの声だ。
『聖女・アリシアは、対魔族特務隊で7年もの間、王国を守護してきた優秀な聖女です。今の王国があるのは、彼女の活躍があってこそなのです』
『そんな彼女に私は卑怯にも毒を盛り、魔族だと言い張ったのです。祝賀パーティの場で聖女に罪を被せて、私が成り代わる算段でした。すべてはシュテイン・ヴァイス王子殿下が、提案されたことです──』
その魔法陣から流れ出すのは、フローラによる罪の告白だ。
魔女だと処刑された聖女・アリシアは、王国のために尽くしていた聖女であったこと。卑劣な罠により、謀殺されたこと──その魔法陣では、すべての真実が語られていた。
フローラの告白を、魔王が満足そうに聞いている。
「これは、なんですか?」
「見ての通りだよ、フローラが自白したんだ。これを拡散魔法と一緒に王国に送り届けたら──きっと面白いことになるよね」
くっくと魔王が笑った。
「余計なお世話です。王国が今さら過ちを認めたところで──私は、この復讐を辞めるつもりは、ありませんからね」
──やっぱり魔王の思惑が理解できない。
私の無罪を王国で広めて、魔王に何の得があるというのだろう?
フローラが、素直に自白に応じるとは思えない。
あの人は、とても執念深く、プライドだけは高い人だ。
これだけの内容を喋らせるのは、生半可は労力では無かっただろう。
「復讐を
「なら、どうして?」
「己の罪を理解して、うんと後悔しながら死んでいけば良い。殺される日に怯えれば良い──奴らは、それだけのことをしたんだよ」
ゾッとするほど冷たい声で、魔王は言う。
どうやら本気で魔王は私の処刑に憤っているようなのだ。
戦場での好敵手──自分の獲物を取られたことの腹いせなのだろうか。
そのくせ魔王は、私にだけは優しい声でささやくのだ。
ここで、ゆっくり生きて欲しいと。
穏やかな日々を生きて、ここで幸せになって欲しいと。
私が復讐のためだけに生きて、復讐と共に死のうとしていることを、まるで察しているかのように。
「ところで、アリシア。王国で使われてる魔導具の機構には詳しい?」
「え? ええ。合間を縫って勉強しましたから──それなりには詳しい方とは思いますよ」
「さすがはアリシアだね。少し教わっても良い?」
知りたいなら従属紋で命じるだけで事足りるのに。
結局、ついぞ魔王は従属紋の行使することは無かった。
「構いませんけど……。魔族の間で使われている魔導具の方が、遥かに高性能ですよ。何に使うんですか?」
「良いから、良いから」
魔王は、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
そうして私の説明を聞きながら、記録の魔法陣に"ある改造"を加えていった。
──私のためなんだろうな。
魔王は、どうやら私の潔白を証明しようとしているようだ。
それは私にとっては、今さらどうでも良いことではあった。
それでもそれが、魔王なりの気遣いであることは疑いようがない。
──いったい、どうして?
やっぱり理由は分からない。
いっそ最初から、何か見返りを求めてくれれば楽なのに。
「ねえ、魔王さん。私に何か求めていることは無いんですか? 私はここで、何をすれば良いんですか?」
「何もないよ。ここに居てくれるだけで満足だからさ」
まるで私と話すことが、楽しくて仕方がないといった様子で魔王は笑う。
かつての宿敵からの暖かい言葉。
忘れてしまいたい穏やかな心。
少しだけ居心地が悪くなり、私は部屋に戻るのだった。
王国への復讐と──魔王城での今後の暮らしを、少しだけ考えながら。
◆◇◆◇◆
その日、神聖ヴァイス王国では激震が走った。
1つは、シュテイン・ヴァイス王子殿下の元に届いた宣戦布告の書。
魔法により届けられたそれを、シュテイン王子は忌々しそうに握りつぶした。彼は、新たな聖女であるフローラが魔族軍に囚われたことも知っていた。
「薄汚い魔女め。魔族ともども、踏み潰してやる──」
憎々しげに呟くシュティン王子。
彼が、余裕を持っていられたのもそこまでだった。
魔王の"お土産"が起動したのだ。
それは何かを録音した音声記録の魔法陣のようだった。
迂闊に起動してしまったのが、間違いであった。
『私、フローラは、真なる聖女であるアリシア様を卑劣な罠に嵌めて、処刑に追い込みました。彼女の罪は、すべて冤罪なのです──』
魔王の仕掛けた魔法は、非常に巧妙であった。
それは近くにある魔道具を乗っ取り、どんどん音声を拡散していったのだ。
強力な呪術魔法により──フローラによる"自白"が王国中に拡散されていく。
『聖女・アリシアは、対魔族特務隊で7年もの間、王国を守護してきた優秀な聖女です。今の王国があるのは、彼女の活躍があってこそなのです』
「おい……。なんてことを言うんだ──!」
『私が毒を盛り、アリシア様を魔族だと言い張ったのです。祝賀パーティの場で聖女に罪を被せて、私が成り代わる算段でした。すべてはシュテイン・ヴァイス王子殿下が、提案されたことです──』
「ふざけるな……! なんてことを言うんだ──!」
シュティン王子は、青ざめた。
今このときも、フローラによる"告白"は王国の中で拡散され続けている。
卑劣な罠で婚約者を排除したシュテイン王子の仕業が、王国中に拡散されていく。
それは広場で聖女の処刑を見届けた者にも届いた。
彼らは震え上がった。
最高の娯楽として見届けたはずの魔女の処刑。
その"魔女"が、実は無実で、国を守ってきた救世主だったなら──
処刑の日を思い出す。
魔女のこの世のすべてに絶望したような目を。
世界そのものを恨むような呪詛の発露を。
もし"自白"が正しければ?
国を守ってきた英雄に対して、王国は何をした?
誰もが取り返しのつかない事態に恐怖した。
──その時、魔法陣から新たに声が流れてきた。
広場で処刑を見届けた人は、恐慌状態に陥った。
忘れたくても忘れられない声。
その声は、魔女の凄惨な最期を思い出させるものだったから。
──聞こえてくる声は、血塗れで王国への呪詛を吐きながら逝った"
「あはっ。私、アリシアは、あなたたち神聖ヴァイス王国に宣戦布告します。今さら土下座で命乞いしても、もう遅いです。徹底的に容赦なく蹂躙して差し上げますので──覚悟していて下さいね」
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