3章 vsフローラ

私のための固有魔法

「炎の加護よ──」


 リリアナが、静かに魔法の詠唱を始める。

 魔力が彼女の中で高まっていく。範囲内を丸ごと焼き尽くす上位魔法──火炎弾が防がれたのを見て、切り替えたのだろう。


 魔力不足すら物ともせず、リリアナは無理やり魔法を完成させていく。従属紋が禍々しく輝いていた。生命力を魔力に変換させられているのだろうか。



『フレアバレット!』

『シールドナイト!』


 従属紋により枷を外されたリリアナは、限界を超えた魔法を放っていた。いくら支援魔法をかけていても、直撃したらタダでは済まない。

 リリアナの魔法が完成すると同時に、私も防御魔法を重ね打ちする。


「アリシア様、どうして……?」


 魔法がぶつかり合うたびに、リリアナは泣きそうな顔になった。

 無理して魔法を打ち続けたことにより、リリアナの身体はもうボロボロだった。しかしリリアナは、私のことをずっと案じていた。



「下らない仲間意識ですか? 魔女のくせに、滑稽ですね~。でも良いんですか? そのままじゃ、その奴隷、潰れちゃいますよ?」


 フローラの高笑いが響き渡る。

 実に楽しそうだ。……その報い、必ず受けさせよう。



 ──ナイス演技です、リリアナ

 もちろん、私は無策で時間稼ぎしている訳ではない。

 ある狙い・・・・のため、私はリリアナに魔法をかけ続けていた。


 私の固有魔法は、ある種の精神汚染を得意とする。

 負の感情を叩きつけ戦意を奪うのが、その最たる使い方だ。

 今回、私が選んだ戦法もやはり精神に干渉するものだ。リリアナほどの使い手が、異変に気が付かないはずがない。それどころか、恐らくは・・・・私の狙いを・・・・理解している・・・・・・

 その上で狙いを悟られないように、リリアナは気丈にも耐えて、これまで通り絶望的な戦いを続けようとしているのだ。


 すべては、フローラの油断を誘うため。

 ギリギリの戦いの中、従属紋の支配下にありながらもリリアナは戦うことを選んだのだ。



 何度か同じような光景が繰り返される。

 そして、ついに綻びが現れた。


「うっ……」


 リリアナが、突如として苦しそうに膝を付く。


「奴隷っ! 何してるのよ、さっさと魔女を殺しなさいよ!」


 フローラが、慌てたように叫んだ。

 従属紋を通じて、リリアナに何度も命令が送り込まれる。

 その命令は絶対だ。魔力が切れようと、手足が引きちぎれようと、それこそ命ある限りは忠実に主の命令を果たさせる非人道的な術式──それが従属紋なのだ。


「何してるのよ、愚図! この役に立たずの奴隷がっ! 殺せ! その魔女を殺しなさいよ──!」


 フローラから浴びせられる罵倒。


 しかしリリアナは、動こうとはしなかった。

 額から汗を流し、苦しそうに浅い呼吸を繰り返すのみ。

 ──従属紋による命令を、リリアナは無視しているのだ。



「何をした、魔女めっ──!」

「あはっ。無駄ですよ、フローラ。従属紋の仕組み、ご存知ですか?」


 血走った目で叫ぶフローラに、私はにこりと微笑みかける。


「仕組み、ですって……?」

「従属紋による命令は、あくまで感情への訴えかけに過ぎないんですよ。理性、己の感情──それを上回る強制的な外部感情の誘発。それが従属紋の正体です」

 

 もっとも仕組みが分かったところで、普通なら・・・・自分ではどうしようもない。


「それが、どうしたって言うのよ!」

「従属紋を通じて命令を送るためには、感情が必要。ならばその感情ごと破壊してしまったら、どうなりますかね?」


 私は、薄く笑う。


 ロスト・ヘブン──私の固有魔法の本質は、精神汚染だ。

 この魔法は、精神を治癒するためのものではない。私が味わったのと同じ苦しみを相手に押し付けて、戦う気力を折るものだ。

 更に暴力的に扱えば、相手の感情を破壊することもできる。



「魔女め──なんてことを……。狂ってる──!」

「あはっ。なんとでも言いなさい」


 私がやったことは、シンプルだった。

 相手の心が壊れるまで、負の感情をリリアナに押し付けたのだ。ブヒオの戦意を失わせた時の比ではない──それはまさしく心への拷問だ。即廃人になる可能性すらあった。

 ある意味では、従属紋よりも更に悪質な魔法なのだ。


 それでも結果として、リリアナは従属紋から逃れることに成功した。

 従属紋の・・・・命令を・・・果たすための・・・・・感情・・は破壊され、その命令を果たすことが出来なくなったのだ。



「ざまぁ、みろ……」


 リリアナが、立ち上がってフローラに向かって吠えた。

 うす昏い慟哭だ。しかしその表情は、感情がすっぽり抜け落ちたように虚ろだった。

 感情の一部を破壊されたのだ。当然だった。

 それでも噛みしめるような言葉からは、ようやくフローラの呪縛を逃れた達成感を感じさせた。



 ──ごめんなさい

 リリアナが奴隷に身を落としたのは、十中八九、私が原因だ。

 私と親しくなければフローラに目をつけられ、弄ばれることも無かっただろう。


 私が使った方法は、心をぐちゃぐちゃに踏みにじって一部を破壊する乱暴な方法だ。

 死んだ方がマシだと思うような地獄だっただろう。

 相手の幸せを願うなら、そのまま死なせて上げた方がマシなほどに。


 ──それでも私は、自らの望みを優先した。

 リリアナを殺したくなかった。

 すべては私のエゴだ。 



「アリシア様、ごめんなさい。お手を、煩わせて……」

「リリアナが謝る必要なんて無いです。巻き込んで、苦しい思いをさせて、本当にごめんなさい……」


 なのに何故かリリアナは、涙を流しながら私に謝罪する。


 私は苦しそうなリリアナに駆け寄り、そっと身体を支えた。

 精神の一部を破壊されるほどに攻め立てられ、奴隷として扱われた肉体も満身創痍。

 その呼吸はひどく弱々しいが、たしかに生きていた。


 せめてほんのひと時でも、休めるように──私は、そっと身体を横たえてやる。


「リリアナ、本当によく頑張りました。……後は任せて下さいね」

「はい、アリシア様」


 安心した赤子のように、リリアナは静かに目を閉じた。



「さて、フローラ。覚悟は良いですね?」

「ひぃ……」


 眼前には憎き怨敵が居た。

 今度こそ怯えたように、悲鳴を上げるフローラ。



 私たちの間を妨げる物は、もう何も無い。

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